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トラウマの再体験症状とフラッシュバック

[2023.11.13]

そもそも「フラッシュバック(Flashback)」という言葉は、麻薬や覚醒剤の使用を中止しても、何かの刺激によって、ある日突然、再び幻覚・妄想などの精神異常が自然再燃する現象のことを指します。薬物乱用防止のための情報と基礎知識―フラッシュバック

 

あるいは「フラッシュバック」は、物語の通常の時間進行を一時中断して、過去のシーンを挿入する映画・文芸などの手法、などの意味でも使われていました。

それが転じて、回想シーン、あるいは、過去のことを思い出すこと、などの一般的な意味で「フラッシュバック」という言葉が使われるようになった、と考えられます。

 

解離性フラッシュバック

トラウマ性の記憶は、強い情緒や身体感覚的な印象から構成される傾向があり、過覚醒状態になったときや、トラウマ体験を思い出されるような刺激を受けたときに、そうした情緒や感覚がよみがえることになる。

こうした トラウマ性の記憶の侵入は、フラッシュバック、パニックや激しい怒りなどといった強烈な情緒、身体的感覚、悪夢、人間関係における再現、性格様式、あるいは全般的な人生のテーマなど、さまざまな形で現れうる。

(中略)

フラッシュバックや悪夢など、トラウマの要素は非常に生々しいかたちで侵入を繰り返すのだが、皮肉なことに、トラウマを受けた本人が自分の身にいったいなのが起こっているのかを正確に把握することは非常に難しい。トラウマの感覚的要素を体験している人が、自分が感じたり見たりしているものの意味を把握できないことは多い。

トラウマ体験によって圧倒されてしまったことによる最も深刻な症状のひとつが全面的な健忘である。

B.A.ヴァン・デア・コルク, A.C.マクファーレン, L.ウェイゼス.『トラウマティック・ストレスーPTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』誠信書房

 

現在における再体験は、認知的側面は顕著ではないが、トラウマ的出来事の際に経験したのと同じ激しい感情に圧倒されたり、没頭したりする感覚を伴うこともある」と、再体験症状は言語化できる記憶の再現ではなく、感覚あるいは情動の再体験が主体であることが明記されています。(『複雑性PTSDとさまざまなフラッシュバック』参照)

 

さらにDSM-5の診断基準では、「その人は数秒〜数時間、あるいは数日間続く解離症状を体験することがあり、その間、出来事の構成要素が再体験され、その人はその出来事があたかも起こっているかのように振る舞う」、「このような出来事は、現実見当識の喪失を伴わない心的外傷的出来事の一部に関する短い視覚的または視覚以外の感情的侵入から、現実の状況に対する認識を完全に喪失するものまで幅広く生じる」と、程度の差こそあれ「解離症状」を伴うことが明記されています。

フラッシュバックは、軽度(その出来事が現在に再び起こっているという一過性の感覚)から重度(現在の周囲の環境の認識が完全に失われる)まで様々である」と、ICD-11でも「解離症状」を伴うことが説明されています。

 

つまり「再体験症状」や「解離性フラッシュバック」の中核となるのは、感情・感覚が侵入してくる侵入体験であり、「解離」を伴うため当人にも何が起きているかがわからないのです。

この状態を新谷先生は、「トラウマ記憶は“言葉にならない”ため、体感を総動員して溢れ出てくるのです。これがフラッシュバックです」と説明されています。(新谷. 1999年J-POPの「Trauma」と解離とフラッシュバック. 星和書店こころのマガジン vol.209 2020.7, 今月のコラム)

 

「再体験症状」や「解離性フラッシュバック」に似ているのが、知的能力が低い自閉症児でみられる「思い出しパニック」といわれています。(『タイムスリップとフラッシュバックの自然治癒』参照)

 

知的能力が低いケースでは体験している内容を他者に語ることができない。そうした児では、突然前触れなく泣き出したりパニックを起こしたりということがそれに当たるのではないかといわれている。思い出しパニックといわれるが、これも臨床ではしばしば聞かれるものである。

野邑. アスペルガー障害と解離. 精神科治療学 22(4): 381-386. 2007

 

再体験症状と反芻的記憶想起の違い

ICD-11の診断基準では、「解離性フラッシュバック」を含む「再体験症状」は、「出来事を振り返ったり反芻したり、その時に経験した感情を思い出したりするだけでは、再体験の要件を満たすには不十分である」と、記憶想起(思い出すこと)と、「再体験症状」や「解離性フラッシュバック」は、区別べきことが強調されています。

