過食や過食嘔吐の娘さんへの対応の仕方
秋から冬にかけては、過食衝動が起きやすい時期です。
こころの健康クリニックには、娘さんの過食や過食嘔吐、あるいは浪費や買い物依存について、お母さん方が相談にいらっしゃいます。
そしてほとんどのお母さんが、「娘の摂食障害の食行動異常は、自分の育て方や対応の仕方の問題だ!」と自分を責めていらっしゃいます。
話を聞くと、本にもネットにもそう書いてあるし、確かに自分でも思い当たることがある、と沈鬱な表情で涙をこぼされるのです。
実際のところ、いまだに親が原因、育て方の問題と公言してはばからない治療者(?)もいらっしゃるようです。一般向けの本を量産していらっしゃる先生の中には、親は発達障害なので許してあげましょう(!)とまでおっしゃっている方もいるのが現状です。
神経性過食症との併存率が高いことが知られている「境界性パーソナリティ障害(BPD)」について、最近の研究では育てられ方よりも、遺伝的要因や本人の特性の影響が大いことが知られるようになっています。
BPDの病因として最も重要なのは遺伝的要因である(〜55%)。
それに加えて患者が家庭の内外で、生まれ持った資質に応じて経験する環境要因(家族に共有されない[ユニークな]環境要因)が重要であり、家族に共有される環境要因がBPDの発症に対して果たす役割は極めて小さい。本書の中でガンダーソンが、BPDの心理教育をおこなうに当たって「(BPD患者は)育ててくれる人々に対して極めて過敏で反発を起こしやすい遺伝的素因を持って生まれてくる」「(BPDを発症しやすい子どもは)他の子どもに比べて、親の行動が拒絶あるいは怒りに由来するものと受け取りがち」といった要素を強調して説明しているのはそのためである。
ガンダーソン『境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック』岩崎学術出版
摂食障害や、いわゆる愛着の障害(対人関係の問題)なども、家族に共有されない環境要因(生来的な気質にもとづく特徴的な出来事の受け止め方など)の影響が大きいことが、一卵性双生児研究で明らかになっています。
相談にいらっしゃったお母さんに「養育環境が摂食障害発症の原因という根拠はありません。原因探し・犯人探しはやめて、サポートの仕方や問題解決の仕方を学びましょう」と説明しても、なかなか理解してもらえません。
そのような時には、思春期には神経細胞ネットワークに刈り込みと再編成が起きることを説明しています。
神経細胞ネットワークの刈り込みと再編成は、例えていうなら、乳歯が抜け落ちて永久歯が生えてくるまでの間、歯がなくて不便を感じている時期です。思春期は疾風怒涛の時期と呼ばれていたのはこういう理由です。
思春期までは育てられ方や対応の影響を受けますが、神経細胞ネットワークに刈り込みと再編成が起きた後は、その人自身の遺伝的な固有性の影響が大きくなるのです。
たとえば、乳歯が虫歯になるかどうかは幼少期に親が歯磨きをさせるかどうかの影響が大きいのですが、永久歯が虫歯になるかどうかは自分自身が口腔ケアを行うかどうかの影響を受けますよね。思春期の子どもに対して親ができることは、本人の主体性を伸ばす手助けなのです。
永久歯が生えてくるまでの歯がない時期、心の問題を食べ物を使って解消しようとする摂食障害の娘さんに対して、「心の問題は心で解決する、心で抱えておく力を育てるために、お母さんが手本になってあげましょう」と説明していますよね。
そうは言っても、思春期から成人期早期の患者さんは動機づけに乏しく、治療によって症状が改善することを理解できないことも多いのです。
特に、「治療初期には一次的に過食症状がひどくなったようにみえる」ことを説明して『素敵な物語』を読み始めてもらうと、書いてあることが自分のことを言い表しているように思えて、「読むのが恐い」と患者さんは混乱してしまいます。
これまで薄々感じてはいたものの、過食で麻痺させ、嘔吐でなかったことにしていた感情と向き合うわけですから、溢れてくるように感じる感情に蓋をしようと躍起になり、過食や過食嘔吐の頻度が増え、患者さんはますます混乱してしまうのです。
