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人間関係の問題やハラスメントと適応障害

[2023.09.19]

ある産業医の先生から、こういう話を聞いたことがあります。

 

設立されて間もない会社での話だそうです。

社員さんが「適応障害のため3ヶ月の休職を要する」という診断書を職場に提出したところ、会社の社会保険労務士(?)から「事情をヒアリングしたのちに会社判断で休職を認めるかどうか決めるべき」との意見が出されそうで、産業医としての意見を求められたとのことです。

 

このことについては後ほど考えるとして、まず「適応障害」の全体像についてみていきましょう。

 

適応障害(ICD-11では「適応反応症」)」は、ストレス因の曝露から1ヶ月以内(DSM-5では3ヶ月以内)に発症する「心因性疾患」と理解されます。

 

ストレスチェック

ストレス要因によりストレス反応が引き起こされている状態をスクリーニングする方法として、「ストレスチェック」がありますよね。

 

ストレスチェックでみていくのは、「ストレス要因」「ストレス反応」「緩衝要因」の3つです。

ストレス要因として、たとえば、心理的な仕事の負担(量および質))、職場の人間関係上のストレス、職場環境によるストレス、などが同定されます。

ストレス反応は、疲労感、抑うつ感、不安感、身体愁訴、イライラ感、など、さまざまな心身の反応が挙げられています。

緩衝要因は、ストレス要因によるストレス反応を和らげる因子として、たとえば、上司や同僚からの支援、家族や友人からのサポート、などがあります。

 

つまり「適応障害」は、ストレス要因が大きく、さらに緩衝要因が少なく、病的なストレス反応が出ている病態、と考えることができます。

 

「適応障害(適応反応症)」の診断基準

ICD-11では「適応障害(適応反応症)」は以下のように定義されています。

 

適応障害(適応反応症)は、特定可能な心理社会的ストレス因子または複数のストレス因子(例えば、離婚、病気または障害、社会経済的問題、家庭や職場での葛藤)に対する不適応反応であり、通常、ストレス因への曝露から1ヵ月以内に出現する。

この疾患は、過度の心配、ストレス因に関する繰り返し起こる苦痛な考え、またはその意味についての絶え間ない反芻など、ストレス因またはその結果へのとらわれ、および個人的、家族的、社会的、教育的、職業的、またはその他の重要な機能領域において重大な障害を引き起こすストレス因への適応の失敗によって特徴づけられる。

その症状は、他の精神疾患(例えば、気分障害、ストレスに特異的に関連する他の疾患)ではうまく説明できず、ストレス因子が長期間持続しない限り、通常6ヵ月以内に消失する。

ICD-11 platform “Adjustment Disorder”(DeepLによる訳を一部改変)

 

「適応障害」を引き起こすストレス要因についてICD-10までと異なり、死別などの対人関係の障害(単純な死別、あるいは、長期にわたる悲嘆反応)は、除外することになりました。

 

ストレス要因

「適応障害」は、環境要因(ストレス要因)によって本人のストレス反応が誘発された心因性の疾患であることを、先に説明しました。

しかし実際の臨床でライフイベント法でチェックすると、心身に影響を与えるほどの「ストレス要因」がないにも関わらず、ストレス反応のみが顕著に出ている場合がほとんどです。

さらに、「特定可能な心理社会的ストレス因子」が明確でないにも関わらず、「適応障害」と診断されているケースはどう考えればいいのでしょうか?

 

さほど大きな「ストレス要因」があるわけではないにも関わらず「ストレス反応」が強く出ている場合、あるいは休職や転職を繰り返している場合など、不適応反応が引き起こされている場合、本人側の要因として次の2つが考えられます。

 

  1. 認知機能の問題(ASDやADHDなどの発達障害あるいは発達障害特性、軽度知的障害、軽度の統合失調症)があり、業務量や業務内容に対しての適応能力に限界がある場合。
  2. (上記1)を基盤にもつパーソナリティの問題(回避性、強迫性、反社会性、境界性、など)により、対人関係の葛藤を生じやすい場合。

 

さらに、職場の上司が上記のどちらかをもっている場合、休職者や退職者がクラスター的に続出している部署であることが多く、そのような上司が居座っている社風なども含め、「ストレス要因」の関与が大きいと考えられます。

 

適応障害の症状(ストレス反応)

さて、次は「適応障害」の症状についてです。

 

「ストレスチェックは、うつ病の判定をするものだと思っていた」とおっしゃる人事担当者もいらっしゃいましたが、「適応障害」の診断基準では、「単発性うつ病性障害」も「再発性うつ病障害」も鑑別診断(除外診断)に上がっています。

ICD-11以降は「(抑)うつ状態」のような状態像や、「うつ病」など、いい加減な診断名では「適応障害」を表現できなくなった、ということですよね。

 

さらに「適応障害」の症状も、ICD-10までのストレス反応の項目に沿った不安、抑うつ、行為の障害などから、ICD-11では「反芻的思考」「回避」「想起刺激による悪化」と改訂されています。

 

たとえば交際相手と離別したあとで、彼(彼女)のことを何度も思い出して辛くなる反芻思考、元彼(元カノ)のフェイスブックを見て「私は辛いのに彼(彼女)は楽しそうだ」という想起刺激考による悪化、元彼(元カノ)が勤務している取引先との接触が嫌なので仕事に戻りたくないなどの回避、を例に考えてみてください。

症状的には「適応障害」に該当しますが、交際相手と離別して辛くなること(失恋)は病気なのでしょうか?

あるいは、離婚、病気または障害、社会経済的問題、家庭や職場での葛藤などで感じる心的苦痛は、疾病として治療が必要なのでしょうか?そしてまた、治療による症状の緩和が可能なのでしょうか?

このことに関しては、連載の中で、少しずつ考えていくとしましょう。

 

人間関係の問題やハラスメントと適応障害

「適応障害」がトラウマ関連障害と誤認されることもよくあります。

精神科医や心理師の中には、ハラスメントをトラウマ的出来事、反芻的思考や想起による悪化をフラッシュバックと短絡的に考えてしまい、PTSDの治療を勧められてこころの健康クリニック芝大門を受診される患者さんもいらっしゃるのです。

上述の出来事基準と合わせると、外傷的体験(トラウマ体験)に合致しない出来事基準(生命の危険のない出来事)により「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」に似た症状を呈する一群は、何と診断すればいいのでしょうか?

 

ハラスメントなどを含む「職場の人間関係上のストレス」によって引き起こされた「反芻的思考」「回避」「想起刺激による悪化」などにより不適応反応を引き起こしている状態は、ICD-11では、「適応障害(適応反応症)」と診断します。

 

人間関係上のストレスが要因となった場合、ストレス因への曝露から1〜3ヶ月を超えて発症する場合や、そのような人間関係が解消されたとしても、6ヶ月を超えて症状が続く場合があります。

また、生命の危険のない出来事により「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」に似た症状を呈する一群もあります。

ICDでは規定がありませんが、DSM-5ではこのような病態を「類適応障害」と診断します。

 

さらに、本人側の要因として挙げた発達障害特性やパーソナリティの問題がある場合にも、3ヶ月を超えた遅延発症、6ヶ月を超える症状の持続から、「類適応障害」と診断する場合が多くなります。

 

対人関係要因による「類適応障害」の場合は、トラウマ関連疾患に準拠した専門的な治療が必要になることもあります。

 

次回は、適応障害の診断に関連する問題を、もう少し掘り下げて考えてみましょう。

 

院長

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