摂食障害と気分変調症の「頭の中の他者」と対人関係療法
産業医として行っている高ストレス者面談や、会社での産業医面談の中で、上司やリーダーと上手くいかないので、どうしたらいいか?という相談を受けることがすごく多いのです。
面談者(全例部下の人です)からの話では、会話がかみ合わない、返事が明後日の方から返ってくる、何を言っているのか意味不明、指示が毎回違うので戸惑ってしまう、言い方が上から目線ですごく傷つく、などの言葉レベルの問題から、機嫌がコロコロ変わるので機嫌を損ねないようにするので気疲れする、いつも不機嫌なので話しかけにくく仕事が滞ってしまう、などの非言語レベルの問題に大別されるようです。
皆さんの中にもこのような経験がおありの方がいらっしゃるかもしれませんね。
メンタライゼーションを組み込んだ対人関係療法では、自分や他者の言動の背景にある意図や心の状態を理解することで、自分自身との折り合いと他者との関係性の両方にアクセスしていきます。
メアリーおばさんは、「あなたのために特別に作ったのよ」と言いながら、手作りの料理の入ったお皿を私の目の前に置きます。
今まで、「あなたのために特別に」と言いながら、料理やお菓子を勧められたことは何回くらいあるでしょうか。
そして、あなたは毎回、せっかくだから食べなければいけないと思うでしょうか。
なにしろ、あなたのために特別に作ってくれたのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
「あなたのために」という言葉を聞くと、断ることが難しくなってしまうのですが、なんとなく自分の状態を勝手に決めつけられている感じがしますよね。
このズレをパロディにしたCMがあったことを知っている方もいらっしゃるかもしれません。
(外為オンラインCMカフェ篇)
私はこのCMを見たときに、「よかれと思う小さな親切余計なお世話」という言葉が頭に浮かび、決めつけ感と双方の心の状態のズレに大笑いしたことを覚えています。
メアリーおばさんの、料理を作る、手作りの料理を勧めるという行動の背景には、何らかの心の動きがあることがわかりますよね。
これを「心の理論」といいます。聞いたことがある人も多いでしょう。
心の理論という概念においては、特定の課題との結びつきが強く、認知に重点が置かれており、情緒や関係性の側面への考慮が乏しいからです。そこで、一部の発達研究者がこれに代わるものとして「メンタライジング」という言葉を使用し始めました。
メンタライジングは、自己と他者の精神状態を推測し解釈するという心的行為あるいは心的活動です。
心の理論は、行動を精神状態と関連させて説明するための概念的枠組みであり、この枠組みを利用してメンタライジングが行われるということです。
上地『メンタライジング・アプローチ入門——愛着理論を生かす心理療法』北大路書房
心の理論とは、「人には外に現れる言動を引き起こすものとしての精神状態(情動、願望、信念、考え、意図)があるという直観的理解」のことです。
メアリーおばさんから、「あなたのために特別に」と言われると、断ることに罪悪感を抱いてしまうだけでなく、「食べなきゃ」と「べき思考」が活性化してしまいますよね。
こう言われるとつい、食べないといけないと思いますよね。
せっかく作ってくれたものを食べないと、罪の意識を感じてしまうものです。
親切な料理好きな人が、汗水たらしながら、額を粉だらけにしながら、あなただけのために料理を作ってくれている姿を想像してしまいます。
「いいえ、いりません」なんて残酷な言葉を口にしようものなら、その作ってくれた人の人生を台無しにしてしまうように感じますよね。
そして、料理を拒否された日には、あまりのショックで気を失ってしまうのではないかと心配さえするでしょう。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
過食症やむちゃ食い症の人たちだけではなく、性格と間違われやすい気分変調症の人も、ジェニーさんの解説のような想像で、頭の中が一杯になってしまったように感じるのではないでしょうか?
何が問題なのでしょう?
心の中に浮かぶ——せっかく自分のために作ってくれたもの、汗水たらしながら料理を作ってくれている姿——これらの考えやイメージは、現実のコピーではなく、現実についての解釈(想像)なのです。
そして、この解釈を現実であると見なしてしまう「心的等価モード(思い込み)」と、あれこれくり返し考えてしまう「反芻(とらわれ)」が問題なのです。
こうも考えられますよね。
料理好きな人がたまたま自分の趣味のために料理を作りました。自分は作ったことで誰かに食べてもらおうと思っていると、あなたがやってきました。
料理好きな人は、あなたに喜んでもらおうとリップサービスをつけて「あなたのために特別に」という言葉を使っただけかもしれません。
その言葉を真に受けたあなたは、前述のように頭の中の他者が大活躍していますので、ここで断るわけにはいかない、食べないと相手に申し訳ない、という「べき思考」が生まれました。
そうすると、断ることも食べることも、自分自身の罪悪感を刺激することにつながってしまうので、苦しくなってしまうのです。
もしも今度「あなたのために特別に作ったのよ」と言われたら、一息入れて、あなた自身がどうしたいのかをよく考えてみましょう。
自分自身の考えとエドの思いを慎重に区別してみてください。そして、エドからの命令で、拒食するために、せっかくの申し出を断るということがないように注意しましょう。
あくまでも自分の考え、そして「いただく」か「いただかない」かを、はっきりと答えましょう。
あなたがどう答えたとしても、それでその料理を作ってくれた人が傷つくということはないのです。
明日の朝刊の見出しに、「ジェニー、手作りシュークリームを食べないと断る————ベディおばさんは失意のどん底で、二度とお菓子作りができなくなるのか?」なんて書かれることはないのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんのこの説明は、こころの健康クリニックの対人関係療法による治療の導入の際に、一番最初に教えていることですよね。
- 「相手(自分の)の心の中で何が起きるかは相手(自分の)の自由」
- 「私は私、あなたはあなた」
ゲシュタルトの祈りにもあるように、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことであり、また、たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいこと、なのです。
院長