「完全に治ってから復職して欲しい」
「完全に治ってから復職して欲しい」という言葉は、休職者が職場の人事や上司からしばしば言われる意見ですよね。
このような意見が出される背景には、いくつかの要因が潜んでいるようです。
まず、医療機関および休職者と職場間の問題として「① 職場復帰基準に関する認識の違い」や「② 復職の条件やプロセスが理解されないまま復職手続きが進められる」などの混乱が挙げられます。
このような混乱を後押しする要因として、「③ 休職者の不安や焦りからの復職時期の判断の迷い」「④ 休職者の同僚や上司、産業医を含む産業保健スタッフに対するネガティブな心証」「⑤ リワークを含めた復職に向けた積極的なリハビリテーションが検討されないこと」などが考えられます。
『改訂 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』には、精神主治医から「復職可能」の診断書が提出された後、職場が「復職可否」を判断する基準として、以下の7つの例が挙げられています。(順番を入れ替えています)
(1)労働者が十分な意欲を示している
(2)適切な睡眠覚醒リズムが整っている、昼間に眠気がない
(3)決まった勤務日、時間に就労が継続して可能である
(4)作業による疲労が翌日までに十分回復する
(5)通勤時間帯に一人で安全に通勤ができる
(6)業務遂行に必要な注意力・集中力が回復している
(7)業務に必要な作業ができる
「① 職場復帰基準に関する認識の違い」と「② 復職の条件やプロセスが理解されないまま復職手続きが進められる」が問題になる場合は、以下の4つの要素が、精神科主治医−休職者−職場で共有されていなことが関与しているようです。
- (1);復職意欲が高まる程度に「病状(疾病性)」が回復していること
- (2)(3);睡眠覚醒リズムが安定し定時起床を含む「勤怠」に問題がないこと
- (4)(5);基礎体力が回復し通勤や労務の「安全」に問題がないこと
- (6)(7);業務に必要な集中力の持続が可能で「パフォーマンス」が発揮できること
上記の(1)から(6)までは、精神科主治医がご存じであることが前提ですが、生活リズムや行動記録のチェックし、個別指導を行うことで、リワークを行っていない医療機関でも可能な内容(疾病性の改善)と考えられます。
しかし、生活リズムの安定や復職を巡る不安を払拭するためのアドバイス、あるいは、休職に至った経緯の振り返り(自己分析)、これまで経験していなかった心理学的価値観や、新たな対処スキル(コーピング)を身に付けるためには、「職場復帰支援プログラム(医療リワーク)」の導入(「⑤ リワークを含めた復職に向けた積極的なリハビリテーションの検討」)が必要不可欠と考えられます。
「職場復帰支援プログラム(医療リワーク)」で復職準備性評価スケールの経時変化をみていくことで、「③ 休職者の不安や焦りからの復職時期の判断の迷い」は避けられそうです。(『リワークのプログラムと復職準備性評価スケール』参照)
リワークのプログラムと復職準備性評価スケール
「④ 休職者の同僚や上司、産業医を含む産業保健スタッフに対するネガティブな心証」は『発達障害特性を有する適応障害への対応』や『対人関係療法を応用したリワークの特徴』で触れたように、リワークプログラムでの「心理社会的治療」による「トラウマ感情」の改善で対処可能です。
発達障害特性を有する適応障害への対応
対人関係療法を応用したリワークの特徴
「第5回 日本うつ病リワーク協会年次大会」で発表された、ある大企業の人事総務部門での復職者の予後調査によると、「再発率は、リワーク未受講者は5割程度、リワーク受講者は1割程度」「3年後の勤務継続率は、ワーク未受講者は40%程度、リワーク受講者は90%程度」と、大きな差が見られていました。
復職前にリワークを利用するか否かによりこれだけの差が見られていますが、さらに、『医療リワークと慣らし勤務を組み合わせた職場復帰』で書いたように、「医療機関でのリワークと事業所内の職場復帰支援プランの併用」で予後のさらなる改善が期待されます。
医療リワークと慣らし勤務を組み合わせた職場復帰
なお、中には職場滞在時間と同じ1日8時間行わないとリワークの効果がないのではないか?と考えられる人もいるようです。
こころの健康クリニック芝大門では、以前は6時間のリワークプログラムを行っていましたが、今では半日のリワークプログラムに短縮しました。
