適応障害は流行しているんですか?
先日、大手電機メーカーの人事担当者からこんなことを聞かれました。
「先生、最近、適応障害が増えているんですか?うちは休職者が多いんですけど、提出される診断書の病名は、判で押したように適応障害か抑うつ状態となってます。先日も芸能人が適応障害と診断されたってTVで言ってましたよね。ひと昔前はうつ病ばかりでしたけど、精神科の病気にも流行りがあるんですかねぇ」
「う〜ん…、どうなんでしょうかねぇ……」と返事に窮してしまいました。
たしかに、会社の産業医の紹介でこころの健康クリニック芝大門のリワークにいらっしゃる患者さんたちも、あるいは産業医面談を行っていても、「適応障害」の診断名を目にする機会が増えました。
あれこれ考えながら、私の脳裏には、先日読んだ医師国家試験の問題が浮かんでいました。
Q:30 歳の男性。このところ仕事に身が入らず遅刻が目立つようになったため,上司からの勧めで産業医面談を受けた。面談で精神科受診を勧められ来院した。
入社以来,事務職に携わってきたが,3か月前に営業職に異動した。約1か月前から平日は食欲が低下し,なんとなく元気が出なくなった。休みの前日は熟睡できるが,それ以外の日はなかなか寝つけず,一旦寝ついても職場の夢をみて夜中に目が覚めることが多くなった。
欠勤はなく,休日は趣味のサーフィンを以前と変わらず楽しめているという。初診時の対応として適切なのはどれか。
国試114-第114回医師国家試験問題解説書(テコム)より
この上司はすぐに医療機関の受診を勧めずに、「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」に従って、事業所内健康管理スタッフ等によるケア、つまり産業医面談を勧めています。
これが上司(管理監督者)のラインによるケアの一環なのです。
さて、上記のケースを精神科診断のプロセスで考えみましょう。
適応障害の診断ガイドライン(ICD-10)には以下のように記載されています。
診断は、以下の諸項目間の関連の注意深い評価に基づく。
- 症状と形式、内容および重症度。
- 病歴と人格。
- ストレス性の出来事、状況、あるいは生活上の危機。
第三の項目の存在は明確に確認されるべきであり、強力な、推定的であるかもしれないが、それなしに障害は起こらなかったという証拠がなければならない。
ストレスが相対的に小さいか、あるいは時間的結合(3ヵ月未満)を立証することができないならば、現症に応じて他のどこかに分類すべきである。
【症状と形式、内容および重症度】;異動後2ヵ月目から食欲低下、易疲労感、入眠困難と中途覚醒などが増えてきていますが、遅刻(睡眠障害の影響)は目立っていても欠勤もなく、休日の熟眠感と趣味の楽しみは維持されていることから、重症度はごく軽度と考えられます。
医師国家試験の解説では「軽度の抑うつ気分」とされていますが、趣味が維持できていることから抑うつ状態とは考えにくく、「職場限局性の気分反応」と考えた方が良さそうです。
【病歴と人格】;入社してからずっと事務職で、少なくとも6年間は適応できていたようです。以前から休日は趣味のサーフィンを楽しんでいること、職場の情報が少なすぎますが、上司が疾病性を疑って産業医面談につなげていることから、普段から上司に相談していたわけではなさそうです。
また平日の入眠困難と中途覚醒があることから、あれこれ考えすぎ(思い悩む)傾向があるようです。
6年間の事務職と趣味のサーフィン、そして欠勤もないことから、この方はマイペースの自己完結型ライフスタイルを築きあげていたのかもしれません。
【ストレス性の出来事、状況、あるいは生活上の危機】;上記の設問ではストレス因は事務職から営業職への異動という変化であり、ライフ・イベント尺度でみてもストレス因としては相対的に小さく、心身の不調を引き起こすほどではないと考えられます。
にもかかわらず、本来であれば環境に適応するためのストレス反応が機能せず、逆に遷延しているのはなぜだろうか?ストレスコーピング(対処法)の問題かもしれない、と考える必要があるのです。
「仕事に身が入らない」ことが、一人でかかえ込んでしまって誰にも相談できないのか、そもそも営業職という不特定多数のクライアントと接する職務に苦手意識を感じているのかどうか、などを明確にする必要があります。
