逆境的小児期体験は発達性トラウマ障害を引き起こすか
「ACE研究(逆境的小児期体験研究)」から、児童期から少年期にかけてトラウマ体験がある人は、予想よりはるかに多いことが示されています。
「逆境的小児期体験(ACEs)研究」に参加した1万7千人以上の中流から上中流層の白人のうち、全体の三分の二にあたる64%が、少なくとも1つ以上の「逆境的小児期体験(ACEs)」があったと回答しています。
「発達性トラウマ障害」の出来事基準は、「対人的な暴力の反復的で過酷な出来事の直接の体験または目撃」および「主要な養育者の再三の変更、主要な養育者からの再三の分離、あるいは、過酷で執拗な情緒的虐待への曝露の結果としての、保護的養育の重大な妨害」などが、一年以上持続していることとされています。
「逆境的小児期体験(ACEs)」がある人は、「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連障害を発症するのでしょうか?
逆境的小児期体験(ACEs)とは?
「逆境的小児期体験(ACEs)」には、身体的虐待や面前DV、育児放棄による養育者の変更など、以下の質問項目が含まれています。
- 一緒に住んでいる親や大人が、あなたを押しつかんだり、強く殴ってあざができたり、身体を傷つけるようなことが、しばしば、あるいは非常に頻回にありましたか?
- あなたの母親か継母が、押されたり、つかまれたり、叩かれたり、ものを投げつけられたりしていたことが、しばしば、あるいは非常に頻回にありましたか?
- あるいは、蹴られたり、かまれたり、げんこつで殴られたり、硬いもので殴られたりしていたことが、しばしば、あるいは頻回にありましたか?
- あるいは、繰り返し数分間にわたって殴られたり、銃やナイフで脅されていたことがありますか?
- 実の両親が離婚したり、あなたを捨てたり、その他の理由で、あなたと離ればなれになったことはありましたか?
ケイン、テレール『レジリエンスを育む』岩崎学術出版社
「逆境的小児期体験(ACEs)」は「発達性トラウマ障害」の危険因子ではあるものの、「逆境的小児期体験(ACEs)」があるからといって「発達性トラウマ障害」の発症に直接結びつくわけではなさそうです。
四分の一以上が、「親のどちらかが、頻繁に、あるいは非常に頻繁に、あなたの体を突いたり、ぎゅっとつかんだり、平手打ちにしたり、ものを投げつけたりしましたか」という質問と、「親のどちらかが、頻繁に、あるいは非常に頻繁に、あなたを殴ったので、痕が残ったりけがをしたりしましたか」という質問に、はい、と回答した。
言い換えると、アメリカ人の四分の一以上が、子どものころ身体的虐待を繰り返し受けたことになる。
(中略)
8人に1人が、「子供のころ、母親がときおり、あるいは頻繁に、あるいは非常に頻繁に、体を突かれたり、ぎゅっとつかまれたり、平手打ちにされたり、ものを投げつけられたりするのを目撃しましたか」と「子供のころ、母親がときおり、あるいは頻繁に、あるいは非常に頻繁に、蹴ったり、噛みついたり、拳で叩いたり、固いもので叩いたりされるのを目撃しましたか」という質問に対して、はい、と回答した。
ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店
東アジアでは、PTSD(1.9%)よりも複雑性PTSDの基準を満たす若年成人の割合が高い(3.6%)と報告されていますが、一般的にはPTSDや複雑性PTSDの有病率は2%前後と考えられています。
つまり、「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」は、1つ以上の「逆境的小児期体験(ACEs)」のある人の約1.5%、繰り返し身体的虐待を受けた人の4%程度しか発症しないということのようです。
逆境的小児期体験(ACEs)の長期的影響
上述のように「発達性トラウマ障害」の出来事基準の持続期間は一年以上、「複雑性PTSD」では一度に数ヵ月から数年間続いた後とされており、頻度と持続期間が発症に関連する一つの要因のようです。
そして「逆境的小児期体験(ACEs)」の影響は、学童期に目立つようになってきます。
フェリッティと彼のチームは、児童期のトラウマの影響は最初、学校で明らかになることを発見した。
学習面あるいは行動面で問題を抱えていたことを報告する人は、ACE得点が0の人では3パーセントだけだったのに対して、得点が4点以上の人では、半数以上だった。
(中略)
幼少期に親にネグレクトされたり、過酷な扱いを受けたりした子供は、学校で問題行動をとった。また、仲間と揉め事を起こしたり、他者の苦悩に対する共感を欠いたりすることが予測できた。これが悪循環を招いた。
彼らは絶えず覚醒しており、しかも親からの慰めを得られないため、乱暴で、反抗的で、攻撃的になった。乱暴で攻撃的な子供は人気がなく、養育者ばかりでなく教師や仲間からもさらなる孤絶と処罰を招く。
ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店
複数の「逆境的小児期体験(ACEs)」は、重複性トラウマとして「発達性トラウマ障害」の発症に関わっているのかもしれません。
人が「実際の死または重症、あるいは死または重症の恐れ、本人または他者の身体的保全への脅威を伴う」身の毛のよだつような出来事にさらされ、「恐怖、無力感、ないし戦慄」が生じ、それが以下のようなさまざまな症状につながった場合。
その出来事の避けようのない再体験(フラッシュバック、悪夢、その出来事が現に起こっているような感覚)、(トラウマと結びついた人や場所、思考、感情の)持続的で有害な回避(トラウマの重要な部分の記憶喪失を伴う場合がある)、過覚醒(不眠、過剰な警戒、短気)。
ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記憶する』紀伊國屋書店
「トラウマを負い、国立子供トラウマティックストレス・ネットワークで診療を受けた子供の82%は、PTSDの診断基準を満たさない(前掲書)」と報告されています。
PTSDと診断するためには、再体験症状は5項目のうち1つ以上、回避症状は7項目のうち3つ以上、過覚醒症状は5項目のうち2つ以上を満たすこと、と定義されています。
一方、「発達性トラウマ障害」では、【心的外傷後スペクトラム症状:三つのPTSD症状クラスターB(再体験症症)、C(回避症状)およびD(過覚醒症状)の少なくとも二つで最低一つの症状】を示すことが診断基準に挙げられています。
「発達性トラウマ障害」のPTSD基準が緩めなのは、「被害者の年齢が高いほど、また、トラウマを受けた時間が短いほど、PTSDの中核症状のみの発症にとどまる傾向があった。一方でトラウマを受けた時間が長く、与えられる保護が少ないほど、ダメージが深く浸透し、PTSDの症状の範囲を超える傾向があった」という研究が元になっているようです。(ヴァン・デア・コーク『トラウマティック・ストレス』誠信書房)
ですから「発達性トラウマ障害」は、不全型の「複雑性PTSD」と考えられるのです。
院長