タイムスリップとフラッシュバックの自然治癒
私たちも昔の思い出に浸り、楽しい気持ちや嬉しい気持ちになったり、あるいは逆に、嫌だったことを思い出して辛い気持ちになったり、怒りを感じたりすることがありますよね。
このような言語的に近接できる記憶(回想)とは異なり、普段は意識されず、状況に応じてのみ接近できる記憶があり、そのような記憶は意味連関と結合されることなく意識の外で情動や知覚を伴ったまま冷凍保存されています。
これが「外傷的記憶(トラウマ記憶)」です。
解離性フラッシュバック
「外傷的記憶(トラウマ記憶)」が再活性化されて吹き出してくるとき、その記憶は言葉にならないため、体感を総動員して再生されます。これが「解離性フラッシュバック」です。
『USPT入門』の著者の一人である新谷先生は、このように説明されています。
トラウマを受傷した人の心は、「生活担当パーツ」(=ヴァン・デア・ハートらの構造的解離理論でANPと呼ばれるもの)と「トラウマ記憶担当パーツ」(=同じくEPと呼ばれるもの)に切り分けられるようです。トラウマ記憶は、物語記憶(一般的な記憶)と違い、“言葉にならない”ほどの辛さを伴う体験の記憶なので、「記憶+感情+感覚+行動のかたまり」として冷凍保存されます。
(中略)
例えば、若年期に虐待を受けていた人が成人し、就職後に上司から叱責されたとしましょう。
すると、上司の叱責がトリガー(引き金)となり、「若年期の養育者や学生時代の教師から責められたときの無力感や怒り」などの、冷凍保存カプセルの中身が再活性化され、ないまぜになって噴き出してANPを襲います。
トラウマ記憶は“言葉にならない”ため、体感を総動員して溢れ出てくるのです。これがフラッシュバックです。
新谷. 1999年J-POPの「Trauma」と解離とフラッシュバック. 星和書店こころのマガジン vol.209 2020.7, 今月のコラム
フラッシュバックとタイムスリップ
一方、「フラッシュバック(解離性フラッシュバック)」と似た現象として、自閉スペクトラム症者・児にみられる「タイムスリップ現象」がよく知られています。
タイムスリップ現象は杉山が提唱した概念であるが、自閉症の児童・青年が突然に、時として数年以上間の出来事を思い出し、その想起した内容を、あたかもそれがつい先程のことのように対応する現象である。
(中略)
タイムスリップ現象は知的能力が高いケースに見られるが、知的能力が低いケースでは体験している内容を他者に語ることができない。そうした児では、突然前触れなく泣き出したりパニックを起こしたりということがそれに当たるのではないかといわれている。思い出しパニックといわれるが、これも臨床ではしばしば聞かれるものである。
(中略)
自閉症児・者は、記憶するときには視覚的に画像で記憶していると言われている。このためいったん想起された記憶はぼやけずに細部までありありと思い出されるのである。
しかし、画像での記憶は得てして断片的になり、前後のつながりが十分でないことにもつながる。
野邑. アスペルガー障害と解離. 精神科治療学 22(4): 381-386. 2007
自閉スペクトラム症(ASD)や自閉スペクトラム特性(AS特性)、あるいは、注意欠如多動症(ADHD)や注意欠如多動特性(ADH特性)など、神経発達症傾向を有する場合は逆境的小児期体験(ACEs)を受けやすいことが知られています。
さらに二次的な精神疾患を発症したり、症状が遷延化したり、標準的な治療に対する治療抵抗性など、成人におけるメンタルヘルスの臨床的なさまざまな問題の背景となることが多いとされています。
映像的な記憶表象を主とし、言語的に接近できる記憶である「タイムスリップ」は神経発達症に併発することが多く、『PTSD症状を伴わないトラウマ後遺症』でみた、種々の程度の解離症状を伴う圧倒的な情動体験の再生である「解離性フラッシュバック」とは、かなり異なります。
しかし、冒頭に挙げたような「回想」や、上記の「タイムスリップ」が一般的にフラッシュバックと呼ばれるようになったため、それと区別するために外傷性記憶(トラウマ記憶)の再活性化に伴う情動体験の再生を「解離性フラッシュバック」と呼ぶのです。
トラウマ関連障害の自然治癒
そもそも外傷性記憶と解離の病態は非常に近接しており、外傷性記憶を生じるような出来事は解離を生じやすく、外傷性記憶と解離症状の併発は高頻度に見られ、PTSD症状の一部も解離症状と考えられる。
(中略)
解離が成功した場合にはPTSDという診断によって診療を受けることはないであろうし、まったく解離が奏功しない場合は、理想的には心理的衝撃が露わとなり、体験への直面化が行われることで自然治癒が促進されるか、あるいは、記憶表象というよりは現実対象への不安によって、恐怖症などの病態を発展させるのではないか。
(中略)
外傷性記憶においては、生死にかかわる恐怖の体験という同じ出発点から、現実に同じ状況に直面しないための情動記憶の再生と、主観的に同じ状況を再現しないための記憶の抑制という、異なったレベルの反応が拮抗していると考えられる。
こうした拮抗状態の中で、徐々に体験内容が意識されるようになれば、情動記憶を動員する理由もなくなり、外傷記憶、およびPTSDは自然治癒に向かうのであろう。
金、栗山. 外傷性記憶と解離. 精神科治療学 22(4): 395-399, 2007
過去に外傷体験があったにも関わらず、徐々に「トラウマ記憶(いまだ外傷的であり続ける記憶)」の再活性化が鎮静化し、記憶が徐々に陳旧化して「外傷が過去にあったことについての記憶」になり、PTSDや複雑性PTSDの診断基準を満たさなくなった方がいらっしゃいます。
しかし、何らかのきっかけで「認知や気分の陰性的変化」が蘇ったことへの対処として、浪費や過食、あるいは性的無分別などの行動化や躁的防衛を伴うようになることがあります。
あるいは、自己肯定感の低下とともに対人恐怖や感情調節困難など、「DESNOS(極度ストレス障害)」あるいは「自己組織化障害」だけが続くことがあります。
これらの状態は、「双極II型障害」や「気分変調症」と診断されていることが多いようです。
背景に逆境的小児期体験や外傷的体験(トラウマ体験)、あるいは、幼少期に重要な他者から刺激からの保護や立ち直り体験のサポート、または慰め(情動調律)の不足がある場合が多いようです。
そう考えるとトラウマ関連障害の治療は、愛着(アタッチメント)を基盤とした「修正情動体験」を積み重ねていくことに尽きるのかもしれません。
院長