愛着の内在化と摂食障害の対人関係療法
こんにちは。
こころの健康クリニック芝大門で、受診相談と摂食障害の対人関係療法を担当している精神保健福祉士・公認心理師のウエハタです。
前回のブログ(『乱れた食行動に隠された本当の問題とは』)で、自分の感情が何に反応して起こっているのかを正確に特定できないと「本当に向き合うべき問題」はわからないままであること、について説明しました。
そして、こころの健康クリニック芝大門の過食症の治療では、「自分の考えや気持ちに気づけるようになること」「考えと現実を区別できるようになること」に取り組んでいくのです、とお伝えしましたよね。
乱れた食行動に隠された本当の問題とは
こころの健康クリニック芝大門で行っている、摂食障害の対人関係療法の専門外来でも、摂食障害の一般外来でも、治療導入前にこれらのことについて詳しく説明しています。
ところが、ある患者さん(Cさん)は「感情は感じてはいけないと思っていました」と、とても驚かれました。
そして、「感情を感じていい」とわかったCさんは、その後「ふわふわする感覚がある」と教えてくださいました。
みなさん、Cさんに何が起こったと思いますか?
今回はCさんに起こったことを「内的作業モデル(愛着の内在化)」というキーワードを中心に、こころの健康クリニック芝大門の対人関係療法では、どのようにして乱れた食行動を改善していくのかについてお伝えしてみたいと思います。
内的作業モデル(愛着の内在化)とは
「内的作業モデル」とは、乳幼児期(生後5歳くらいまで)に経験した、養育者との愛着関係(アタッチメント)から生み出される、自己や他者に対するイメージのこととされています。
乳幼児期の子どもは養育者との間の情緒的な交流(不安や恐怖が強い時養育者に近づき感情を調整してもらうことなど:愛着行動)を繰り返しながら、感情を調整する力を身に着けていきます。
「内的作業モデル(愛着の内在化)」とは、養育者との情緒的な交流のイメージ(表象)が私たちの内部に取り込まれたものです。
※実際は、養育者との関係以外でも「内的作業モデル」に関係する人間関係はたくさんあって、例えば、祖父母、保育士、教師、治療者や友達などとの関係の中でも形成されると言われています。
5歳くらいまでに「自分は他者に受け入れられる価値のある存在だ」という、自分に対する肯定的な意味合いを持つ「内的作業モデル」ができ、それをもとに対人関係や社会的行動において様々な情緒的経験や試行錯誤を行う中で、「内的作業モデル」はますます安定性を増し、社会的行動・対人関係の基礎となっていくと言われています。
不安定な内的作業モデル
一方で、様々な事情で養育者との間で情緒的な交流を適切に持つことができないと、感情を調節する力を身に着けることが難しくなります。感情調節の力が不十分なまま成長すると、感情コントロールが難しくなるか、感情を抑圧したり防衛したりするようになると考えられています。
そして養育者との情緒的なイメージを取り込むことができず、「自分は愛されない」「困ったときに人は助けてくれない」など、不安定な「内的作業モデル」が形成されてしまうのです。
乱れた食行動に苦しむ方たちの中にも、不安定な「内的作業モデル」を持ち続けている方は少なくありません。
そういった方たちは、対人関係を築こうとしてもその関係の中に安心や安全を感じることが難しく、そのため人間関係を回避したり、逆に接近しすぎて過度に依存的になったりすることによって、支持的で親密な人間関係や情緒的体験をする機会からますます遠ざかってしまうのです。
また、他者との関係を通して感情調節を行うスキルが不十分なため、不安をともなう新たな行動(試行錯誤)を起こすことが難しく、その結果、満たされない気持ちを食行動で解消することになってしいます。
さらに、行動を起こしたとしてもそれが思うようにいかないと、「自己否定」や「べき思考」「完璧主義」で対処してしまいがちで、そのつらさを食行動で解消せざるを得なくなります。
そして、他者に助けを求めることも難しいため、ますます乱れた食行動に助けを求め続けてしまいます。
不安定な内的作業モデルから安定した内的作業モデルへ
けれども、不安定な「内的作業モデル」を有する方が、一生涯その影響を受け続けるわけではありません。
不安定な母子関係を乳幼児期に体験した人であっても、支持的で親密な人間関係や情緒的経験をすることによって、安定した人間関係を結べるようになるのです。これは「修正情動体験」と呼ばれます。
こころの健康クリニック芝大門の過食・過食嘔吐の治療導入前に行っているガイダンスでも、内的作業モデルについて少し触れるのですが、先ほどのCさんはこの「内的作業モデル」について涙を流しながら説明を聞いていらっしゃいました。
「内的作業モデル」が不安定だと、対人関係で安心感を持つことが難しく、自分自身への信頼感も持てないため、対人関係や社会的活動において生じる感情を表現することは危険だと感じてしまいます。
例えば、寂しいと感じてもそれを表現することは拒絶される可能性と表裏一体のように感じてしまい、表現することは危険な行為に思えてしまうのです。。。
Cさんは、この不安定な「内的作業モデル」という蓋で感情を抑え込んで、乱れた食行動という方法で何とか生き延びてこられていたのだと思います。
それでも、今回Cさんは治療を申し込まれました。
申し込まれるときは不安でいっぱいだったのではないかと思います。それでも一歩を踏み出すことができたということですよね。この時すでに治療は始まっていたのだと思います。
そして面接を重ねる中で、Cさんは感情を抑え込んでいた蓋を自分の力で開けたのです。
これまで蓋をしてきた感情が込み上げてきたけれど、まだその感情の意味を特定できないし、扱い方もわからない状態が、Cさんにはふわふわした感覚に感じられたのかもしれません。
まずは、自分との関係
繰り返しになりますが、支持的で親密な人間関係や情緒的経験をすることによって、「内的作業モデル」を安定させていくことができます。
そのためには、「自己否定」や「べき思考」などの批判的な声(心的等価モード)や、自分がどんな感情を感じているかに気づき、その一つ一つの感情を区別し、それを認め、ただ受け入れるというやり方を身に着ける必要があります。
そうやって、自分を慈しむ方法、自分をあるがままに肯定する方法を身に着けていくのです。
『素敵な物語』に“慈しみ”という章があります。
自分のことを、大切な我が子のように扱うのです。たとえば、何かミスをしたときに「自分はダメだ」と叱りつけるのではなく、そこから学べるように見方を変えます。
つまり、「なんて馬鹿なことをしたの!」と叱るのではなく、「今回の経験をもとにして、次はどうすればいいかな?」と自分に尋ねるのです。
こうすることで、羨ましく思ったり傷ついたり、不快に感じていたりする自分自身を批判せずにすみます。自分の感情を丸ごと感じ、そこから学ぶ時間、次のステップにつなげる時間を、あなた自身に与えてあげてください。
このようにして、ただその時の自分をそうだと認め、自分自身に対して慈しみを持って接することができるようになっていく中で、自分との関係が改善していくのです。
そして、自分自身との安定した関係を土台に、他者との間で支持的で親密な人間関係や情緒的経験を積みかさね、次第に「内的作業モデル」が安定することにつながるのです。
そうして、自分自身や他者に助けを求められるようになることができるようになれば、食行動に助けを求める必要はなくなるのです。
院長が『愛着(アタッチメント)と摂食障害の治療』で、愛着(アタッチメント)について解説してくれていますので、こちらも合わせてお読みくださいね。
愛着(アタッチメント)と摂食障害の治療