性格と間違われやすい気分変調症の治り方
最近の脳科学の研究では、うつや不安の状態では、認知制御ネットワークに含まれる左背外側前頭前野の活動が低下していることが示されています。
これが「思考を現実と思い込む(心的等価モード)」状態にかかわっているのかもしれません。
さらに、うつ状態や不安の状態では、デフォルト・モード・ネットワークの活動が更新し、過去の失敗や未来に起きる可能性のある事などを、クヨクヨ繰り返し考える「反芻(はんすう)」を起こしやすいことも知られています。
反芻の結果として、気分の悪化と、行動の回避を生じ、抑うつ症状が維持され増悪することも示されています。
つまり、私たちが普段しているような脳活動、つまり、あれやこれやといろんなことを考えるデフォルト・モード・ネットワークの活動が高まることと、左背外側前頭前野の活動が低下し、思考と現実の区別が曖昧になることによって、抑うつ状態や不安状態が続いてしまうのです。
たとえていうなら、現実を見ずに、起きていながらずっとみている白昼夢(脳内劇場)しか見ていなくて、さらに夢の内容を現実だと思い込んでいるようなものですよね。
『性格と間違われやすい気分変調症が治るということ』で、気分変調症や不安障害から回復するためにもっとも大切なことは、思考の作り出す歪んだ現実(脳内劇場;心的等価モード)から自由になること、つまり、思考は単に思考であって「私」や「現実」ではないという認識を生み出すこと、と説明しました。
また、気分変調症や不安障害などに「病気特有の思考があるのではない」ことも、よく覚えておいてくださいね
気分変調症や不安障害だけでなく、神経性過食症や過食性障害などの摂食障害でも、「摂食障害から回復する10の段階」のうちの7段階目、「摂食障害行動はやめられるけど、摂食障害思考が頭から離れない」段階が、「否定的な自己評価を現実と思い込む」状態と同じなのです。
「摂食障害」の声はやがて3つ目の秘訣でお伝えした「批判的な声」に変わり、食べ物とは関係のないさまざまな状況でも聞こえてくるようになったと語っています。
声はその時の状況に応じて変わり、批判的であったり、否定的であったり、責めるようであったり、無力と感じさせるものであったり、またはまったく別ものだったりします。
コスティン&グラブ『摂食障害から回復するための8つの秘訣』星和書店
さて、気分変調症や不安障害から回復にはあと2つ、大切なポイントがあります。
『性格と間違われやすい気分変調症が治るということ』で紹介した患者さんの中間振り返りの中で、「現実も自分も客観的に見ていないことがわかった」とありました。
このようなときに、良い/悪い、好き/嫌い、正しい/間違い、という「ジャッジメント(評価)」が生まれます。
この出来事は不快だ!とみなすと怒りの反応が出ますし、あの人は怖い!と感じると逃げ出したい思いが強くなります。「ジャッジメント」により「闘うか逃げるか反応」が起きるのです。
「闘うか逃げるか反応」では、最初のうちはボロが出ないように耐えようとしますが、次第にその状況や人を避けるようになってきます。これが気分変調症や過食症あるいは不安障害に特徴的な「回避」です。
「ジャッジメント」とその反応を起こすのは、単純化していうと扁桃体の働きです。
『対人関係療法で治す 気分変調性障害』に、「まずは抗うつ薬を服用してみることで、長年続いている「おなじみの感じ方」が変わり得るものだということを体験してみることは大きな意味を持ちます」とありますが、抗うつ薬によって考え方が変わるのではありません。
抗うつ薬を飲んでいても、思考を現実と思い込む「心的等価モード」は変わりませんし、「反芻」も起きます。
しかし扁桃体の暴走が抑えられることで、「闘うか逃げるか反応」が起きにくくなり、その反応への反芻が減り、使えるワーキングメモリの容量が増えてくる、ということなのです。
こころの健康クリニックでは、「ジャッジメント(評価)」は起きてくるものだから、「(思考に)気づきつつ真に受けないこと(現実とみなさない)」、そしてジャッジメントに反応したネガティブな感情にも「(感情に)気づきつつ巻き込まれないこと」、と説明したり、「触れつつ巻き込まれない(一緒にいる)」と表現したりしていますよね。
こころの健康クリニックで対人関係療法を受けている方には、おなじみの言葉ですよね。
これが2番目のマイル・ストーンです。
対人関係学派のサリバン先生風に言うと、「関与しながら観察する視点」です。
「触れつつ巻き込まれない」メタ認知的な視点、大きな視点、俯瞰する視点とか客観的な視点とも呼びますが、この視点や気づきができてくると、「多様な見方」ができるようになってきます。
多様な見方の中から、現実で起きる出来事や、内的な出来事の「体験の仕方」を選ぶことができるようになってきます。
この状態をこころの健康クリニックでは、「バランスを取る」と呼んでいます。
これが3つ目のマイル・ストーンです。
精神状態がその対象である事象と分離されると、子どもは、内的現実と外的現実を区別でき、内的現実(心で思ったこと)がそのまま外的現実になるわけではないことも理解できるようになります。
別の言い方をすれば、1つの事象について多重的な複数の表象またはモデルを保持することができるということです。逆に言えば、1つの事象について1つの見方しかできない状態つまり心的等価モードから解放されるということです。
また、1つの事象について内的現実と外的現実を同居させることも可能になります。例えば、私たちが演劇を観ているとき、私たちはそれが人工的な設定と俳優の演技によるものであること(外的現実)を知っていながら、それをまるで本当であるかのように体験します(内的現実)。外的現実と内的現実を同居させることができるので、私たちは演劇を楽しむことができるのです。
上地『メンタライジング・アプローチ入門―愛着理論を生かす心理療法』北大路書房
外的現実と内的現実を同居できるようになった段階で、ようやく、回避行動を使わずに他者との関係やコミュニケーションを通して、さまざまな「多様な見方」を獲得できる能力と体験を能動的に捉える心の力が育ってきます。
ところが上記の本には、「私は今まで、気分変調性障害の患者さんで対人関係の問題を抱えていない人を見たことがありませんし、ほかの治療者も同じだと思います。ですから、精神療法としても対人関係療法を用いることには正当な根拠があると言えますし、実際の治療でも、とても適切な焦点だと感じています」と書いてあります。
よく考えてみると、気分変調症や不安障害、あるいは過食症やむちゃ食い症の場合、回避による対人関係の問題やが生じるのは、病気を発症した結果であって誘因や維持因子ではありません。
結果である対人関係の問題を修正すれば、対人関係の問題を引き起こした原因である病気が治る、という考え方は、いささか牽強付会すぎるようです。
歪んだ対人関係はメンタライゼーションを蝕み、またメンタライゼーションの失敗に蝕まれる。
対人関係上の機能不全を修正することは、患者のメンタライジングの回復を支援することによって達成できると主張する。
ベイトマン&フォナギー『メンタライゼーション実践ガイド』岩崎学術出版社
気分変調症や不安障害、あるいは過食・過食嘔吐の治療では、まず、「自分自身との関係を改善すること」、つまりメンタライジング能力を回復することによって、行動の仕方や対人関係の改善を起こすことができます。
そして、メンタライジング能力を回復することによって、さらにメンタライジング能力が高まるという、好循環を起こすことができるのです。
これが気分変調症や不安障害、過食・過食嘔吐が治っていくプロセスなのです。
院長