上司に対しても、上司から見たこの人の元々の仕事ぶり(事例性)も聴取する必要がありますよね。
以上より、事務職から営業職に異動して3ヵ月の順応期に不適応反応が出ていることから、この方の本来のあり方と営業職という業務内容のミスマッチ、つまり適応障害ではなく「適応不全(職場不適応)」と考えられるわけです。
ちなみにひと昔前は、このような状態は俗に「新型うつ」と呼ばれていました。ある意味、サーフィンは楽しめるけれども、「仕事中だけうつになる人たち」です。最近ではそれが「適応障害」と呼ばれるようになったのかもしれません。
診断上の問題点は、ストレスがなくなって半年経っても症状が改善しない状態に対して、本症の過剰診断・誤診断がなされやすいことである。実際、わが国でも遅ればせながらこのような傾向がここ10年、生じているように思われる。
(中略)
ICD-10が6ヶ月以内に新たな適応水準に到達できない患者も含めていることであり、言い換えれば、ストレス因子に対する心理的反応であっても人格特性等の患者側の要因によっては経過が長期化してしまう点に注目している点である。
『ICD-10精神科診断ガイドブック』中山書店
医師国家試験の解説では「本人の依存的、自己愛的な考え方(パーソナリティ特性)が原因となっている場合は,その後に,信頼関係を築いた上で,叱咤激励することはありうる」「のちに、パーソナリティ特性を知るために投影法の心理検査を実施する可能性はある」ものの、初診時の対応として「休職を勧める」「頑張るよう励ます」「抗うつ薬を処方する」「投影法の心理検査を実施する」は誤りとされています。
寝付きが悪い、途中で目が覚める、食欲が落ちた、仕事が手につかない、などを主訴としてメンタルクリニックや精神科を受診すると、「適応障害」と診断されて、抗うつ薬や睡眠薬、あるいは抗不安薬を処方されますよね。あるいは診断書を書かれて休職を指示されたりします。
これらの対応は医師国家試験でも誤りとされているように、「不適切な医療行為」なのです。
人が経験する通常の心的苦痛や反応を、適応障害として医療の対象とした場合、適応障害に対する抗うつ薬の効果が実証されていないにもかかわらず、抗うつ薬や抗不安薬が過剰処方されることにつながることへの懸念がある。
実際のところ米国では、適応障害の患者における抗うつ薬の処方割合の増加が他疾患に比べて最大であったという報告がある。
『DSM-5を読み解く4』中山書店
国家試験に出題されるということは、医師であれば誰でも知っていて当然のことなのですが、残念ながら多くの精神科医は非常識な対応(診断書を出して休職を勧める、抗うつ薬を処方する、など)をしてしまいがちなのです。
この問題の正解は「仕事に関する本人の考えを聞き,出勤を継続しつつ,職場環境の調整をすること」となっています。
つまり、適応障害と診断し休職を勧めたり、抗うつ薬を処方するのではなく、主治医は産業医と連携して職場環境の調整を行っていく必要があるのです。
おそらくこの方は元の事務職に配置転換することになると思います。
現在の営業職での不適応はそれで改善されるでしょうが、この方のストレスコーピング(対処法)は変化していませんから、事務職で新たなプロジェクトに取り組む際に、再び不適応が生じる可能性も否定できません。
本人の自己理解を勧めるために、私は投影法の心理検査ではなくWAIS-IV(ウェイス・フォー)を勧めています。
WAIS-IVは一般的には知能検査として知られています。言語理解、知覚統合/知覚推理、作動記憶(ワーキングメモリ)、処理速度などの認知機能の特性を理解することで、対処(コーピング)の方法を考えていく上で役に立つからです。
WAIS-IVを実施してくれるところはたくさんあります。
以前、患者さんに勧めたところご自分で安く検査できるところで受けてこられたことがありました。しかしその結果は、群指数も下位項目の点数のばらつきも記載されておらず、まったく役に立ちませんでした。
結局、この患者さんには改めてWAIS-IVを受け直していただいたのですが、結果は以前と全く異なっていたことがありました。
こころの健康クリニック芝大門では、メンタル・キャリア・ライドさんでWAISを受けることを勧めています。
自分の特性を知りたい方は、是非、試してみてくださいね。
院長