そのような時、お母さんは「どう接していいかわからない」「どう対応すれば良いかわからない」と途方に暮れてしまいますよね。
もし、あなたの近くにいる人が過食症であるならば、あなたも力になってあげられますが、問題を抱えているのは「その人」であることを忘れないでください。
周囲の人たちは、治療の選択肢を調べたり、適切な本を読んだり、講演を聴いたり、専門家に話したり、親身になって話を聞いたりできますが、本当に病気と闘えるのは過食症の本人だけなのです。あなたとその人がどんな関係であるかによって、あなたにできることは変わってくるでしょう。本人が大人の場合と子どもの場合とでは、必要としているものも異なります。
いずれにしても、最初の一歩として、あなたが心配していて、どうにか力になりたいと思っていることを本人に伝えてください。
過食症の症状とは、心の痛みに対する保護装置であることを覚えておいてください。過食症行動をやめることが簡単なのであれば、その人はすでにそうしているでしょう。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
摂食障害の娘さんが両親と同居している時には、上記の対応が役に立ちます。
ジェニーさんの両親が「何が実際に起きているのかはよくわからないけれど、でもいつでも助けになるよ」とおっしゃっていた対応する上での心構えのようなものですよね。
対人関係療法では、サポーターであるご家族には「病気と本人を区別する」ことを絵に描いて教えていますよね。
そして、「摂食障害の娘は今どんな気持ちで話しているんだろう?」と相手の心の中を推測し、確認しながら話を聞き、相手の気持ちを理解しようと心を向けることが大切であることを説明していますよね。
食べ物を対処方法(コーピング・メカニズム)として使用する人は、理解されること、共感されることを必要としています。
過食症という現実はあなたにとってショックかもしれませんし、嫌悪感を抱かせるものかもしれません。その個人と過食嘔吐行動を切り離す必要があります。
その人には過食症とは離れたところで、ありのままの姿で愛され、大切にされるだけの価値がありますし、その人を過食症へと駆り立てた苦痛に対する共感が必要なのです。
愛する人、大切な人が障害を抱えたり、傷を負ったりしても、あなたはその人のそばを離れないでしょう。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
他者の内的状態を思考や感情を含めて知る能力である「共感」は、このブログでは「メンタライジング能力」という言葉で説明したりしていますよね。(『摂食障害(エド)との関係性をメンタライズする』『人に助けを求めることと分離・自立の関係』)
共感やメンタライジング能力は、お母さん方にとっても難しく感じられるようです。
難しく感じられるその感じが、まさに摂食障害の娘さんの「治療によって症状が改善することを理解できない」感じと同じなのです。
そのような時には、壊れたテープレコーダーのテクニックを使ったコミュニケーションの3つのポイントだけ覚えておいてくださいと説明します。
- あいづち………「うん、うん」「それでどうなったの?」
- おうむ返し……「○○なんだね」「□□と感じるのね」
- 気持ちの反射…「それが(辛い、悲しい、苦しい)のね」
体重が少ないとき(BMI<15)には、飢餓症候群に伴うさまざまな身体症状や精神症状、あるいは行動異常が出現するため、栄養状態の改善など身体の治療が必要不可欠です。
飢餓症候群の真っ只中であったとしても、『モーズレイ・モデルによる家族のための摂食障害こころのケア』では「愛する子どもの回復を手助けするためにあなたが身に着けるべき方法は、…(イルカのように)先頭を泳いで安全な方向へと導き、時には後ろから優しく背中を押して、水先案内をすること…」と温かい支援と共感的な対話で、本人の治りたい気持ち(健康な部分)の味方になることを説明してありますよね。
摂食障害の娘さんの対応の仕方に困ったときは、こころの健康クリニックに相談してみてくださいね。
院長