愛着障害と発達性トラウマ障害
【愛着障害(反応性アタッチメント症・脱抑制性対人交流症)】とは、適切な養育がなされなかった場合(重度のネグレクト,マルトリートメント,施設での養育)に生じる、アタッチメント行動の欠如、および、社会的行動の異常、と定義されています。
【愛着障害(アタッチメント障害)】は、発達年齢で1歳から5歳までの子どものみに診断することができるとされ、さらに、自閉スペクトラム症(ASD)が存在する場合は診断することができない、とされています。
幼少期を超えた思春期・青年期、あるいは成人期の【愛着障害(アタッチメント障害)】の臨床像については、見解が一致していません。
「(反応性アタッチメント障害の)児童期を超えた経過については明確ではないが、成人後、対人関係に困難を感じる場合がある」(金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021)と言われています。
一方、「広く愛着障害と概念化することは、見立てと手立てにおける問題を引き起こす」(工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.)との意見もあります。
つまり、成人期の【愛着障害(アタッチメント障害)】の診立てや診断は一貫していないのが現状なのです。
アタッチメント障害とアタッチメントシステム
愛着障害の診断は原理的に難しい。アタッチメントシステムが作動していないことが、したがってアタッチメント行動が、誰に対しても生じないことを証明しなければならないからである。まるで悪魔の証明みたいだ、とよく思う。
(中略)
ただただ、生まれ落ちてきたこの世界に、生物学的に前提とされているはずの対象が存在しない、その欠乏を意味している。仮死状態のアタッチメントシステム。
(中略)
仮死状態のアタッチメントと、混乱をきたしたアタッチメントは同一ではない。
前者の課題はアタッチメントシステムが息を吹き返すことであり、後者の課題は混乱が仕分けされることである。前者の手立ては継続した養育関係を提供することにあり、後者の手立ては恐怖に満ちた敵意と無力のただ中でニードを拾い上げることにある。
これらとアタッチメントの傷つきともまた、同一ではない。そのことが見立てられる必要がある。工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.
上記の引用のように関係性の中に展開する「愛着(アタッチメント)」の問題は、アタッチメントの欠如(アタッチメント障害)、アタッチメントの混乱、アタッチメントの傷つき、など、さまざまな様相を呈することが分かっています。
発達性トラウマ障害での愛着形成の障害とASD特性
「発達性トラウマ障害」はDSMやICDなどの診断基準には掲載されていませんが、主として、トラウマ性の出来事への曝露体験(身体的虐待やDVの目撃体験など、家庭内における慢性的な暴力的な体験)などの不適切な養育によって引き起こされます。
「発達性トラウマ障害」では、子どもと養育者との間で、不安定型のアタッチメントパターンなどアタッチメントの混乱と同時に、「生理および情動の調節障害、自己感、行動、および対人関係の調節を含む自己調節の障害など、さまざまな精神的機能に影響を与える」、とされています。
「発達性トラウマ障害」の幼児期では、「養育者またはその他の親密な人の安全(時期尚早の養育を含む)について、過剰なとらわれがある。あるいは、そうした対象との別離後の再会に困難がある」など、「自閉スペクトラム症(ASD)」のために、幼児期では愛着形成の障害(アタッチメントの混乱)が目立つと考えられます。
とくに、1歳前後の母子分離と母子再会場面での子どもの反応を観察するストレンジシチュエーション法(SSP)による愛着の測定で、「発達性トラウマ障害」では、不安定型の愛着パターンあるいは混乱した愛着パターンが見られるということのようです。
発達性トラウマ障害のASD/ADHD症状
不適切な養育によって引き起こされた「発達性トラウマ障害」の子どもが児童期に差しかかると、「注意を含む行動の調節障害」や「他者への基本的不信感、および、それらに起因する他者への反抗や攻撃性・暴力」のような、「注意欠如多動症(ADHD)」の多動性と「破壊的行動(反抗挑戦性障害や行為障害)」が表面化するようになると言われます。