理由は大きく2つあります。
1つは、長時間のプログラムの大きな欠点が、リワークに参加していれば復職できると、リワークが復職のための免罪符のようになってしまうことです。
受身のプログラムになってしまうことで主体性が薄れてしまい、自分で取り組むべき復職のための準備等が疎かになり、リワーク期間が延びてしまうだけでなく、復職後3ヶ月程度で再不調に陥ってしまう人が一定数いたからです。
コロナ禍でリモートワークが主体になっている現在では、会社に滞在する時間以外の時間をどう使うかがポイントになってきます。これはリワークも同じで、リワーク以外の時間での集中力や注意力を持続するための心の使い方を身に付ける必要があります。
もう1つは経済的な問題です。
傷病手当で給与の6割が支給されますが、生活は困窮してしまいます。1日のリワークと半日のリワークでは、支出(医療費)も大きく違ってきます。
1日のリワーク4〜6ヶ月で復職するのと、こころの健康クリニック芝大門で行っているように半日のリワークで約3ヶ月での復職することで差がないのであれば、短時間のリワークの方がコストパフォーマンス的にも優れているからなのです。
事業所内で行われる「職場復帰支援プラン(リハビリ勤務 or 慣らし勤務)」は、時短勤務から徐々に会社滞在時間を増やし、時間に応じて軽作業から元の業務へと段階的に負荷をかけていきます。
「職場復帰支援プラン(リハビリ勤務 or 慣らし勤務)」は、上記d.(6)(7)の「パフォーマンスの回復」の確認を中心として、(1)から(5)の「勤怠」と「安全」など、フルタイム週5日の勤務継続が可能かどうか、「事例性が消失」しているかどうかを確認するのです。
冒頭に挙げた「完全に治ってから復職して欲しい」という意見は、「疾病性の消失」を期待した意見ですが、「疾病性の消失」と「事例性の消失」は同一ではありません。
たとえば、夜にスマホでゲームしたりYouTubeで動画を見たりして寝るのが遅くなり、朝起きられない、ムリヤリ起きても昼間に眠気が強く仕事にならない、というような「事例性に問題」がある場合、「疾病性」の関与は考えにくく、社会人としての意識、「役割規範」の問題と考えられます。
一方、仕事をしながら月に一度半休を取り、医療機関を受診している社員さんは、「疾病性」が残存していても「事例性」には問題がないわけです。
事業所の人事労務担当者の方には、『休職・復職とリワークプログラム』で書いたように、「症状を完全になくすことが重要ではなく、症状が存在しても事例性がなければそれを受容していく(症状の回復≠業務遂行能力の回復)という視点」を持っていただきたいと思います。
休職・復職とリワークプログラム
また、「業務遂行能力」に関して、「発達障害(神経発達症)特性」による担当業務と能力のミスマッチの問題もあります。
職場との連携で、精神科を専門とする嘱託産業医や専属産業医の先生がいらっしゃる場合はいいのですが、精神科以外の嘱託産業医の先生の場合、「発達障害(神経発達症)特性」に対する知識をお持ちでないことが多く、伝え方に苦慮する場合もあります。
合理的配慮が十分に行える体制がある会社はよいが、実際には障害への理解や支援の意識が乏しい会社は少なくない。後者のような会社では、診断名や配慮という言葉を出すと、要求ばかりしてくると受け取られ、かえってスティグマが助長され得るリスクがある。
(中略)
治療によっても問題の本質(特性)は変わらず、事例性は改善されず、職場側の対応や環境の変革という形を迫られる。
(中略)
これらは産業保健スタッフや上司、同僚などの精神科領域の非専門家が対応の主体とならざるを得ず、大きな負担を強いることになる。
これは職場を治療の場にすることを避けるというこれまでの原則からは大きく外れている。つまり、事例性と疾病性が混在してしまうことが起こっている。
出口, 岩﨑. 就労者の精神疾患に神経発達症が及ぼすインパクト─主治医および精神科を専門とする産業医の立場から─. 精神科治療学 37(1): 29-34. 2022
ある社員さんは、「発達障害(神経発達症)特性」に対して、上司から「皆の前でカミングアウトして、何に注意して接してもらえば良いか、自分で説明するように!」と、言われたそうです。
「発達障害(神経発達症)特性」は、要配慮個人情報に属することですが、診断名が一人歩きすることで、社員さんがネガティブな評価や降格などの影響を与える可能性があるのです。
院長