 

「出来事を振り返ったり反芻したり、その時に経験した感情を思い出したりする」ことは、自閉症児・者にみられる「タイムスリップ現象」と似ているようです。

 

タイムスリップ現象は杉山が提唱した概念であるが、自閉症の児童・青年が突然に、時として数年以上間の出来事を思い出し、その想起した内容を、あたかもそれがつい先程のことのように対応する現象である。

(中略)

自閉症児・者は、記憶するときには視覚的に画像で記憶していると言われている。このためいったん想起された記憶はぼやけずに細部までありありと思い出されるのである。

しかし、画像での記憶はえてして断片的になり、前後のつながりが十分でないことにもつながる。

野邑. アスペルガー障害と解離. 精神科治療学 22(4): 381-386. 2007

 

種々の程度の解離症状を伴う圧倒的な情動体験の再生である「解離性フラッシュバック」と、映像的な記憶表象を主とし言語的に接近できる(思い出すことができる)記憶である「タイムスリップ」は、体験の内容はかなり異なります。

 

従来のPTSDの診断基準では再体験症状のなかにthoughtという用語が含まれていたために、いわゆる被害感情によって被害のことを思い出す場合でも再体験とみなされるおそれがあった。

つまり再体験症状(PTSD)によって被害感情を抱き、好訴的になった場合、その結果として被害のことをより考えるようになり、再体験症状(PTSD)の診断が強化されるという奇妙なことが生じていたのだが、その可能性がなくなったといってよい。

不安症群, 強迫症および関連症群, 心的外傷およびストレス因性関連障害群, 解離症群, 身体症状症および関連症群<DSM-5を読み解く④>中山書店

 

トラウマとなった経験を言語化することができればフラッシュバックは生じなくなるとするさまざまな治療技法の中心的な仮説」から考えると、タイムスリップや反芻的記憶想起は、言語的な近接が可能であるという意味で「解離性フラッシュバック」を含む「再体験症状」とは異なるものと考えた方よさそうです。

 

フラッシュバックを含む再体験症状の治療

一般の人が「回想シーン、あるいは、過去のことを思い出すこと、など」の意味でフラッシュバックという言葉を使われるのは、当然のことです。

 

しかし、トラウマ関連障害に詳しくない多くの精神科医もまた、タイムスリップや反芻的記憶想起を「フラッシュバック」や「再体験症状」と捉えてしまい、抗うつ薬、抗不安薬などトラウマ関連障害の治療には禁忌の薬剤を投与し、良くならない、悪化した、ということで多剤大量治療のドツボにはまっていくようです。(『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』参照)

 

実際、「解離性フラッシュバック」に伴う気分変動(行動的フラッシュバック)で医療機関を転々としながら、双極II型障害、パーソナリティ障害、ADHDなどの診断で、数種類の抗うつ薬などを多剤大量処方されていた「複雑性PTSD」の患者さんがいらっしゃいました。

一時的に抗不安薬が処方されていたこともありましたが、急に幼児言葉になったり(退行)、家で暴れて警察が呼ばれ医療保護入院になった(脱抑制)こともあり、抗不安薬は中止されました。こころの健康クリニック芝大門を受診されたときには、抗不安薬が継続投与されていなかったのが不幸中の幸いでした。

 

この方は、1年半ほどかけてすべての薬を減薬中止しました。この間、患者さんもよく頑張ってくださったと思います。

その後のトラウマ治療によって、「解離性フラッシュバック」を含む「再体験症状」がほとんど消失し、現在は1種類の漢方薬の頓服だけで維持療法を行っています。

この患者さんは「解離性フラッシュバック」の消退に伴って、感情調節障害・対人関係障害・否定的自己概念などの「自己組織化の障害」も改善し、就職して問題なく勤務継続できていらっしゃるため、治療終結を考えているところです。

 

PTSDだけでなく、複雑性PTSDや発達性トラウマ障害などトラウマ関連障害の治療目標は、「過去の辛い体験が、今後の人生を損なわないようにする」ことです。

治療を希望される方は、トラウマ関連障害の治療を専門にしているこころの健康クリニック芝大門に申し込んでくださいね。

 

院長

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