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複雑性PTSDと感情調節の障害

[2021.07.05]

複雑性PTSDの特徴とされる「自己組織化の障害」のうち、「感情調節困難」や「否定的自己概念」は、従来のPTSDでもしばしば見られることが知られています。

 

たとえば、PTSD症状のうち、心的外傷体験となった出来事の再体験を引き起こしそうなものの入念な回避があります。

これは、外傷的出来事に関連する恥の感覚や自責の念のために、出来事に関する思考や感情を回避するもので、「否定的自己概念」と関連があります。

 

また、PTSDでは、現在でも大きな脅威が存在しているかのような持続的な知覚(覚醒亢進症状)や、驚愕反応の亢進や減弱がみられることもあります。

 

これらが複雑性PTSDの特徴である「自己組織化の障害」の「感情調節障害」という、ささいなストレス因への感情反応性の亢進(気持ちが傷つきやすい)や、感情鈍麻や特に楽しみやポジティブな情動を体験できないこと(アンヘドニア)として表現されることもあります。

とくに後者のアンヘドニアは「無力型気分変調症」と重なりあうことは、『「複雑性PTSD」と「気分変調症」の不安と抑うつ』で説明した通りです。

 

また自閉症スペクトラム障害(発達障害)では、感覚過敏(音過敏や光過敏)に伴う驚愕反応の亢進や、予定の変更で混乱し癇癪を起こしたり、パニック発作を起こしたりすることが、「感情調節障害」と間違われることもよくあります。

 

その他、「自己組織化の障害」の「感情調節障害」には、暴力的な(情動と行動面の)爆発、無謀なまたは自己破壊的な行動、ストレス下での遷延性解離状態、などが含まれます。

この状態は、ADHD(注意欠如/多動障害)の「自己制御の障害(注意や欲求の制御困難)」としても認められます。注意や欲求を制御する能力は社会的な関係を介して発達するため、それが困難であった場合、知的な学習(認知機能)や対人関係形成に二次的な困難をもたらすことが知られています。

そのため「自己制御の障害(注意や欲求の制御困難)」は、双極性障害とみなされてしまうことが非常に多いのです。

 

複雑性PTSD(C-PTSD)ではこのように多彩な症状を呈しますから、さまざまな診断名がつけられてしまうことは何度も指摘しました。さまざまな診断名は、複雑性PTSDに対して「木を見て森を見ず」のような状態に陥ってしまっていると考えられます。

 

実に多彩な症状のゆえに誤診や併存診断としてのC-PTSDの診断もれも生じやすいと思われる。

よくあるこうした不十分な診断としては、BPDなどのパーソナリティ障害、双極性障害、ADHD、学習障害、不安障害、感覚情報処理障害、大うつ病や気分変調症、身体表現性障害、物質乱用や依存などである

筆者の経験では、比較的長い治療歴の中で診断名が頻回に変わっている事例ではC-PTSDが背後にあると思って間違いない。

中村「複雑性PTSDへ“複雑な”思い」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

実際に『愛着障害と対人関係に向きあう』で書いたように、診断名がコロコロと変わり、そのたびに主治医から「全体の経過をみてみると、すべての症状を◇◇として理解することが可能である」と言われていた患者さんもいらっしゃいました。

 

C-PTSDでは、このように明確な両親間のDVにさらされ続けることや、長期間にわたって当人に加えられ続けたネグレクト、身体虐待、性虐待、親の薬物・アルコール依存や精神障害といった家庭内の出来事ばかりではなく監護すべき親にサポートされなかった家庭外でのいじめ、ひどい侮辱、差別などの心的外傷場面に接し続けたという既往の存在も含まれる。

C-PTSDへの陥りやすさはそのトラウマの強度と長さばかりではなく、十分に脳が発達し得ていない3歳未満やアイデンティティを模索している青年期であるといわれ、PTSDの親がいる場合にもその子がC-PTSDになりやすくなる。

中村「複雑性PTSDへ“複雑な”思い」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

脳が神経心理学的に発達していく乳幼児期から幼児期、あるいは児童期にかけてのトラウマ体験によって、「自己組織化の障害」が引き起こされます。

 

「感情調節障害」は養育者が、共鳴・内省・照らし返しのメンタライジング的な関わりができなかった場合、あるいは、そのような関わりに対し、子ども側がそれを受容できなかった場合に生じます。

 

感情調節の困難さの背景には、乳児期、幼児期、児童期という発達途上において虐待をうけることによって、本来獲得されるはずの感情の認識と調整に関するスキルと獲得できなかったり、混乱させられたりした体験がある。

恐怖、怒り、悲しみ、喜びといった自分の感情体験に名前をつけてくれる養育者がいないだけでなく、自分の感情体験に間違ったラベルがつけられたり、時には泣いたり感情を表すことで暴力を受けたりする。また生き抜くためには、自分の感情をむしろ表出しないよう学ばれることもある。

そのため、比較的軽微なストレスにも圧倒されるように感じたり、気持ちを落ち着かせることが難しかったり、逆に感情が麻痺したように感じたり、解離したりといった状態に陥ることがある。

丹羽「複雑性PTSDの病態理解と治療 認知行動療法〜STAIR/NSTの立場から」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

感情調節スキルには、感情への気づきと調整、解離への対処、苦痛耐性などが含まれます。

しかし、上記のように養育者によって適切な関わりがなされないと、子どもは感情に気づくことができず、感情を抱えておくこともできなくなります。これが感情不耐と呼ばれます。

 

感情を抱えておくことができない(感情不耐)ため、危険をかえりみない衝動性やアルコールなどの物質依存、過食や過食嘔吐、リストカットなどの自傷行為、大量服薬、買い物依存や浪費など、一般的に問題行動と呼ばれるさまざまな「気分解消行動」で自分の感情を調節しようと試みます。

あるいは恥や自責の念にともなう抑うつ状態を呈したり、漠然とした不安や些細なことが気になって不安で落ち着かなくなったりします。

 

このようなときには抗うつ薬や抗不安薬によって逆に気分変動が大きくなり、双極性障害のようにみえることもあるのです。

 

複雑性PTSDの特徴である「自己組織化の障害」のうち「感情調節障害」は、「否定的な自己概念」から引き起こされると考えられます。

 

心を見わたす心(行動主体自己)が居座るべきコントロールタワーである天守閣にヨソモノ自己が居座ったまま大人になった人は、メンタライズできず、感情を調整することが非常に苦手です。

ピンチの時、苦痛を感じたとき、ヨソモノ自己はそれを調整することができず、混乱し、自分の心と身体を内から攻撃します。

当事者本人たちは「私が悪い」「私は周りから憎まれて当然の人間だ」「生きる価値がない」「私は生まれてこない方がみんな幸せだった」「この愛情に飢えた醜い人間め」などさまざまな表現で自分に対する内なる攻撃を表現します。これを「自己攻撃状態」といいます。

崔『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』星和書店

 

この自己攻撃状態から生じるさまざまな苦痛の表現とその自己調節方法が、「自己組織化の障害」のうち「感情調節障害」と呼ばれる状態なのです。

 

院長

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