食べたい衝動、吐きたい衝動とどう向き合うか
思春期・青年期の人たちは、アイデンティティ(自己固有性)を確立するために、自分と他者を比べますよね。そして少しでも優位に立とうとして、ダイエットに励んだりします。
しかし「思春期のダイエットは10年後のBMIを増加させる」という報告があるのです。
それだけでなく「親からダイエットを促されたり励まされたりすると、5年後の過体重、抑うつ症状や自尊心低下感情を引き起こす」ことも報告されています。
2013年に米国医師会雑誌(JAMA)に掲載された論文でも、親による体重についての会話、とくに父親からの体重への言及があると、ダイエットや不健康な体重コントロール行動を行う子どもが多くなり、思春期の子どもの食行動異常のリスクを高める、と報告されています。
ラス・ハリスの『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』をもじると、「痩せたいならダイエットをしてはいけない」ということになるのかもしれませんね。
医療の専門家たちは、摂食障害の本当の問題は、食事に関することというよりも、むしろ自己価値観が低いことと、自分自身に対する絶え間ない批判だと言います。
しかし、回復への過程では、どうしても食べることの問題を避けて通ることはできません。
私も、摂食障害から回復するために、最終的には、過食、嘔吐、拒食をあきらめざるを得ませんでした。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
摂食障害(神経性やせ症・神経性過食症)のスクリーニングや重症度評価に用いられるEDI(摂食障害調査票)では、摂食障害のリスク要因として、やせ願望、過食、体型への不満の3つ、心理学的因子として、自己否定感、自己不信、対人交流不安、対人不信、内界への気づきの欠如、感情調節障害、完璧主義、禁欲主義、成熟恐怖の9つの因子が挙げられています。
2019年に発表された論文では、「感情調節障害」と「内界への気づき困難(身体感覚や感情、思考の自覚と対処の苦手さ)」の2つが摂食障害の予後に強く関わる因子と報告されています。
つまり、摂食障害から回復するためには、自分自身の内側で起きていることに気づき、食べ物や食べることを使わずに感情と向き合うことができるようになることが必要不可欠だということですよね。
ジェニーさんは友人のヘザーに電話をしたときのやり取りを、くわしく書いてくれています。
その晩、ヘザーは吐かなければいけないと思い込んでいたけれど、でも実際は、吐かなければいけないというわけではなかったのです。そして、実際に、彼女は吐かなくて済んだのです。
(中略)
どうして食べた後には嘔吐することだけしか考えられないのか、嘔吐したい欲求をどうやり過ごすのか、エドからの指示と私たち自身の本当の考えをどうやって区別するのか、また私たちの将来の夢について、じっくりと語り合ったのでした。
(中略)
「今夜みたいにね、エドは、吐いてしまえば何もかも大丈夫になるって言うわ。心が穏やかになる、人生の成功者になれる、って。でも実際には、吐いた後は落ち込んで、孤独になって、どうしたらいいのか途方に暮れるだけなのよね」と私は言いました。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
食行動異常および摂食障害の患者さんの中には、普通の食事の後にも吐きたくなって、実際に自己誘発嘔吐を行う患者さんがいらっしゃいます。
体重や体型のコントロール目的と思い込んでいらっしゃる方が多いのですが、実際は、胃の中に食べ物があるという身体感覚が耐えられない人が大部分なのです。
これを「内界への気づき困難」と呼び、感情に気づくのが苦手な状態をアレキシサイミア、身体感覚への気づきが乏しい場合をアレキシソミアと呼ぶ事もあります。
過食は自分の気持ちをなだめ、麻痺させる働きがありますが、自己誘発嘔吐は一時知的な統制感や解離的な開放感を伴い、過食をなかったことにしようとする心の表れです。
しかしジェニーさんが言っているように、「実際には、吐いた後は落ち込んで、孤独になって、どうしたらいいのか途方に暮れる」ので、その気持ちを麻痺させるために過食し、また自己誘発嘔吐をする、と際限なく繰り返されてしまいます。
自分の中で何が起きているのか分からず、あるいは、何にも起きていないように感じられていても、過食したい!とか吐きたい!という衝動だけがあって、それに振り回されてしまってしまいます。
多くの人は、食べ吐きがクセになった、過食嘔吐が習慣になった、と感じられますよね。
ジェニーさんは、吐こうとしていたヘザーさんに寄り添い、「嘔吐したい欲求をどうやり過ごすのか」について、話し合っていますよね。
ここですごく大切なことは、「吐かないためにはどうすればいいか」ではなく、「吐きたい衝動をどうやってやり過ごすのか」です。
過食しないようにとか、吐かないように、と考えて過食や嘔吐をガマンすると、逆に過食衝動や嘔吐衝動は強くなってしまいます。
その衝動と一緒にいながら、衝動に突き動かされずに、衝動が過ぎ去っていくまで、「衝動の波に乗」り続けることが大切になるのです。
これを対人関係療法による治療では、「行動の仕方を変えていく」といっていますよね。
セルフモニタリングの練習を続けて、自分の考えや気持ち、身体の感覚をわかるようになってきた対人関係療法による治療の中期では、過食すること/嘔吐することの短期的/長期的なメリットとデメリットを天秤にかけます。
こころの健康クリニック芝大門では、決定分析のやり方で教えていますよね。
そして、衝動の波に乗ったままで自分の心の内側をふり返り、「何を避けようとしているのだろう?」「本当に必要としているものは何だろう?」と自分の心に問いかけ、「本当に必要としているものが得られたときに感じること」を自分自身に提供できるようになることが、食べることや食べ物を使わずに、自分の心で自分の心と向き合うスキルなのですよ。
院長