愛着(アタッチメント)と摂食障害の治療
『愛着の内在化と摂食障害の対人関係療法』というブログで、受診相談と摂食障害の対人関係療法を担当している精神保健福祉士・公認心理師のウエハタが、愛着関係の内在化という「内的作業モデル」について説明をしてくれました。
愛着(アタッチメント)が理解できると、ブログの内容が分かりやすくなると思いますので、ほんの少しだけ補足説明をしてみますね。
愛着(アタッチメント)は、乳幼児が苦痛の時に泣き声を上げたり、養育者に近寄って、養育者の「情緒的応答性」によって苦痛をなだめてもらおうとする行動のことです。
安定型愛着と不安定型(非安心型)愛着
生理的な刺激などに伴う苦痛・不快な情動を感じた乳児は、泣いたり手足をばたつかせたりと、非言語的な表現でそれを伝達します。
それを受けた養育者は、まずその不快な情動に共鳴します。(註:アチューンメント(波長合わせ))
次に、今子どもの中で何が起こっているのか、その苦痛が何であるのかを省みます(リフレクト)。これは養育者自身の心に、子どもの心のジオラマを作り上げること、または作り上げた心のジオラマを見渡して探索する(メンタライズする)ことです。
そして最後に、省みて消化した情動を、子どもが鏡で見るように子どもに示してあげます(ミラーリング)。
崔『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』星和書店
養育者の情緒応答性は、「心理的波長合わせ(アチューンメント)」「省察(リフレクション)」「子どもの心のジオラマの生成と情動の消化(メンタライズ)」「照らし返し(ミラーリング)」からなります。
「メンタライジング」は日本語にすることが難しく、「心を見わたす心(反映的内省機能)」と説明されることもあります。
安定型の愛着は、養育者の一貫した「情緒的応答性」から生じます。
そのような「情緒的応答性」が子どもに内在化され、苦痛なときに安心感をもたらすことのできる「内的作業モデル」を「内的安心基地」と呼びます。
一方、養育者側の内省機能が最適水準でなく情緒的応答性が不十分であると、子どもは自分の心身の状態の理解や、アタッチメント関係での情動コントロールという解決を与えられません。
子どもは愛着機能を維持するために、2つの方略を身につけるようになります。
不安定型の愛着の典型的パターンは、最適水準以下の世話しか受けられない状況で愛着を維持するための適応方略です。
回避型のパターンは、愛着欲求を一貫して拒否される状況で愛着欲求を非活性化しようとするパターンだと思われます。
アンビヴァレント型のパターンは、一貫性のない世話または応答性を欠く世話しか受けられない状況で愛着欲求を過剰活性化して世話を引き出そうとするパターンだと思われます。
アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
回避型(A型)、あるいは、アンビバレント型(C型)の愛着パターンは、安定型の愛着パターン(B型)と対比して、「不安定型愛着」あるいは「非安全型のアタッチメント・パターン」と呼ばれることがあります。
「非安全型のアタッチメント・パターン」は、愛着機能を維持するための適応的なものですから、これらを愛着障害と呼ぶことは誤りです。
愛着(アタッチメント)の諸相
脱線しますが、アタッチメントのパターンは養育者と子どものペアごとに選択的に形成されるユニークなものです。
たとえば、母親に対しては安定型(B型)、父親に対しては回避型(A型)、祖母に対してはアンビバレント型(C型)となる場合もあるのです。
「私は○○型の愛着だから……」と、言うことができないわけです。
さらに、「愛着トラウマ」によって生じる「未解決−無秩序型(D型)」は、愛着障害と間違われることがあります。「未解決−無秩序型(D型)」は、単独では判定されず、他の愛着パターンと組み合わせて用いられます。
無秩序型の分類は、単独で付与される分類ではなく、安定型、アンビヴァレント型(とらわれ型)、回避型(軽視型)のいずれかと組み合わされて付与される分類である。
つまり、無秩序型というのは、厳密にいえば、「安定−無秩序」「アンビヴァレント(とらわれ)−無秩序」「回避(軽視)−無秩序」のいずれかである。
無秩序型の子どもや成人は、常に無秩序型の行動または語りを示すわけではなく、無秩序型の行動・語りが見られない間は、安定型、アンビヴァレント型(とらわれ型)、回避型(軽視型)のうちのいずれかの特徴を示すからである。
アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
親子間での「安全型(安心型)アタッチメント・パターン」は、発達に伴い高い連続性が認められます。
一方、「非安全型のアタッチメント・パターン」の連続性は、発達早期から思春期、さらには成人期までに縦断的な変化がみられ(非連続性)、とくに思春期以降では遺伝要因の方が相当な割合で寄与する、と言われています。(山下. 小児期のアタッチメント/トラウマと成人期の対人関係. 精神科治療学 33(4):410-427, 2018)
つまり、成長に伴って非安全型のアタッチメント・パターンが変化しないのは、自閉スペクトラム特性などの遺伝的な特性が関与している可能性があるのです。
「不安定型の愛着パターン(非安全型のアタッチメント・パターン)」が、青年期から成人期まで持続すると、2種類の抑うつと結び付きます。
過度の依存性は喪失への敏感さをもたらし、自己批判は挫折への敏感さをもたらします。
一方、この2つのパターンは、不安定型の愛着と結びついています。
つまり、アンビヴァレント型の愛着は、無視されたり見捨てられたりしたと感じる状況で依存型抑うつが生じるという脆弱性と結びつきます。
それに対して、回避型の愛着は、屈辱や挫折と連動して自己批判型抑うつが生じるという脆弱性と結びつきます。
アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
愛着(アタッチメント)を視野に入れた対人関係療法による治療
過食(むちゃ食い)や排出(自己誘発嘔吐)が、関係性(見捨てられ)と自己定義(自己批判)にともなう情緒的苦痛を緩和するための自己慰撫の試みとして使われることがあります。
これが摂食障害の食行動異常です。
むちゃ食いは安堵感か解離的離脱をもたらしますが、むちゃ食いには罪悪感、恥意識、嫌悪、自己憎悪が伴い、今度はそれを和らげるために排出を行わなければなりません。
排出は、そういうわけで一時的な安堵および統制が回復したという感覚をもたらしますが、排出の後には、まったく同じネガティブな情動の連鎖が生じます。
このようにして、むちゃ食いと排出は、悪循環を繰り返すのです。例えば、むちゃ食いから生じた罪悪感と恥意識を排出が緩和し、排出から生じた罪悪感と恥意識をむちゃ食いが緩和するといった具合です。
アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
こころの健康クリニック芝大門では、摂食障害の対人関係療法による治療を行っています。
対人関係療法のガイダンスの段階で、治療者との間の安全で安心できる関係(外的な安心基地の提供)を基盤づくりを行います。
そして心理教育の段階で、内在化——治療関係の共感的性質(メンタライジング)を取り入れること——を通して、患者の内的安心基地を強め、自己批判を和らげていきます。
そして実際の治療では、他の対人関係(たとえば、重要な他者やパートナー)における関係性を、安全なものにしていきます。
このような治療プロセスが、不安定型愛着パターンを「獲得安定型」に変えていく「修正情動体験」となり、関係性(見捨てられ)と自己定義(自己批判)が改善することによって、情緒的苦痛をなだめるための乱れた食行動(摂食障害症状)を使わなくても済むようになっていくのです。
愛着の内在化と摂食障害の対人関係療法
院長