メニュー

タイムスリップとフラッシュバックと解離

[2023.11.15]

アスペルガー症候群を含む自閉スペクトラム症(ASD)では、生来的に脳のOS(英: operating system、略称:OS、オーエス)が健常発達者と異なるといわれています。

 

また、養育者もASDあるいは自閉スペクトラム特性(AS特性)を持つため、親子関係のストレスから虐待やネグレクトなどの逆境的小児期体験まで、さまざまな環境要因も荷重されることが多くなります。

 

それらによって、再体験症状・侵入症状(フラッシュバック)に似たタイムスリップや、まとまりのない自己同一性、ファンタジーへの没入やイマジナリーコンパニオンなど、解離性障害に似た状態を呈することが多いことが知られています。

 

フラッシュバックとタイムスリップ

これまでにもPDD者における「フラッシュバック」現象は報告され、とくに杉山のいうタイムスリップ現象は著明である。

彼はその特徴を、

①もともと優れた記憶能力を持つ、知的に高い、しかし不安定な自閉症の症例に見られ、

②感情的な体験が引き金となって、過去の同様の体験が想起され、

③その過去の体験をあたかも現在の、もしくはつい最近の体験であるかのように扱い、

④その記憶体験は、健常者においては一般に想起することのできない年齢まで遡ることがある

点に見出し、その上で境界性パーソナリティ障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)における同様の現象の現象との比較をも試みている。

広沢. 高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群)と解離. in 柴山・編『解離の病理』岩崎学絀出版社

 

以前、自閉スペクトラム症(ASD)は、広汎性発達障害(PDD)と呼ばれていました。

 

生来的にそのような特性を持つ人に生じる「フラッシュバック」≒「タイムスリップ」に類似した現象として、似たような情動体験をきっかけに芋蔓式に記憶が想起される「タイム・ストラップ」があるとしています。(森口『平行線−−ある自閉症者の青年期の回想』ブレーン出版)

 

自閉スペクトラム特性の強いある患者さんは、今の上司ではない以前の上司とのやりとりが急に思い出され、「あの時、こんなことを言われて嫌だった」「あの発言は、こんな意図があったのではないか」、などのシミュレーションを頭の中で繰り返すようになったとおっしゃっていました。

本人は「フラッシュバック」と表現されていましたが、感情に不意に圧倒されるフラッシュバックと異なり、観念や心像の「強迫反芻」のような状態で「タイムスリップ」現象と考えられました。

 

別の患者さんは、頭の中で以前のやりとりが再現され、「頭の中の声と話してしまう」「他の人との会話しているときでも頭の中で場面が再現されて声が聞こえ、その声と会話をしてしまうので、現実の相手の声が聞き取れなくなる」と話されていました。

自生思考や思考化声など統合失調症に似た状態ですが、これは解離を伴うタイムスリップと考えられました。

 

トラウマの再体験症状とフラッシュバック』で説明した「再体験症状」や「フラッシュバック」とは異質の、自閉スペクトラム症(ASD)の「タイムスリップ」は、柴山先生のおっしゃる「白昼夢型表象幻視(健常者にもみられる)」に近いものではないかと考えられるのです。

 

自閉スペクトラム症(ASD)の解離症状

解離性障害をめぐっては、柴山が気配過敏症状(わずかな音にもビクッとする聴覚過敏や、光がまぶしく感じる視覚過敏などの知覚過敏を含み、同時に動悸、過呼吸、咽頭狭窄感、四肢の感覚異常、吐き気など多彩な身体症状を伴う)に注目し、それを「対象化の困難さ」、さらには加藤の「圧力野」の病理から説明を試みている

広沢. 高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群)と解離. in 柴山・編『解離の病理』岩崎学絀出版社

 

上記の引用で、自閉スペクトラム症(ASD)あるいは自閉スペクトラム特性(AS特性)の解離症状の特徴は、感覚過敏(知覚過敏)にもとづく「気配過敏症状」「対人過敏症状」とともに、多彩な「身体症状」であると説明されています。

 

ASDの人たちには外的対象(もの)と一体化する傾向はあっても、同化する対象がひとであることはまずないと信じられてきた。しかしひととの同化を経ることなく「人格」にたどりつくとは考えにくいのである。

要するにASDにおいては中心自我、ないしは「一なるもの」としての私が成立していない。

解離には主体(主人格)にとって「都合の悪い部分」(外傷記憶など)を切り離すといった機能があるが、ASDにおいては何から何を防衛するのかがはっきりしない。

大饗, 立花. 自閉スペクトラム症における「人格の多元化」. 精神療法 47 (1); 33-39, 2021

 

自閉スペクトラム特性(AS特性)のある「複雑性PTSD」の患者さんが、「高校の頃から友人のキャラを取り込んで生きてきた。自分の中にはキャラの死骸が黒い消し炭のようにうずたかく積み上がっている」と話されていました。

 

このように他者(外的事物としてのヒト)との同一化というか、取込み(模倣)によって、自分(ある仮の定点)のまわりに隔壁を築いているかのような印象を受けるのです。

 

さらに不思議なことがもう一つ。

ASDに似通った形の人格の多元化が90年代後半から、一見したところ「ふつう」にみえる青年たちのあいだに広がっているのである。

そこには健忘障壁がはっきりしないし、病的/健常という境界さえ失われている。

大饗, 立花. 自閉スペクトラム症における「人格の多元化」. 精神療法 47 (1); 33-39, 2021

 

先の患者さんの言葉のように、解離性健忘がなく、周りにあるキャラの死骸によってようやく自分という定点が定まるような、境界不鮮明な「私」がおぼろな姿を表すのです。

 

先にも述べたように、ASDにおいては「中心としての自己」の特定が困難である。

このようなケースにおいて中央におかれるのは、それぞれの人格が出入りするスポット(空白)である。

複数の交代人格が「甲」という場所(棟)に駐屯しており、必要に応じてスポットに召喚される。しかし人格たちはいずれも代替可能であり、そこに比較的長く留まっている人格にも自分が主人格であるという自覚はない。

(中略)

繰り返すが、ASDにおいては、スポットと人格の結びつきが恒常的にはなっていない。中心人格がそのつどの状況のなかでキメラ的に入れかわり、それゆえ部分が一つの全体へと収斂していかないのである。

大饗, 立花. 自閉スペクトラム症における「人格の多元化」. 精神療法 47 (1); 33-39, 2021

 

自閉スペクトラム症(ASD)でみられる主人格のはっきりしない多元化、すなわち「中心のない解離」は、幼児のイマジナリーコンパニオンと同じように、一貫した主体が構成される以前に自生的に産み出された多元化である可能性が考えられるのです。

 

実際に成人の臨床場面で出会う彼らは、実に特徴的な人物像を持ち、その特異さゆえに社会適応が困難な人たちである。

そればかりではない。

彼らはまた種々の身体症状や精神症状を持ち、それは一方で、既存の精神医学的な特徴をすべて網羅しうるほどの幅の広さを示しながら、他方でいずれの症状も既存の精神症状論では説明しきれない独特さをも持っているのである。

広沢. 高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群)と解離. in 柴山・編『解離の病理』岩崎学絀出版社

 

結局、自閉スペクトラム症(ASD)やAS者( 非障害性ASD:AS特性)にみられる「フラッシュバック」≒「タイムスリップ」や解離という現象は、「既存の精神症状論では説明しきれない独特さを持っている」と言わざるを得ないということなのでしょう。

 

院長

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME