リワークのプログラムと復職準備性評価スケール
精神科産業医として、休職中の社員さんとの面談を行っているときに、「先生、リワークはどこがいいか、お勧めはありますか?」と聞かれました。
休職中の社員さんには原則、復職準備としてリワーク(職場復帰支援プログラム)を勧めています。
しかし、都内にはさまざまなクリニックで行っている医療リワークだけでなく、職リハリワークも乱立していて、社員さんは混乱しているようです。
社員さんは、いろんなリワークに問い合わせて話を聞いたりされたそうですが、中にはリワーク見学と称して、実際のリワークの現場を見せてくれた所もあるそうです!!
はるか昔にリワーク発祥の地といわれる医療機関に、リワークの見学に行ったことがあります。
医療従事者である私たちに対しても、リワーク利用者の様子を観察することは禁止されており、プログラム終了後に施設内部の見学と、プログラム内容を説明してもらっただけでした。
「要配慮個人情報」、つまり、トップシークレットに属する個人情報(どこのクリニックに通っているか、診断は何か、どんな治療を受けているか)を、平気でオープンにするリワークがあることに、腰が抜けるほど驚いてしまいました。
それだけではなく、「守秘義務」と称して、リワーク見学代金を徴収されたそうです!!!
精神科産業医は精神科主治医とは兼任しないことになっているので、「こころの健康クリニック芝大門のリワークだったら、復職まで責任をもって診ていきますよ」、とは言えないのがすごくもどかしいのですが、皆さんは、間違っても上記のようなリワークを選ばないでくださいね。
さて、こころの健康クリニック芝大門のリワーク(復職支援プログラム)では、うつ病だけでなくさまざまな診断で休職された方(統合失調症は除く)を対象にしています。
日本うつ病リワーク協会の年次大会での発表でリワーク利用者の内訳は、適応障害31.2%、うつ病28.6%、双極性障害13.0%、次いで自閉スペクトラム症(ASD)11.7%、ASD+ADHD7.8%、注意欠如/多動症(ADHD)5.2%と、リワーク利用者の約1/4が「発達障害(神経発達症)」であったと報告されていました。
自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如/多動症(ADHD)などの「発達障害(神経発達症)」は、適応障害、うつ病や双極性障害などの気分障害との併存が多いこともよく知られています。
ASDの70〜80%程度に他の精神疾患が併存するといわれ、成人期ASDにおいて気分障害が53%、不安障害が50%、強迫性障害が24%、物質使用障害が16%、精神病性障害が12%に併存していたとする報告もある。
(中略)
一歩、成人期ADHDも併存疾患が多く、不安障害が47.1%、気分障害が38.3%、衝動制御障害が19.6%、物質使用障害が15.2%という報告や、ADHDが重症であれば併存疾患を有する割合が増えるという報告もある。
太田,飯田. 成人精神疾患の背景にある神経発達症をいかに見抜くか. 精神科治療学 37(1): 11-16. 2022
従来型のうつ病モデルに基づくリワークプログラムでは、リワーク集団の均一性や凝集性が、グループ・ワークを深めるポイントになると考えられていました。
しかしながら、適応障害やうつ病・双極性障害などの気分障害の背景に「発達障害(神経発達症)」が潜んでいる場合が指摘されるようになり、集団プログラムの限界が指摘されるようになり、個別プログラムの重要性が認識されるようになりました。
つまり、「発達障害(神経発達症)」に対するリワークでは、特性に対する理解とともに、出来事や対人関係に対するコーピング・スキル、セルフケアのスキルの習得が必要になりますから、こころの健康クリニック芝大門のリワークでは心理社会的治療を中心に行っているのです。
リワークプログラムを経て復職した人は、一般の復職者より就労予後が良いことが報告されています。
一方、臨床的要因については,①若い初診時年齢、②過去の長期の総休職期間、③重症な精神疾患、④上司との関係が悪い、などの条件が重なると就労継続に不利であり、精神状態や作業能力も就労継続に影響する、と報告されています。
それでも、休職中の患者さんが職場復帰を果たし、就労継続が可能になるためには何を指標にすればいいか、という問題が出てきますよね。
以前に『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」とリワーク』や『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と復職』で、こころの健康クリニック芝大門のリワークで用いている「復職準備性評価スケール(Psychiatric Rework Readiness Scale; PRRS)」を紹介した事がありますよね。
「うつ病」と間違われやすい「適応障害」とリワーク
「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と復職
復職前の「復職準備性評価スケール(PRRS)」総得点、および下位尺度の「基本的生活」「症状」「職場との関係」「健康管理」が復職後の就労継続期間を有意に予測したとされています。
そのため、復職決定について「復職準備性評価スケール(PRRS)」が客観的な評価ツールとして使用できる可能性が示された、と報告されています。(堀井, 酒井, 田川, ほか. 復職準備性評価スケール(Psychiatric Rework Readiness Scale)によるリワークプログラム参加者の就労継続の予測妥当性―就労継続に影響する要因―. 精神神経学雑誌 121: 445-456, 2019)
上記の論文では、「復職準備性評価スケール(PRRS)」の下位尺度の「社会性」「サポート状況」も有意水準には至らなかったものの、就労継続を予測する傾向を示した、とされていました。(前掲論文)
また、「復職準備性評価スケール(PRRS)」の下位尺度の「作業能力」「準備状況」は,就労継続の予測妥当性を示さなかったものの、一般復職者では「社会性」「作業能力」が有意な予測妥当性を示していた(前掲論文)ことから、今後の研究が待たれるところです。
「(復職準備性評価スケールの)臨床応用としては、復職する患者に対してこのスケールを用いてレジリアンス改善状況の評価を行い、適切な復職時期について患者や職場にアドバイスする資料として活用されることが望ましい」と結論づけられていました。
あるリワークでは、「自分の取扱説明書」をメンバーの前で発表することができれば、リワークの卒業課題としているようです。あるいは、みんなでボードゲームができるようになったらリワークを卒業できると、意味不明の基準を設けている施設もあるそうです。
「復職準備性評価スケール(PRRS)」と全く異なる、このような非科学的基準で「復職可能診断書」が提出されたとしても、産業医として「復職準備性評価スケール(PRRS)」を元に「復職の可否」を判断しますから、休職の延長を指示することも少なくありません。
復職と就労継続を目標にしたリワークの個別プログラムでは、さまざまな思考や感情、身体感覚とのつきあい方であるセルフケアとともに、セルフケアを用いて、出来事や対人関係に対するスキルとストレス・コーピング(対処法)を身に付けることにあるはずです。
この観点から、こころの健康クリニック芝大門では心理社会的治療に特化したリワークを行い、「復職準備性評価スケール(PRRS)」を用いて改善状況の評価と、復職の決定を行っています。
2021年のうつ病リワーク協会の年次大会で、「質の劣る一部のリワークが企業側からのリワークへの失望を招いた」と指摘されていました。
休職中の方には、リワークは慎重に選んでいただきたい、と切に願うばかりです。
院長