「心配性・責任感・完璧主義」を摂食障害の回復にどう使うか
先日、オーストラリアの競泳の金メダリスト、エミリー・シーボームが摂食障害であることを告白した記事が出ていました。
摂食障害になったきっかけについて、「より速く泳ぐには痩せるしかないと言われ、それを信じ込んでいました」と言明されていますね。
緊急事態宣言が出される地域が広がっています。昨年の緊急事態宣言からの自粛期間には、食行動障害あるいは摂食障害をもつ多くの人が症状の悪化を経験されましたよね。緊急事態宣言が出された後、摂食障害の患者数が増えたと報告されるのは、症状が悪化したした人が受診するようになったという背景があるのかもしれません。
拒食症の人の3割超が1日の食事量が減り、過食症の人では、7割超で過食が増え、半数以上が嘔吐や下剤の使用量が増えたと、日本摂食障害協会のアンケートに答えています。それだけでなく、全体の4割超が不眠が悪化し、5割超が憂うつ感がについて悪化したと回答しています。
「緊急事態宣言が出たから」「自粛しないといけないから」など、さまざまな理由を付けて治療を先延ばしにするのではなく、緊急事態宣言が発出された今だからこそ、食行動障害や摂食障害が悪化しないように治療への取り組みが必要だということですよね。
食行動障害と摂食障害、とくに拒食症や過食症は、食行動と体重増加恐怖を軸に展開しているように見えるので、昔は「やせたい」病気ではなく「太るのが怖い」病気と考えられていました。
現在では、摂食障害行動は、不安、恐怖、うつ、劣等感などの苦しい感情や個人的苦悩、感情的苦痛、化学物質(脳内物質)の不均衡に対して、一時的に気を逸らすための方法であると考えられています。(ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店)
そしてこのような摂食障害を使った対処行動の危険因子の50%から80%が、遺伝的素因によるものであるとする専門家もいます。(前掲書)
ジェニーさんも同じようなコメントを書かれていますね。
一つお知らせしておきたいのは、あなたは、もしそうしたければ、いつでもまたエドと一緒になれるということです。
私もそうなのですが、あなたは、特定の状況にさらされると摂食障害になりやすい遺伝的な特性を持って生まれてきているのです。
私の場合は、その状況は、育った環境そのものと、痩せた体型を理想とする文化と深くかかわりがあったと思っています。
摂食障害に罹りやすくなる生まれつきの特性には、心配性、責任感が強い、完璧主義などがあるでしょう。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
上記でジェニーさんが書いている「摂食障害に罹りやすくなる生まれつきの特性」とは、クロニンジャーの「気質性格検査」で「気質」と呼ばれます。
気質特性としてジェニーさんは、心配性、責任感が強い、完璧主義をあげていますよね。
クロニンジャーの理論でいうと「損害回避(心配性)」と「固執(責任感・完璧主義)」が、拒食症や過食症を問わず特徴的なのです。
日常のできごとに対して不安、恐怖、うつ、劣等感として体験し、そのような個人的苦悩、感情的苦痛に対して食行動が「一時的な気分解消行動」として使われると、嗜癖となり摂食障害行動に結び付いてしまうのです。
ちなみに「冒険好き」の「心配性」がなりやすいと誤って記載されている本もあります。
しかし、冒険好きとされている「新奇性追求」の関与は、「多衝動型過食症」や、自閉症スペクトラム障害(ASD)に併発した「排出性障害」以外では、ほとんど見られません。
また遺伝的な「体質」要素としての体重は、食物の選択、活動レベル、生物学的因子−−代謝や疾患など−−に多少影響されますが、主に受け継がれた遺伝子によって決まることが示されています。(ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店)
さらに、乱れた食行動によって脳が飢餓状態になると、誤った方向に思考が導かれるなどの心理学的問題を引き起こす原因にもなるわけです。(前掲書)
古い本には「拒食症は安心すれば食べてもらえる」と書いてありますが、安心することで食べることができるようになるのは、拒食症と紛らわしい「回避・制限性食物摂取障害」のうち「食物回避性情緒障害」だけです。
神経性やせ症(拒食症)では栄養状態の改善は自分の力だけでは難しいのです。脳の飢餓状態は拒食症の強迫性(固執)を強化し、ますます食べない方向に向かってしまいます。
脳という臓器の栄養障害に対して心理学的な治療は無効であり、栄養状態の改善という身体的治療が優先されるのです。
こころの健康クリニックで心理学的な治療を行うためには、3食きちんと摂取していることを大前提としているのは、このような理由があるのです。
あなたは、摂食障害を引き起こしやすい物事に対する考え方や受け止め方を有しているのです。そうした性質はなくなりません。
重要なのは、あなたが生まれつき持っているのは、摂食障害そのものではなくて、わりと簡単に摂食障害に罹りやすくなる遺伝的特性の方だという点です。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
さてクロニンジャーの理論によると、「気質(生涯変化せず、自動的に行動に影響する特性)」は体験の仕方を決定するとされます。
例えていうなら、入学式では在校生や多くの父兄が居並ぶ中、新入生は一列になって前の方に歩いていくと言う出来事を、「引っ込み思案」という気質は「こんな見ず知らずの人が沢山いるところには来たくない」と体験するわけです。
私の予想では、回復した暁には、あなたはもう生まれつきの遺伝的特性を摂食障害に使いたいとは思わないで、むしろあなたらしい人生を歩むために活かすと思います。
(中略)
それこそ、完璧主義を良い意味で生かしていると言えるのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
生まれ持った「損害回避(心配性)」と「固執(責任感・完璧主義)」という「気質」を持った人が、不安、恐怖、うつ、劣等感などの苦しい感情や個人的苦悩、感情的苦痛などを「一時的な気分解消行動」として食行動を使うと、それは嗜癖となり摂食障害行動に結び付いてしまいます。
クロニンジャーの理論では、後天的に学習された「性格」が出来事を意味づけ、「気質」をコントロールするとされます。
先の「引っ込み思案の子」でいえば、幼稚園で友だちができた経験(後天学習の結果である「性格」)は、「見ず知らずの人でも友だちになる可能性がある」と意味づけします。
そしてこの「引っ込み思案の子」は、小学校に入学したという状況に対して、通学するという対処行動を取ります。そうすると「ピカピカの1年生」というペルソナが身につき、この成功体験も後天的な学習として「性格」に取り入れられる、ということです。
後天的な学習成果である《性格》は、「自己志向(自己の次元における成長)」と「協調性(関係性の次元における成長)」からなります。
「自己志向」は「自己受容(思考・感情・身体感覚への気づき、感情体験の受容、自分への優しさ)」「価値や目的の創造」「価値や目的に沿った行動」からなり、「協調性」は「他者受用」「共感(メンタライゼーション)」「コミュニケーションを介した交渉」からなります。
生まれ持った「損害回避(心配性)」と「固執(責任感・完璧主義)」の高さという「気質」に対して、出来事を意味づけ気質をコントロールする「性格」の2つの要素、つまり「自己志向(自己の次元における成長)」と「協調性(関係性の次元における成長)」によるコントロールで、ジェニーさんが言うように「完璧主義(固執)を良い意味で生かす」ことができるようになるということですよね。
院長