複雑性PTSDの臨床1〜トラウマとは何か?
2020年の下半期より、「複雑性PTSD」の治療を求めてこころの健康クリニック芝大門を受診される方が増えた印象があります。
「複雑性PTSD」は国際疾患分類第11改訂版(ICD-11)で新たに定義された疾患で、「持続性の、逃げるのが困難なストレス体験(例:虐待、拷問)」によって引き起こされます。
「複雑性PTSD」は、①再体験症状(侵入的記憶想起;フラッシュ・バックや悪夢)、②回避麻痺症状(慢性の不安抑うつ状態)、③覚醒亢進症状(過覚醒)という「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の中核症状に加えて、④感情調節障害、⑤否定的自己像、⑥対人関係の障害という3つの症状、つまり「自己組織化の障害」などの特徴的な症状を伴う状態像を指します。
「複雑性PTSD」は、ICD-10では「破局的体験後の持続性パーソナリティ変化」として「自己組織化の障害」が位置づけられていました。
拷問や虐待のような「持続性の、逃げるのが困難なストレス体験」によって起きてくる状態として、多くの人たちが思い浮かべるのが「(反応性)愛着障害」や「(不安型)気分変調症」などではないでしょうか。
成人の臨床現場では、発達障害やトラウマあるいはその両者を基盤に抱える患者が増えているというのが印象としてあり、精神疾患の長期化、難治化の一因は、基盤にある発達障害やトラウマの認識の乏しさにあるのではないか、日々の臨床は、発達障害やトラウマを考えずには行えないのではないかというのが実感である。
青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院
「複雑性PTSDではないか?」とこころの健康クリニックを受診される方のほかにも、「感情のコントロールができない」感情の問題、「自己肯定感が低い」「悪い方にネガティブに考えてしまう」など認知の問題(気分変調症ではないか)、「他者とうまく関われない」など対人関係の問題(愛着障害ではないか)などを主訴にされる方も多いのです。
さらに、「複雑性PTSD」「気分変調症」「愛着障害(愛着の問題)」を訴えられる方の多くに、「自閉症スペクトラム(ASD)」や「注意欠如多動性障害(ADHD)」あるいはその両方の「発達障害」の要素をが認められます。
成人の臨床でよくみられる経過としては、小児期のトラウマ体験(虐待など小児期逆境体験やいじめなどの家庭外の逆境体験)⇒愛着障害・トラウマ反応⇒思春期以降のトラウマ体験⇒トラウマ反応+従来の精神疾患というものがある。
虐待などの小児期逆境体験は、愛着障害やトラウマ反応を引き起こしやすいだけでなく、さらには成人の不安症、うつ病、統合失調症、物質依存症などを引き起こしやすい。発達障害と愛着障害は、相互に影響し合い、愛着形成・対人関係形成と発達を困難なものとしやすい。
青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院(強調部は筆者)
「持続性の、逃げるのが困難なストレス体験」は、一般に「トラウマ体験」と呼ばれています。
上記の引用のように、小児期のトラウマ体験(逆境体験)はトラウマ反応や愛着の問題を引き起こし、思春期以降に不安障害、抑うつ障害あるいは摂食障害など、さまざまな精神疾患を併発することが知られています。
「PTSD」のトラウマ体験は、「極度に脅威的または恐ろしい出来事への、一回または複数回の曝露」として、アメリカ精神医学会の精神疾患の分類と統計マニュアル(DSM-5)では、「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事」、つまり生命を脅かすような重大な出来事であるとされています。
一方、「複雑性PTSD」の「持続性の、逃げるのが困難なストレス体験」は、「極度に脅威的または恐ろしい出来事への、一回または複数回の曝露。逃れることが難しいか不可能と感じられ、長期間にわたる、または反復的な出来事であることが多い。このような出来事には、拷問、奴隷制、大虐殺、長期間にわたる家庭内暴力、反復的な小児期の性的または身体的虐待が含まれる」とされています。
「複雑性PTSD」では、生命の危機とまではいかないまでも、長期に反復される出来事がトラウマとなり、トラウマ反応を引き起こすことが強調されています。
「複雑性PTSD」の場合は、外界からの刺激によって引き起こされる身心の緊張状態(ストレス反応:トラウマ反応)の誘因となる刺激(ストレッサー:トラウマ体験)が、極度に脅威的であることが特徴ということですね。
「トラウマとなるものには、犯罪や虐待、災害などの生命を脅かすような体験の強度が強いものから、客観的にみればそれほど強度が強いとは思えないが、受け手には主観的に強く感じとられるものまで幅広くある」(前掲書)と、受け手が出来事を対処困難であると評価することによって、トラウマ反応が引き起こされることが示されています。
また、「発症前の状態、トラウマ体験の強度、受け手の感受性、脆弱性(vulnerability)や回復力(resilience)、周囲からのサポートの有無などによって、起こってくるトラウマ反応の程度は異なってくる」と、引き起こされる情動的反応・認知的反応・生物学的反応は人によって違いがあることも示されています。(前掲書)
トラウマ反応を起こしやすくする要素として、以下の項目が挙げられています。
- 過去に虐待などのトラウマがなかったか。
- 出来事をどのように受け止める性格か。同じ出来事でも人によって受け取り方が異なる。
- 出来事が起こったとき、どのような精神状態・心理状態であったのか。うつ病や統合失調症等の精神疾患があったり、自閉スペクトラム症などの発達障害があったりすると、同じ出来事でも、トラウマとなりやすく、トラウマ反応も起こりやすい。
- 周囲の環境はどうか。人間関係はどうだったか。サポートがあったか、孤立していなかったか、など。
青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』医学書院
『聴心記』では、「トラウマ」「複雑性PTSD」を中心に「気分変調症」「混合性不安抑うつ障害」「愛着障害(愛着の問題)」あるいは「発達障害」などとの関連について、数回に分けて解説をしていきたいと思います。
上記のような問題で通院中の方や、薬ではない治療を希望される方は、こころの健康クリニック芝大門の「メンタルヘルス外来」「対人関係療法外来」に申し込んでくださいね。
院長