愛着トラウマと愛着パターン
『毒親育ちと愛着と複雑性PTSD』で厚生労働省の虐待の分類を紹介し、[「外傷的育ち」の虐待のうち、身体的虐待や性的虐待は「複雑性PTSD」と親和性が高い一方、心理的虐待やネグレクトはうつ状態を呈することが多い]との報告を紹介しました。
確かに、[殴る、蹴る、叩く、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する]などの「身体的虐待」や、[子どもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする]などの「性的虐待」は、ICD-11の「複雑性PTSD」では、「長期にわたる家庭内暴力、小児期に繰り返される性的または身体的虐待」と出来事基準として記載されていますよね。
あるいは、[言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV)、きょうだいに虐待行為を行う]などの「心理的虐待」は、ヴァン・デア・コークによりDSM-5に向けて提案された「複雑性PTSD」の子ども版である「発達性トラウマ障害」では、出来事基準(曝露)とされています。(『発達性トラウマ障害とは?』参照)
このように性的虐待を含む身体的虐待や心理的虐待は、「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」を引き起こす可能性が高いだけでなく、それらの症状の多くが、「未統合型のアタッチメント・パターン(無秩序/無方向型:Dタイプ)」でみられる対人関係行動、および生理的調節障害などの心身の問題、などと共通すると言われています。(『毒親育ちと愛着と複雑性PTSD』参照)
愛着(アタッチメント)分類の用語
乳幼児期に、養育者との分離・再会による愛着の安定性を測定する「ストレンジ・シチュエーション(SSP)」という方法では、乳幼児の愛着パターンは「安定型(B型)」「アンビヴァレント−抵抗型(C型)」「回避型(A型)」があります。
- 「回避型(Aタイプ)」:感情を抑制し他者との関わりを避ける
- 「アンビバレント型(Cタイプ)」:拒絶と親密の間を揺れ動く
- 「安定型(Bタイプ)」:安定的な関係性を維持できる
これらに加えて、「無秩序・無方向型(Dタイプ)」が知られています。
「無秩序・無方向型(D型)」は、近接と回避という両立しない行動を見せ、不自然でぎこちない動きをしたり、タイミングのずれた場違いな行動や表情を見せたり、突然うつろな表情を浮かべたりする、ことが特徴としてみられます。
一方、成人期に親への愛着体験を査定する「成人アタッチメント・インタビュー(AAI)」では、「安定−自律型(B型)」「とらわれ型(C型)」「軽視型(A型)」、そして「未解決−無秩序型(D型)」に分類されます。
さらに、恋愛関係における愛着を測定する質問紙では、「安定型(B型)」「アンビヴァレント−不安型(C型)」「回避型(A型)」、そして「恐れ型(D型)」と分類されます。
乳幼児期の「無秩序・無方向型(Dタイプ)」には、一部AタイプあるいはCタイプ的な特徴を見せる「D不安定型」と、落ち着いているときにはBタイプ的行動が有意になる「D安定型」が、ほぼ同じ割合で存在するといわれます。(遠藤. アタッチメント理論の現在. 教育心理学年報 第49集; 150-161. 2010)
成人でも、乳児の愛着分類と同様に「未解決−無秩序型(D型)」や「「恐れ型(D型)」は、「安定−自律型(B型)」「とらわれ型(C型)」「軽視型(A型)」と組み合わせて付与されます。
愛着(アタッチメント)関連の調節機能不全とデスノス(DESNOS:極度ストレス障害)
虐待やネグレクトも含め、養育者との愛着関係の中で生じる傷つき体験は、情動的苦痛を引き起こすと同時に、苦痛を調整する能力の形成を妨げることが知られており、このような関係におけるメンタライジング不全による影響を「愛着トラウマ」と呼ばれます。
その最たるものが「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」であり、もう一方の極がヴァン・デア・コークやハーマンがDSM-IVへの掲載を提唱した「特定不能の極度ストレス障害」(デスノス:DESNOS: Disorders of Extreme Stress Not Otherwise Specified)と言うことができるでしょう。
「デスノス(DESNOS:特定不能の極度ストレス障害)」では、①感情および衝動の制御の変化、②注意ないし意識の変化、③身体化症状、④自己概念の変化、⑤加害者への感覚の変化、⑥他者との関係の変化、⑥意味体系の変化、が特徴とされます。
Julien Ford(註:ジュリアン・フォード)がレビューした実証研究から、トラウマを経験しておりDESNOSの診断基準を満たす人たちの集団の約半数はPTSDの診断を満たしていないことがわかりました。
彼の結論によれば、「DESNOSは、PTSDの複雑な亜型であり、PTSDと併存するが、PTSD自体とは異なるものである」とのことです。
Herman(註:ハーマン)の研究と一致することですが、DESNOSは、乳児期の愛着トラウマおよび成人期の重篤な問題と関わりがあり、対人関係における諸問題を含んでいます。DESNOSを有すると診断された人たちは、その不全の重篤性とも合致することですが、高水準の精神医学的ケアを必要としています。
J.G.アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
「デスノス(DESNOS:特定不能の極度ストレス障害)」は、再体験(侵入)症状のようなPTSD特有の症状は欠如しますが、「未解決−無秩序型(D型)」や「「恐れ型(D型)」などと似た情動調節、自己概念、対人関係の問題など、複雑性PTSDの「自己組織化の障害」と共通する重篤な問題を伴うことが特徴のようです。
ネグレクトとメンタライジング不全
「ネグレクト」は、育児放棄と解されることが多いのですが、ICD-11では、「必要な年齢に応じたケアを子どもから奪い、身体的または精神的危害をもたらす、養育者による甚だしい行為または不作為」であると定義され、[家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない]などが該当します。
その中核的体験とは、過去においても現在においても、気づいてもらえない(invisible)——無視され、見逃され、軽蔑され、誤解され、聞いてもらえず、見てもらえない——という体験です。
このように、私は、ネグレクト——心理的波長合わせ(psychological attunement)の欠如——を愛着トラウマの中心的なものと考えています。そして、それは、ネグレクトが深刻で広範な発達的悪影響をもたらすこととも符合します。
このような見方をすれば、虐待には最初からネグレクトが伴われていることになります。
情緒的ネグレクトの中核には、メンタライジング不全——心理的利用不能性——があります。しかし、メンタライジング不全とこういう意味でのネグレクトは、あらゆる形の虐待——身体的、性的、心理的な虐待——の中核に位置するものでもあります。
J.G.アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
「愛着トラウマ」と関連する「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」あるいは「デスノス(DESNOS:特定不能の極度ストレス障害)」の治療は、前者ではフラッシュバックなどの再体験(侵入症状)の治療から始まり、後者では「人と関係する力を培い、世界を意味(概念)によって認識し、注意や欲求を状況や規範に応じて自己制御する力を伸ばし、それによって[社会的な個人]へと育つプロセス」が必要になってくるのです。(滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.)
院長