適応障害による長期休業と退職
『疫学雑誌(Journal of Epidemiology)』に長期休業者の復職と退職についての調査結果が掲載されていました。
(Diagnosis-specific cumulative incidence of return-to-work, resignation, and death among long-term sick-listed employees: Findings from the Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study)
この論文は、国内の十数社の企業が共同で行っている職域多施設研究が元になっていて、病気のために30日以上休職した人が対象となっています。
長期休業者の内訳では精神疾患が57.7%ともっとも多く、うつ病34.6%、適応障害8.9%となっていました。
さらに精神疾患での復職率は82.1%と他の疾患に比べて低い一方、退職率は17.4%と高く、統合失調症、適応障害、不安障害での退職率が20%を越えていたとされています。
いくつかの企業で休職中の従業員さんの産業医面談をおこなっていると、ほとんどの方は「適応障害」あるいは「(抑)うつ状態」の診断名がついています。(『適応障害は流行しているんですか?』参照)
もしかすると、「(抑)うつ状態」をうつ病とカウントしてあるのかもしれません。
また長期休業者の約9%が「適応障害」と診断されていること、適応障害での退職率が高いことは、私にとっては謎と感じられます。
なぜなら「適応障害」は、DSM-5およびICD-10では「ストレス因やその結果がひとたび終結すると、症状は6ヵ月以上持続することはない」とされています。「適応障害」であれば、休職してストレス因から離れると、6ヵ月以内に回復するはずなのです。
しかし実際は「適応障害」と診断されて、半年以上休職される方もかなり多いのです。
治療内容をみてみると、抗不安薬だけでなく、抗うつ薬、気分安定薬、抗精神病薬が投与されていることがほとんどです。
人が経験する通常の心的苦痛や反応を、適応障害として医療の対象とした場合、適応障害に対する抗うつ薬の効果が実証されていないにもかかわらず、抗うつ薬や抗不安薬が過剰処方されることにつながることへの懸念がある。
実際のところ米国では、適応障害の患者における抗うつ薬の処方割合の増加が他疾患に比べて最大であったという報告がある。
『DSM-5を読み解く4』中山書店
個人的には、薬剤性(医原性)の治癒遷延(下記引用の(1)に対し、不適切な投薬治療が行われた結果)なのではないか、とひそかに疑っています。
現在、精神科の外来には、次のような患者さんたちがひしめいています。
(1)反応性の抑うつ状態(多くは治療不要)
(2)過酷なストレスによるうつ病(つまり一線を越えてしまった。治療も必要だし環境改善も必要)
(3)さほど過酷でないストレス下なのに生じたうつ病(治療が必要)
(4)パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態(治療というよりは自分の心とのつきあい方を学ぶべき)
(5)他の精神疾患に由来する抑うつ状態(その精神疾患への治療が必要)
どれも「うつ」ではあるが重症度も治療法も大きく異なる患者さんです。そして医師によっては、どの患者さんにも一律に抗うつ薬を処方しているので(馬鹿ですね、明らかに)、ますます自体は見極めにくくなっています。
春日武彦『はじめての精神科』医学書院
ある社員さんは、業務の量的心理的負担のあとに心が折れたように感じ、駅近くのあるメンタルクリニックを受診されました。
適応障害と診断され、エチゾラムとブロチゾラムを処方されましたが、外に出られなくなり通院もままならない状態で、這うようにして産業医面談に来てくださいました。
臨床医とちがって、産業医は診断治療をしてはいけないことになっています。
この患者さんの場合、仕事の内容も聞かれず、常用量依存を高率に引き起こしやすいエチゾラムを投与されていることから、禁を破ってこう伝えました。
「あなたの場合は、過酷なストレス因が続いていた状態に、最後の麦わらという些細なストレスが加わったことによる、疲弊うつ病(職場結合性うつ病)のような状態だと思われます。オーソドックスなうつ病の治療してくれる医療機関を受診した方がいい」と、別の医療機関の受診(転院)を勧めました。
このケースは上記引用の(2)が背景にあり、(3)が重畳して発症したと考えられました。
また「抑うつ状態」と診断され10年以上も通院していらっしゃった別の社員さんが、「人との関わりが恐くて、会社に行くことが苦痛になった」と産業医面談にいらっしゃいました。
この方の受診動機は対人恐怖なのですが、それが「抑うつ状態」と診断される理由がわかりません。またこの方にも、最大量の抗うつ薬と、気分安定薬、抗精神病薬が処方されていました。
「人との関わりに不安を抱えやすいこと」は、いつから始まったように感じていらっしゃいますか?」とお聞きすると、小さな頃から人見知りがあり、家庭では躾と称した体罰が恒常的に行われていたようで、「発達性トラウマ障害」が疑われました。
杉山先生の『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』を紹介し、主治医に読んでもらうようにお伝えしました。しかし主治医は一顧だにしてくれなかったそうです。
日経メディカルに前・北里大教授の宮岡先生が『精神科医が考える「いい精神科医」の選び方』というエッセイを寄稿されていました。
先のケースの場合は、《初診の内容から「よい精神科医」ではないかもしれないと考えるポイント》に該当する「最初から同系統の薬剤が2剤以上処方されたとき」と、《最近特に「よい精神科医」ではないかもしれないと気になること》の「生活状況(昼寝など)、嗜好品(コーヒー、お茶など)の頻度を確認せず、睡眠薬を処方する精神科医」に当てはまるようです。
2番目のケースの場合は、《最近特に「よい精神科医」ではないかもしれないと気になること》の「現在の症状ばかり尋ねて、生活歴や長期経過を確認しない精神科医」と、《治療を続けているときに「よい精神科医」ではないかもしれないと考えるポイント》の「悪くなったと言うと薬がどんどん増える」「同系統の薬剤が3種類以上処方されているとき」に該当するようです。
冒頭の論文で触れた、「長期休業者のうち、うつ病34.6%、適応障害8.9%で、適応障害、不安障害での退職率は20%を越えている」ことへの疑問は、どうも精神科医の臨床のあり方の問題が根底にあるように考えられたのでした。
みなさんが通院中の医療機関はいかがですか?「よい精神科医」の先生の治療を受けられていますか?
院長