メニュー

複雑性PTSDと統合失調症様症状

[2022.10.17]

ICD-11 platformで検索すると、「心的外傷後ストレス症(PTSD)」の鑑別診断に、「適応障害(適応反応症)」などと並んで、「統合失調症または他の原発性精神病性障害」が挙げられています。

 

心的外傷後イベントの再体験症状であるフラッシュバックが幻覚のようにもみえること、ささいな脅威に対しても過覚醒症状を起こすためパラノイド(被害妄想的)のようにも見えること、また、思考化声的な疑似幻聴が生じることもあること、が示され、「このような症状は、精神病性障害の証拠と見なされるべきではない」と記されています。

 

解離性幻覚は、辛い体験を自己意識から切り離したとき、そこにフラッシュバックが起きると、その辛い体験が外から聞こえたり、外に見えたりすることになって生じる解離性の幻覚である。

このような幻覚(われわれはお化けの声、お化けの姿と呼んでいる)は、被虐待の既往をもつものにしばしば認められる現象であるが、統合失調症と誤診されることも少なくない

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

以下に引用する宮地先生の論文も、複雑性PTSDと統合失調症の異同を論じたもので、ICD-11で言及されているような幻覚妄想といった陽性症状にも触れられています。

 

幼少期の虐待体験(性的虐待、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト)が、幻覚妄想などの精神病様症状を惹起することも明らかになっている。

その症状発現は虐待の程度や累積度に依存しており、例えば、身体的虐待のみを受けるよりも、そこに性的虐待が加わった人の方が、症状を呈しやすい。症状の内容としては、幻覚妄想など陽性症状が中心であるが、陰性症状や思考障害との関連についての報告もある。

全体的な指標で見ても、複雑性PTSDの患者ではMMPI統合失調症尺度の値が高くなる。

このように、虐待など慢性的な極度のストレス体験が統合失調症様の症状を呈することは数多くの研究で明らかにされている。

(中略)

心理学的には、被虐待、特に性的虐待が解離症状を引き起こし幻覚を惹起する素地となること、自己無価値感や他者信頼感の欠如という否定的認知や愛着形成不全が妄想の発現につながること、養育者との対話のずれや狂いが思考障害と関連することが指摘されている。

(中略)

リードらのトラウマ神経発達モデルによれば、長期的な幼少期虐待がストレス制御を司る脳内回路(HPA)にダメージを与え、結果、ドーパミンやセロトニンシステムが変化するために、統合失調症様症状を呈しやすくなるという。

そして幼少期トラウマにより受けた脳の変化は成人になってもなお持続し、この変化は統合失調症に認められるものと共通していることが報告されている。

宮地. 清水., 複雑性PTSDと統合失調症. そだちの科学: 36 (4), 46-53, 2021

 

このように見てくると、複雑性PTSDは「心因性精神疾患」よりも「身体因性精神疾患」として考えた方が良さそうに思えてきます。(『生きづらさと反応性抑うつ状態(適応障害)』参照)

 

複雑性PTSDで「ドーパミンやセロトニンシステムが変化するために、統合失調症様症状を呈しやすくなる」ということから、ブレクスピプラゾールという向精神薬と抗うつ薬セルトラリンの併用療法が、海外で実施したフェーズ2試験の主要評価項目でプラセボ群と比較して症状の改善を示した、というニュースリリースの記事を思い出しました。

 

実際のPTSDあるいは複雑性PTSDの治療では、フラッシュバックの治療として神田橋処方と呼ばれる漢方薬の合剤を処方することが多いですよね。

それに代わって、セロトニン・ドーパミン・アクティビティ・モデュレータと、PTSDに適応をもつセルトラリンの併用で、新たな治療の方向が示される可能性がある、ということです。

自験例では約半数の人に効果を認めましたが、セルトラリンを極少量しか使っていないにも関わらず、副作用が強く出た人たちもいらっしゃいました。

 

