解離とトラウマ症状(PTSDや複雑性PTSD)
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療としてEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)を行っている医療機関に通院していらっしゃった患者さんが、こころの健康クリニック芝大門に転院してこられました。
EMDRによる治療が継続されて行われたものの、精神状態が悪化したため統合失調症と診断が変更になり、入院して治療を受けたそうです。(EMDRをディスっているわけではなく、施療者の資質の問題かもしれないということです)
その後は数年もの間、統合失調症の治療が行われるわけでもなく、神田橋処方(桂枝加芍薬湯と四物湯の組み合わせ)を漫然と処方されるだけでした。
良くならないから、というのがこころの健康クリニック芝大門への転院理由でした。
初診前に記入していただく診療申し込み票から、PTSDや統合失調症ではなく「解離性障害」、それも頻回のトラウマ体験に伴う「解離性同一性症(第三次構造的解離)」が疑われました。
たとえば解離性フラッシュバックのように、解離症状はトラウマ臨床と切っても切れない密接な関係にあるので、通常は解離の併存は考慮にいれますが、上記の患者さんは解離性障害を疑われるどころか、統合失調症と診断されていたのです。
しかし抗精神病薬ではなく漢方薬だけが処方されていたところをみると、解離性障害が疑われたものの、その医療機関では解離性障害の診断および治療ができなかった、のかもしれません。
頻回のトラウマ体験の累積を何と診断するか
『トラウマ関連障害(PTSD・複雑性PTSD)の過剰診断』で、追突事故で「自分の身体の保全に迫る危険」「強い恐怖、無力感、または戦慄」を体験した女性を紹介したことがありますね。
トラウマ関連障害(PTSD・複雑性PTSD)の過剰診断
「(正常の)急性ストレス反応」を「PTSD」と診断された女性は、専門医にこう言い返していました。
「先生、わたしをからかっているんですか。私はね、いつかんしゃくを爆発させて、私たち家族を殴りはじめるかわからないようなアル中の父親のいる家で生まれ育ったんですよ。
私が16歳になる頃には、私が父親に反撃できるようになって、そうしたら、母親がそのうち私と父親が互いにひどい怪我をさせるんじゃないかと心配して、私を陸軍に入隊させる書類にサインをして、私は軍に送り込まれたんです。
軍で私は看護師の資格を取って、ベトナム戦争には兵役で2度も従軍したんですよ。
そして7年前には、私の14歳の息子は自殺を遂げてしまいました。
そんな私が、ちょっとバンパーが凹んだぐらいで、PTSDになったと先生は言うんですか?」
すると、その専門医は、これまでに体験してきた多くのトラウマのせいで、ちょっとした自動車事故のようなストレス(しかも実際のところ、この事故はきわめて深刻なものになりかねないものでした)でもPTSD症状を発症させるのだと言いました。
これが、私たちが「トラウマの累積的な量の効果」と言っているものです。より多くの外傷的出来事に出遭うほど、そしてその出来事がより深刻で悲惨なものであるほど、精神的な症状を発症しやすくなるのです。
ルイス、ケリー、アレン『トラウマを乗り越えるためのガイド』創元社
このような「多重被害化(ポリヴィクティミゼーション;polyvictimization)」は、おもに乳幼児期の虐待やネグレクトに伴う「逆境的小児期体験(ACEs;adverse childhood experiences)」の文脈で説明されることが多いのですが、上記の女性もこの概念や、「トラウマの重層性」として理解するといいのかもしれません。
つまり単回性トラウマを繰り返し受けやすい人の背後に、過去や現在の複雑性トラウマ(註:重なりあったトラウマ)が存在する場合もある、ということです。
この女性が、衝撃的な一つひとつの(トラウマ)体験で「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を発症しなかったのは、「解離」という防衛メカニズムが機能していたからなのかもしれません。
構造的解離とトラウマ症状
そもそも解離とは、意識や記憶の断片化が起こることで生じるものを指す。とりわけDID(註:解離性同一性障害=多重人格)を発症するような意識や記憶の断片化は、深刻なトラウマ体験に対応するための狭窄として生じるものである。
(中略)
Hermanが描写したように、とりわけ幼児期に虐待やネグレクトを経験することで、子どもは解離としてファンタジーの能力を発展させ、それが将来的なDID発症の基盤となることが知られている。
杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社
『身体はトラウマを記憶する』で、「解離こそがトラウマの核心をなす。圧倒的なトラウマ体験は、ばらばらになり、断片化するので、トラウマに関連した情動や音、声、イメージ、思考、身体感覚がそれぞれ独り歩きを始める。記憶の感覚的断片が現在に侵入し、そこで文字通り追体験される」と、ヴァン・デア・コークは説明しています。
このことからも再体験症状や侵入症状が、「解離性フラッシュバック」と呼ばれることがわかると思います。
簡単に言うと、解離とは、ひとまとまりになっている通常の心の働きがまとまりを失った状態です。
オノ・ヴァン・デア・ハートは「構造的解離」理論で、解離とは人格が「ANP(あたかも正常に見える人格部分)」と「EP(情動的な人格部分)」に分かれており、人格部分(ANPとEP)の複雑さの程度で解離のレベルが決まると説明しています。
『USPT入門 解離性障害の新しい治療法』の著者の一人である新谷先生は、EP(情動的な人格部分)を「トラウマ体験に関する感情・感覚(その他、有害な恥辱感、自己放棄、悪質な内なる批判、社会的不安など)」が閉じ込められている箱に喩えて説明をされます。(USPTベーシックトレーニング講義資料)
この箱がときどき開いて中身が出てくることが「解離性フラッシュバック」であり、箱そのものが存在することによる有害作用が、回避、脅威の持続的感覚(過覚醒)、感情制御困難、否定的自己概念、対人関係障害などの症状であり、解離構造(箱)の存在そのものがPTSDや複雑性PTSDの症状を引き起こしている、と説明されます。
このように解離とトラウマ症状(PTSD三徴)は、表裏一体の関係にあるのです。
トラウマ症状(PTSD三徴)は、神田橋処方の変法や東北大学で見出された漢方薬の追加などで対処することも可能ですが、解離症状には薬物療法は無効ですから、ボトムアップ式(身体感覚にアクセスする)精神療法が主体になります。
トラウマ関連障害の専門的な治療を希望される方は、こころの健康クリニック芝大門に申し込んでくださいね。
院長