『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの臨床』や『テキストブックTSプロトコール』などで記載されているケースは、このような愛着の障害(混乱)や「自閉スペクトラム症/注意欠如多動症(ASD/ADHD)」に伴う衝動性や破壊行動などの問題を抱える子どもたちなのでしょう。
「発達性トラウマ障害」の思春期では、「感覚、情緒、身体状態への自覚の低下もしくは解離」や「自己慰撫のための不適切な行動」「習慣性・反応性の自傷行為」が目立ってくると言われています。
発達性トラウマ障害とPTSD症状
子どもに対する診断名である「発達性トラウマ障害」では、「心的外傷後スペクトラム症状:PTSDの3つの症状群(再体験・回避・過覚醒)のうち2つ以上の症状群について、各群に最低1項目に該当する」という基準がありました。
一方、成人に診断される「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS」ではPTSDの三徴への言及がなく、むしろ「複雑性PTSD」の「自己組織化障害(対人関係障害・否定的自己概念・感情調節障害)」と「破局的体験後の持続的パーソナリティ変化」を合わせたような症状になっており、ジュディス・ハーマンの「コンプレックスPTSD」に近いとも考えられます。
「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS」に該当するケースの多くは、トラウマ未満の傷つき体験や嫌悪体験を有する「自閉スペクトラム特性(AS特性)/ADH特性」を有する人が多く、PTSDの三徴を伴わない人がほとんどです。
「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS」の説明ではピンとこない方が多いため、こころの健康クリニック芝大門では、「自閉スペクトラム特性(AS特性)/ADH特性」が目立つトラウマ未満の体験を有する人たちを、便宜上「発達性トラウマ障害」と呼称して、治療をしているのです。
発達性トラウマ障害とアタッチメント障害
幼少期のトラウマ性の出来事への曝露体験(身体的虐待やDVの目撃体験など、家庭内における慢性的な暴力的な体験)などの不適切な養育によって引き起こされる「発達性トラウマ障害」では、前述したように「混乱したアタッチメント」がみられます。
一方、適切な養育がなされなかった場合(重度のネグレクト,マルトリートメント,施設での養育)に生じる【愛着障害(反応性アタッチメント症・脱抑制性対人交流症)】は、アタッチメントのスイッチが入らない「仮死状態」です。
でも、と思う。なぜ愛着障害はそれほどまでに誤用されるのだろう。なぜ愛着障害を広く捉える向きがあるのだろう。
愛着障害という言葉には、それが許されるところがあるような気はたしかにする。なぜだろう?(中略)
苦しみを抱えた当の人にとってもまた、それは救いになるのかもしれない。漠然と抱いてきた「生きづらさ」に名前がつくからだ。アダルトチルドレン、境界例、発達障害、HSP、そのうちにおそらく発達性トラウマ障害もこうした生きづらさを表現するためのラベルとして使われていくだろう。
人は多かれ少なかれ家族や養育関係に傷つきを抱えている。成長の途上で対人的に痛手を被る。このことを表現する何かが求められている。これは愛着の障害だったのだと認識することは、ある種の外在化を導入する。そのこと自体に救いの作用があってもおかしくはない。
(中略)
一つは生きることの苦しみを障害化しなければ扱うことができない社会が招来しているためである。医学化されなければ苦しみが手当てされないとすれば、それはどんなに生きづらい世界だろう。
(中略)
最終的にいずれにおいても、悲しみが悲しまれ、痛みが悼まれることが必要であるとしても、広く愛着障害と概念化することは、見立てと手立てにおける問題を引き起こす。結果として助けを必要とする人物は間違った道筋を辿ることになる。
これを誤用する専門家はその責めを負う。専門家であるとはそういうことではないだろうか。
私たちはなぜそれを愛着障害と呼んでもいい気がするのだろう?工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.
いわゆる「大人の愛着障害」ではないか?というラベリングは、対人関係困難を主徴として改善が困難である「混乱したアタッチメント」よりも、息を吹き返す可能性のある「仮死状態のアタッチメント」であるという救いを求めるサインなのかもしれません。
院長