複雑性PTSDの臨床で中心となる治療法は、「持続曝露療法(Prolonged Exposure; PE)」や、「感情調節と対人関係のスキルトレーニングおよびナラティブストーリーテリング(Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation followed by Narrative Story Telling; STAIR/NST)」と呼ばれる精神療法です。

 

宮地先生は「目新しいことではなく、良質の支持的精神療法であり、トラウマインフォームドケアとも言える」として、①安心安全な場の確保、②診断を早急に下さないこと、③トラウマ記憶から出てこられなくなった人に対しトラウマの外を一緒に眺めようとすること、の3つを挙げられています。

 

恐怖を少しでも和らげるため、彼らの傍に血の通った温かな存在として居ることである。

親密的領域に難を抱える彼らにとって、治療者側との関係で傷を深めることは最も避けたいことである。しかし、実際には再演を繰り返し、傷つくことも多い。

また、トラウマは長い経過を通じ、浅いものから順に語られていくことが多い大丈夫だろうか、聴いてもらえるだろうかと恐る恐る〈内斜面〉を登って、〈外斜面〉にいる支援者に近づいていく。本人のペースを守り、無理にトラウマを聞きださないことが重要である。

宮地. 清水., 複雑性PTSDと統合失調症. そだちの科学: 36 (4), 46-53, 2021

 

語り得ないトラウマと複雑性PTSD』でも書いたように、「実際、こころの健康クリニック芝大門で診療していても、複雑性PTSDと診断した人は、「いつトラウマ体験を聴かれるのだろうか?」と身構えた不安と緊張感が伝わってきます」から、「話しても大丈夫と思えた時でいいですからね」とお伝えし、初診ではトラウマ内容は一切聴かずに診断を下します。

語り得ないトラウマと複雑性PTSD

ところが逆に、PTSDや複雑性PTSDに該当しない「発達障害(神経発達症)特性」を持つ人は、出来事を話したがる一方で、問診票に記載したり話したりすると混乱し発作様の症状を起こされることが多い印象があります。

おそらく、タイムスリップ現象と考えられるのですが、「発達障害(神経発達症)特性」を持つ人たちはこのような混乱、あるいは不安発作のことを、フラッシュバックと呼んでいらっしゃるようです。

 

また先の宮地先生の論文の引用にある「解離症状を引き起こし幻覚を惹起する素地となること、自己無価値感や他者信頼感の欠如という否定的認知や愛着形成不全が妄想の発現につながること、養育者との対話のずれや狂いが思考障害と関連する」ことは、「発達障害(神経発達症)特性」を持つ人にもよく見られる病態のようです。

 

「②診断を早急に下さないこと」について宮地先生は、“まだ語られていない何か”への想像力を常に持ち続けておくこと、“まだ語られていない何か”への隙間を常に開いておくこと、の重要性を強調されています。

 

「③トラウマ記憶から出てこられなくなった人に対しトラウマの外を一緒に眺めようとすること」については、恐る恐る〈内斜面〉を登って、〈外斜面〉にいる支援者に近づき、トラウマを語り始める人に対し、区切りをつけること、と説明されています。

 

語りを聴き始めると、延々とトラウマの話が続き、終わらないことがある。その際、例えば趣味のことや、症状がなかったらやりたいことなど、本人の期待に関心を向け、話を区切ることも重要である。

その区切りは、〈内海〉に投げ入れられた浮き輪のように、診察時以外でも本人みずから使えるようになっていくだろう。

宮地. 清水., 複雑性PTSDと統合失調症. そだちの科学: 36 (4), 46-53, 2021

 

「発達障害(神経発達症)特性」を持つ人たちの文章で書いたような語りと違い、複雑性PTSDの人たちの語りは思わず息を呑み、その場面に引き込まれてしまうかのような吸引力を感じます。

 

この時点で、記憶(頭の中の世界)と現実世界(外的現実)を切り分ける作業を、宮地先生は「区切り」と表現されているようですね。

 

院長

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME