複雑性PTSDの診断基準と発達障害(神経発達症)特性
『愛着障害と発達障害(神経発達症)特性』でも示したように、「発達障害(神経発達症)特性」を有する人たちが訴えられることが多いのが、アンヘドニアと「気分変調症」、対人関係の苦手さと「愛着障害」、被いじめ体験と「PTSD」、機能不全家庭環境と「複雑性PTSD」です。
これらのうち「複雑性PTSD」については、このブログで説明を繰り返してきましたよね。
こころの健康クリニック芝大門の受診相談で話される内容を聞いていると、「カウンセラーさんから複雑性PTSDと言われた」「通院先の先生から、複雑性PTSDかもしれないと言われた」「親が毒親なので、自分は複雑性PTSDではないかと思う」など、さまざまな申し込みがあります。
では、さっそく【ICD-11 platform】で「複雑性PTSD」を検索してみましょう。
6B41
複雑性心的外傷後ストレス障害
説明
複雑性外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)は、非常に脅迫的または恐ろしい性質のイベントまたは一連のイベント、最も一般的には逃げるのが困難または不可能な長期または反復的なイベント(拷問、奴隷制、ジェノサイドキャンペーン、長期にわたる家庭内暴力、繰り返される子供時代の性的または身体的虐待、など)にさらされた後に発症する可能性のある障害です。
PTSDのすべての診断要件が満たされています。
さらに、複雑性PTSDでは、深刻で永続的な1)感情制御の問題、2)外傷性イベントに関連する恥、罪悪感、失敗の感情を伴う、衰弱した、敗北した、または価値がないという自分自身についての信念、3)人間関係を維持することや他者との距離を縮めることの難しさ、を特徴としています。
これらの症状は、個人的、家族的、社会的、教育的、職業的または他の重要な機能領域に重大な障害を引き起こします。
複雑性PTSDでは、「PTSDのすべての診断要件」、つまり外傷性イベントとしての出来事基準と、(1)再体験症状(フラッシュバックや悪夢)、(2)回避症状、(3)過覚醒症状の3つの症状に加え、(4)感情調節不全、(5)否定的自己概念、(6)対人関係の障害、の6つの徴候を満たすもの、とされています。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)、および複雑性PTSDでは、出来事基準として以下の内容が挙げられています。
非常に脅威的または恐ろしい性質のイベントまたは状況(短期的または長期的)への暴露。
このようなイベントには、自然災害または人為的災害、戦闘、重大な事故、拷問、性的暴力、テロ、暴行、または急性の生命を脅かす病気(心臓発作など)を直接経験することが含まれますが、これらに限定されません。
突然、予期しない、または暴力的な方法で他人の脅迫または実際の傷害または死亡を目撃すること、そして、愛する人の突然の、予期しない、または暴力的な死について知ること、が含まれます。
非常に脅迫的または恐ろしい性質のイベントまたは一連のイベントへの暴露。
最も一般的には、脱出が困難または不可能な長期的または反復的なイベントです。このような事件には、拷問、強制収容所、奴隷制、大量虐殺キャンペーン、その他の形態の組織的暴力、長期にわたる家庭内暴力、子供時代の性的または肉体的虐待の繰り返しが含まれますが、これらに限定されません。
PTSDの出来事基準と比べてみると、複雑性PTSDではPTSDと同じような外傷体験について、「長期的または反復」との文言が追加されていますよね。
「トラウマ」という用語の医学的定義は、「身体が自然に防御することのできない強大な力によって身体の一部が突然損傷し、身体の自然な回復機能によってその損傷から回復することが出来ず、医学的な処置を必要とするような事態」というものである
クロアトル, 他.『児童期虐待を生き延びた人々の治療』 星和書店
自身で、あるいは他者の指摘で複雑性PTSDかもしれないと思う人は、「長期にわたる家庭内暴力、繰り返される子供時代の身体的虐待」を、一般的な意味での虐待と読まれることが多いのですが、『愛着障害と発達障害(神経発達症)特性』で示したように、「虐待」とは命にかかわる可能性のある外傷性イベントあるいは重篤なネグレクトのことです。
では「児童期虐待」とはどのようなものだろうか。
連邦法によればこのような虐待は「(子どもの)死亡や、深刻な身体的あるいは感情的な被害や、性的虐待または搾取をもたらすような、親もしくは養育者による行為もしくは行為の欠如。あるいはただちに深刻な害を生じる危険のある行為もしくは行為の欠如」だと定義されている。
クロアトル, 他.『児童期虐待を生き延びた人々の治療』 星和書店
それでもなかなかイメージしにくいのですが、日本トラウマティック・ストレスのHPにPTSD評価尺度(PDS-4)が掲載されていますので、外傷性イベントとはどのようなものか、参照してみてくださいね。
さて、PTSDも複雑性PTSDも、外傷性イベントへの曝露と発症についての注意書きがあります。
脱出が困難または不可能である極端で長期的または反復的な性質のストレッサーへの曝露の履歴は、それ自体が複雑性PTSDの存在を示すものではありません。
多くの人が無秩序を発症することなくそのようなストレッサーを経験します。
虐待があった、外傷性イベントがあった、傷つき体験をしたことが、そのままPTSDや複雑性PTSDの発症につながるのではなく、多くの人は外傷後ストレス障害を発症しない、ということです。
つまり、拷問、強制収容所、奴隷制、大量虐殺、その他の形態の組織的暴力、長期にわたる家庭内暴力、子供時代の性的または肉体的虐待など「脱出が困難または不可能である極端で長期的または反復的なストレッサーへの曝露(外傷性イベント)」は、複雑性PTSDの必要条件ではあるものの、十分条件ではないということですよね。
親や介護者がトラウマ要因となった場合はどうでしょうか?
