職場の人間関係の問題と対人関係療法リワーク
アサーション・トレーニングは、自分の気持ちをきちんと伝える方法としては、すごく良い方法だと思います。
いろんな復職支援プログラム(リワーク)でも、アサーション・トレーニングを組み入れているところがほとんどですよね。
某リワークを卒業したある患者さんは、「リワークに行ってから、自分の主張ばかりするようになって、話を聞いてくれなくなった」と奥さんから言われ、ショックを受けていらっしゃいました。
たしかに対等の関係の中で、アサーション・トレーニングで学んだことを使おうとすると、自己主張というアウトプットがメインになり、相手の話を聞くというインプットがおろそかになるかもしれませんよね。
話を聞くというと、頷く、相槌を打つ、表情を豊かにする、視線や態度、適切な質問など、傾聴という聞き方に焦点が当てられることがほとんどです。
これらは、コミュニケーションの7割を占める非言語的コミュニケーションですね。
ですから上記の患者さんの奥さんも、このような態度で話を聞いてもらえたら、ある程度の満足感は感じられたかもしれません。
奥さんがある程度しか満足できないのは、どうしてだと思いますか?
また別の患者さんは、会社で上司との対応にアサーション使ってみたそうです。
上司から「○○クン、△△までにこれを仕上げてくれないかな?」と言われた患者さんは、しばらく考えて、「△△までに完成させて提出すればよろしいんですね。しかし今は◇◇に取り組んでおりますので、ご期待に沿うのは難しいように感じています。せっかくおっしゃっていただいたのに、申し訳ありません」と返事をしたところ、上司からこっぴどく叱られてしまったと、首をかしげていらっしゃいました。
この患者さんの交渉の仕方は、アサーションとしてはちゃんとできているのかもしれません。
皆さんには、この患者さんが叱られた理由はおわかりでしょうか?
心の理論とは、人には外に現れる言動を引き起こすものとしての精神状態(情動、願望、信念、考え、意図)があるという直観的理解といえばいいでしょう。
(中略)
人の行動を理解しようとすれば、現実世界よりも、その人の心的世界を知る必要があるということが理解されているのです。
上地『メンタライジング・アプローチ入門——愛着理論を生かす心理療法』北大路書房
奥さんから小言を言われた患者さんも、上司から叱られた患者さんも、相手の心の状態に対する対応ができていなかったのはないでしょうか。
奥さんから小言を言われた患者さんは、言葉のキャッチボールを通しての気持ちの触れ合いが抜け落ちているようです。
上司から叱られた患者さんは、「する/しない」の自分都合のDOINGモードになっていて、上司の意図や期待へ想いを巡らせることがおろそかになっているみたいですよね。
また産業医として関わったこんなケースもありました。
営業でいろんな会社を廻っていたある患者さんが、自社に戻って上司に訪問先の担当者とのやり取りを報告するたびにこう言われていたそうです。
「質問ができていないなぁ、ヒアリングの仕方が甘いよ」「自分でやり取りしてて気にならない?」とか、「どうしてこんなやり取りになったの?」と、毎回聞かれていたそうです。
似たようなやり取りが繰り返されるうちに混乱して、何ができていて、どこができていないのかわからなくなり、会社に行こうとすると涙が出て来て出社できなくなったため、メンタルクリニックを受診されました。
2種類の抗不安薬と睡眠薬が処方され、「うつ病」の休職診断書が提出されて、休職することになりました。
会社から離れ、上司と顔をつきあわせなくてもよくなったので、症状は速やかに改善しました。
主治医からそろそろ復職を考えてみては?と言われ、迷いながらリワークを利用することになりました。
リワークプログラムでは症状の自己管理を中心に、認知行動療法を用いて思考と感情、行動を変えていくことを学びました。
また会社を模した作業日報集計やアサーションを用いたロールプレイ、テーマ討論を通じてコミュニケーションに関する自己理解を進めました。
しかし復職を間近にして、あの上司ともう一度働くことに対する迷いは消えず、結局、この患者さんは会社を辞めてしまい、産業医としての関わりもなくなってしまいました。
この患者さん(社員さん)の場合、何が問題だったのでしょうか?
この患者さんが本当に必要だったのは、関係性の中での相互作用と自己理解とともに、対人関係で傷ついた自分自身の傷の手当てと、傷ついた対人関係を修復するスキルでした。(『職場の人間関係とリワークの問題点』参照)
会社でのパワーハラスメントやモラルハラスメントで心が傷つき、うつ病や抑うつ状態、あるいは適応障害の診断で休職した人に対する職場復帰支援で必要なのは、うつ病や適応障害など診断名に準拠した集団で行うリワークプログラムではないのです。
本当に必要なのは、うつ病や抑うつ状態、あるいは適応障害を引き起こした対人関係文脈に焦点を当てたプログラムなのです。
たとえば対人関係療法では、傷ついた対人関係の修復のために次のようなプロセスを考えていきます。
(1)お互いの間に起こったことが何だったのか?
(2)そのことについて自分がどう振り返っているのか?
(3)今後、相手との間にどういう関係を希望しているのか?
この時に必要なことは、自分の反応の仕方が相手の反応を引き起こしており、同時に相手の反応の仕方が自分の反応を引き起こしているという、関係性の中での相互作用を理解することです。
こころの健康クリニック芝大門の職場復帰支援プログラム(リワーク)では、一人ひとりの文脈に沿って、自分と他者の言動の背景にある心の状態を理解するメンタライゼーションのやり方を取り入れた対人関係療法としてのリワークの進め方を行っています。
職場の人間関係の問題で悩んでいらっしゃる方や休職中の人は、こころの健康クリニック芝大門のメンタルヘルス外来に相談してみてくださいね。
院長