性格と間違われやすい気分変調症が治るということ
性格と間違われやすい気分変調症は、不安障害と同じように女性に多い病気です。
気分変調症の有病率は3〜4%で、女性が男性の2倍であるとされています。
対人関係療法による気分変調症の治療を行ったある患者さんから、10回目の中間振り返りのときに、こんなことを聞かれました。
「20回の回数をこなしたら、治療は終わりになるんですか?あるいは、自分の状態がどうなったらよくなったと言えるんですか?」
すごく良い質問ですよね。皆さんはどう思われますか?
『対人関係療法で治す 気分変調性障害』には、気分変調症という病気についてよく知り、「自分をいじめるような形」の考えに対して、「これは病気の症状であって、自分という人間とは関係ないのだ」と、「治療可能な病気の症状によるものだと知っている自分」「病気の症状を客観的に見つめて対処する自分」の視点を生みだすこと、と書いてあります。
患者さんは、中間振り返りの中で、「変化したことと今後の課題」に以下のことを挙げていらっしゃいました。
- 現実も自分も、客観的に見ていないことがわかった。
- 会社でのコミュニケーション、私生活でのコミュニケーションが減ると、まだ起きてないことに対する不安が生まれやすくなり、一つひとつの出来事にネガティブに反応してしまう。否定的な自己評価をしてしまい、他人に対しては優しくできるのに、自分自身に対しては鋭いナイフを使っている。
- ローゼンバーグの非暴力コミュニケーション・自己内対話編を使って、出来事をどう解釈したかを振り返ったり、不安のスケーリングをするようになった。
いかがですか?
本に書いてあることと、上記の患者さんの中間振り返りは、重なる部分もあるようにも思えますし、重ならない部分もあるように感じられた人もいらっしゃるのではないかと思います。
実は、気分変調症からの回復プロセスには、いくつかのマイル・ストーンがあります。
まず一番大切なことは、思考と現実が同じであるとの認識(心的等価モード)から抜け出すことです。
この偏り(註:否定的な自己評価への偏り)について考える1つの方法は、つかの間の否定的思考に対して、私たちのこころがどのような地位を与えているかという観点であろう。
これらを「ただの考え」と認識することは、その意味するところから私たちを保護することに役立つであろう。
しかしながら心的等価モードでは、その同じつかの間の否定的自己評価が物理的事実の力をもって体験される。
すなわち慢性的な抑うつ患者は他者に比べてより否定的な自己表象をもっているわけではなく、むしろ(私たちすべてがもっているような)普通の否定的自己評価を心的等価モードで体験するため、その考えが現実の力をもっていると感じるのかもしれない。
ベイトマン&フォナギー『メンタライゼーション実践ガイド』岩崎学術出版社
「自分はダメだなぁ…」この程度の誰もが行うようなネガティブな「考えを現実だと思い込むこと(心的等価モード)」と「何度もくり返し考える反芻(とらわれ)」によって、不安と抑うつ状態が引き起こされること、これが慢性的な抑うつである気分変調症という病気の症状なのです。
気分変調症に特有の「自分をいじめるような形」の思考があるわけではないのです(!)←重要。
もしかすると、治療を受けているのに「自分をいじめるような形」の思考がなかなか消えない、もしかすると治らないんじゃないかと、さらなる「自分をいじめるような形」の考えを生み出していた人もいらっしゃったかもしれませんね。
反芻という行為はたえず感情を分析し続けているにもかかわらず、自分の感情を特定する正確性が低いことが研究で示されている。出来事や、反応や、自分の弱点に心ははっきりとフォーカスされすぎて、もっと大きな視点で見ることができないのだ。
反芻はインサイトの敵であるもう一つの理由は、反芻が回避戦略であるからだ。
ネガティブな出来事の原因や意味にこだわっているとき、その出来事から生じる感情には取り合っておらず、そのことの方が反芻という行為そのものよりも痛手になることが多い。反芻をする人々は自分を責めるのに忙しく、自分が周りからどう見えるかを考えることを忘れている。
ユーリック『インサイト』英治出版
反芻のために、自分の欠点や落ち込みに注目しやすくなり、そのことをさらに反芻することで、ますます気分が悪化してしまうのです。
反芻というとらわれによって、注意が現実から離れてしまい、脳内劇場(心的等価モード)の思いこみを真に受けて、現実との関わりを回避するようになり、生活が狭まって苦しさが増し、ますます脳内劇場(心的等価モード)の中に没入しやすくなってしまうのです。
『対人関係療法で治す 気分変調性障害』では全く触れてありませんが、気分変調症では、不安と抑うつが入り混じった状態として体験されます。
さまざまな不安障害も、頭の中に浮かんだ考えの一つを、自分に起こりつつある現実的な危機であると解釈(判断)し、真に受けることから始まります。
そして(もし……だったらどうしよう…?)という仮定法で考えられる、未来に対する反芻思考によって不安が増強されてしまいます。杞憂という言葉は、まさにこの状態を表していますよね。
他者から見られているような気がしたり、自分がどう評価されているのだろうか?と、答えが出るはずがない自問自答を繰り返し考えて、結局、嫌な気持ちになったり気持ちが沈んだりします。
また、鍵をかけたかどうか?、ガスの元栓は締めてだろうか?、などの自問自答から、鍵をかけていないに違いない、ガス栓を締めていないに違いない、など、自分に都合の悪い結論を導き出し、その考えを現実と思い込み、鍵やガス栓の確認をすることで、一時的な安心を得ようとします。
身体的には交感神経の反応が起こり、胸がドキドキしたり、汗が出たり、身体が震えてきたり、息が苦しくなったりして、逃げ出したくなってしまいます。
結局、思考を現実であると思い込む心的等価モードに没入することによって、思考によって引き起こされた不安の消去作業とともに、不安を引き起こす思考のきっかけとなった場所や状況を避けるようになってしまいます。
上記の患者さんは、自分の心の状態を客観的に把握しようとして、それが出来るときと出来ないときがあることも、自覚していらっしゃいました。
逆説的ですが、自分の心の状態が客観的に把握できていないと認識できていることこそ、「思考の作り出す歪んだ現実(脳内劇場)」から自由になりつつあるといえるのです。
気分変調症からの回復プロセスの一番最初のマイル・ストーンで、もっとも大切なことは、思考は単に思考であって「私」や「現実」ではない、という認識を生み出すことです。
この心の状態が、思考の作り出す歪んだ現実(脳内劇場;心的等価モード)から自由になる秘訣なのです。
そして、この取り組みによって気分変調症やさまざまな不安障害は、早ければ10回程度の対人関係療法による治療で治っていくこともあるのですよ。
院長