治療に影響する「適応障害」の診断
精神科での臨床経験も積まれ、労働衛生コンサルタントの資格をお持ちの産業医の先生がこころの健康クリニック芝大門を訪問してくださり、さまざまなお話を聞かせていただいたことがあります。
歓談の中で先生は、「適応障害は、診断基準が準拠するカテゴリー診断や操作的診断では表面的な理解しかできないから、産業保健に関わる臨床では、文脈に添った病態を記述精神医学で考えるべきだ」と話されており、深く同意したのでした。
メンタルヘルスに関わる3つの要因
そもそもメンタルヘルス不調の発現や精神疾患の発症には、3つの因子が関与していることが想定されています。
- 「生来的な気質(素因)」は、遺伝的な影響を受け、無意識的に出来事の体験の仕方を規定します。
- 「環境や対人学習にもとづく性格」は、出来事の意味づけを行います。
- 気質と性格の複合体である「パーソナリティ」は、出来事や状況に対する対処の仕方(コーピング)をコントロールします。
このことを精神発達との関係でみると以下のような説明になります。
「生物学的個体」としてこの社会に生み落とされた子どもが、ひとと関係する力を培い(X)、世界を意味(概念)によって認識し(Y)、注意や欲求を状況や規範に応じて自己制御する力を伸ばし(Z)、それによって「社会的な個人」へと育つプロセスが精神発達なのである。
滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学 35: 2-6. 2020
つまり、「気質(素因)」が[認知機能(認識の発達)]、「性格」が[自己制御・感情調節]、「パーソナリティー」が[人や周囲の世界と関わる能力(関係性)]、と大雑把に考えることができるでしょう。
このような「気質(素因)」「性格」「パーソナリティー」をもった個人が、環境と関わるときに受けるのが《ストレス要因(ストレッサー)》であり、それに対する心身の反応が《ストレス反応》です。
環境負荷であるストレス要因が、個人がもっている出来事の体験の仕方・出来事の意味づけ・出来事や状況に対する対処などの能力を大きく上回った場合、つまりストレス要因が大きい場合、「(正常の)急性ストレス反応」、「急性ストレス障害(ASD)」、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」、あるいは、「適応障害」と診断されます。
しかしながら、家族関係や、学校での交友関係、定期試験や入学試験、就職後の仕事内容の負担、恋愛関係での失恋など、日常的にありふれたさまざまな環境変化によって心身の状態が不安定になり、不適応反応が続いている人もいらっしゃいますよね。
このような人達もまた臨床の場面では「適応障害」と診断されていることがほとんどです。
上述したように、「適応障害」とは、個人の適応能力を超える大きなストレス要因が加わり、それによって引き起こされた心身の反応(ストレス反応)を指します。
日常的にありふれたさまざまな環境変化によって引き起こされた「不適応」は、本来の「適応障害」とは意味が異なるようです。
「急性ストレス障害(ASD)」や「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」などのトラウマ関連障害、ハラスメントやそれに類似する対人関係の問題、長時間労働などの過重労働などが、個人の適応能力を超える大きなストレス要因として考えられますが、日常的にありふれた環境要因だけで「適応障害」を引き起こすことは考えにくいのです。
日常的にありふれた環境要因だけで「適応障害」を引き起こす場合については、後ほど考えてみることにして、まず「適応障害」診断の問題点を考えてみましょう。
治療に影響する「適応障害」の診断
ストレス要因であると想定される職場状況については、患者さんの話の内容から状況を推測せざるを得ないため、どうしてもストレス反応の訴えに引きずられてしまいます。
そのような状況で「適応障害」と診断してしまうと、ストレス要因の大きさについての客観的な評価ができないことだけでなく、「適応障害」の治療に関しても問題になるのです。
「適応障害」の治療は、薬物療法や休職ではなく、環境調整が必要不可欠です。
精神科やメンタルクリニックで、「適応障害」と診断されると、抗うつ薬と抗不安薬、睡眠薬が処方され、休職が指示されることがほとんどですが、これらのすべてが問題なのです。
何度も書きましたが、さまざまなストレス因(ストレッサー)によって、不安や抑うつなどのストレス反応が引き起こされている状態が「適応障害」です。
よく考えるとわかると思いますが、ストレス因(ストレッサー)をそのままにして、ストレス反応だけを押さえようとしても根本的な解決になっていないのは、火を見るよりも明らかですよね。
さらに、抗うつ薬の服用初期の副作用として、消化器症状や倦怠感、思考抑制がみられ、ほとんどの方は服用をやめてしまわれますが、ある患者さんは医師の指示通りに服用し、3ヶ月ほど寝たきり状態だったと話されていました。
「適応障害」での休職の考え方については、稿を改めて書いてみようと思っています。
抗不安薬の功罪
大手企業で産業医面談を行った社員さんの中に、「適応障害」で2年ほどメンタルクリニックに通院して、抗うつ薬と抗不安薬を服用している方がいらっしゃいました。
抗不安薬(ブロマゼパム)を1日3回処方されているが、日中にソワソワして落ち着かなくなると、1錠追加して服用しているとのことでした。
話を聞いていて、社員さんが訴えられる落ち着かなさは抗不安薬の退薬現象に伴う離脱症状であり、抗不安薬の常用量依存だとすぐにわかりました。しかし、産業医は臨床医と異なり診断や治療を行ってはならないため、働き方の中で改善できそうなことをアドバイスし、面談を終えました。
別のケースですが、主治医から「復職したら毎日抗不安薬を飲んでおけば大丈夫だから」と言われた患者さんもいらっしゃいました。
また上記とは別の企業で産業医として、処方されていたエチゾラムを過量服薬(OD)し休職されていた社員さんの復職判定をしたことがありますが、ODの当日、救急病院に搬送された後、通院先のメンタルクリニックを受診し、またもやエチゾラムが処方された方もいらっしゃいます。
このようなケースを目にするたび、一部の精神科医療は抗不安薬による依存を作りあげ、通院を絶やさないようにする「依存症ビジネス」に成り下がってしまっているのではないか、と暗澹たる気持ちになることが何度もありました。
「抗不安薬を飲んでいるとどうしてダメなんですか?」と聞かれることもあります。
抗不安薬の長期的服用により、吐き気、頭痛、めまいなど身体症状のほかにも、易刺激性、脱抑制、攻撃性のような衝動コントロールの問題や、無気力、集中力低下、記憶力低下、抑うつ、社会的能力の低下のような脳機能の低下など、さまざまな問題が生じる可能性があるとされています。
さらに急に抗不安薬の内服を中止すると、不眠、易刺激性、けいれんなどの離脱症状が出やすいとも言われています。
抗不安薬は、精神的・身体的な依存症状を引き起こし、離脱症状に注意しながら抗不安薬を少しずつ減薬し中止していくためには、内部感覚エクスポージャーという専門的な精神療法を行う必要があります。
こころの健康クリニック芝大門では、内部感覚エクスポージャーやガイドラインに反する治療(抗不安薬の継続投与)は行っていませんので、申し訳ありませんが、抗不安薬の減薬は処方責任のある主治医にお願いしてください、とお伝えしているのです。
院長