親または介護者の喪失が外傷性の出来事または介入に関連している場合、子供および青年では評価が複雑になる可能性があります。
たとえば、家から連れ去られて慢性的な虐待を受けた子供は、客観的に脅迫的または恐ろしいと見なされる可能性のある経験の側面よりも、主介護者の喪失をより重視する場合があります。
親や介護者がトラウマの原因である場合(例、性的虐待)、子供や青年はしばしば、これらの個人に対する予測できない行動(例、必要性、拒絶、攻撃性の交互)として現れる可能性のある無秩序な愛着スタイルを発達させます。
5歳未満の子供では、虐待に関連する愛着障害には、複雑性外傷後ストレス障害と同時発生する可能性のある反応性愛着障害または脱抑制型対人交流障害も含まれる場合があります。
『愛着障害と発達障害(神経発達症)特性』で触れたように、5歳未満の小児期の外傷性イベントは愛着障害として、あるいは複雑性PTSDと愛着障害の併存として、発症する可能性もあるということです。
こころの健康クリニック芝大門で診ていると、「発達障害(神経発達症)特性」を有する人たちは、出来事インパクト尺度や、国際トラウマ質問票で調べてみると、侵入的記憶想起(フラッシュバック・再体験)、回避、過覚醒などPTSDの3つの症状を満たさず、自己組織化の障害のみを満たすことがほとんどです。(『発達性トラウマ障害にともなう自己組織化の障害』参照)
一方、慢性の抑うつ状態、嘔吐を伴わない過食やダラダラ喰い、悪夢をともなう中途覚醒などを主訴に、こころの健康クリニック芝大門を受診された方の中には、PTSDの3主徴と自己組織化障害を認め、複雑性PTSDと診断することもよくあるのです。
複雑性PTSDの子供や青年は、うつ病性障害、摂食障害、睡眠覚醒障害、注意欠陥多動性障害、反抗挑戦性障害、行動障害、分離不安障害と一致する症状を報告することがよくあります。
外傷性の経験と症状の発症との関係は、鑑別診断を確立するのに役立ちます。同時に、他の精神障害も、非常にストレスの多い、またはトラウマ的な経験の後に発症する可能性があります。
追加の同時発生診断は、症状が複雑な外傷後ストレス障害によって完全に説明されておらず、各障害のすべての診断要件が満たされている場合にのみ行う必要があります。
トラウマ(傷つき体験)や虐待(躾)、毒親の存在を強調される「発達障害(神経発達症)特性」を有する人たちと比べ、PTSDや複雑性PTSDで規定されているような外傷的イベントを体験した人は、トラウマ的な出来事そのものが語られない(語ることができない)という宮地先生の論考そのままだな、と感じています。(宮地.環状島へようこそ-トラウマのポリフォニー.日本評論社)
こころの健康クリニック芝大門で行っているPTSDや複雑性PTSDなどトラウマ関連疾患の治療は、①薬物療法、②トラウマの心理教育と対人関係療法のエッセンス、③心理社会的治療、の3本立てになります。
まず、「身体の自然な回復機能によってその損傷から回復することが出来」ない状態である再体験症状(フラッシュバックや悪夢)を薬物療法によって低減することが最初の治療になります。
フラッシュバックや悪夢などの再体験症状が軽くなってくると、過覚醒症状や感情制御の問題(感情調節不全)も減ってきます。
それから、トラウマに対する心理教育(トラウマ・インフォームド・ケア)を行っていきます。
否定的自己概念に対するセルフケアは、ボウルビィの内的作用モデルやメンタライジング・アプローチを取り入れた、気分変調症(持続性抑うつ障害)に対する対人関係療法のエッセンスとして診療の中で指導していきます。
そして、リワークプログラムでの心理社会的治療と同じように、回避に対するセルフケア、および、対人関係に対するコーピング・スキルを身につけて、少しずつ日常の世界に戻っていくのです。
院長