「過食嘔吐が癖になっています」
「今日は特別何かがあったわけでもないのに、過食嘔吐しないと1日が終われないような気がしてしまう。過食嘔吐が癖になってしまったんじゃないかと思います。」
中には過食嘔吐が習慣化していることから「これは依存症ですか?」と訊かれることもあります。
皆さんの中にもこんな風に感じていらっしゃる方がいるかもしれませんね。
アニータさんはこんな風におっしゃっていますよね。
摂食障害はアルコール依存や麻薬依存のような物質依存ではなく、行動依存だということを覚えておいてください。つまり、乱れた食行動に苦しむ女性は、食べるという行動に依存しているのであって、食べ物に依存しているわけではないのです。
アニータ・ジョンストン著 「摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語」より
私も皆さんにこの違いをよく知っておいてほしいと思います。その理由をアニータさんはこう説明されています。
摂食障害をアルコール依存や麻薬依存と同じように、物質依存として治療しようとする医療従事者がいるのは事実です。そうした医療従事者は、「禁欲」や食事プランを勧めます。しかし、このようなアプローチが成功することは、ほぼありません。なぜなら、依存対象となっている乱れた食行動ではなく、食べ物自体を重視しすぎているからです。(中略)
食べる物や量を制限したり、カロリーを計算したり、ハーブやサプリメントを使ったり、食事ブランを立てたりと、まるで食べ物に問題があるかのように食べ物を重視しすぎているからです。
私自身もそうでした。
大学生になって一人暮らしを始めてからは、「今日こそは過食しない。今日こそは普通の量の夕食をおいしく食べてやめるんだ。」と毎日自分に言い聞かせて家を出るのに、授業が終わるとスーパーに直行していました。
その頃の私は、なぜ過食嘔吐がやめられないのか、なぜ普通の量で食べることをやめられないのか、そればかり考えていました。考えても答えが分からないまま過食嘔吐する日々は続き、そんな自分を責め、絶望的な気持ちになっていきました。
けれども何もしなかったわけではなかったのです。過食嘔吐をしないように私が何をしたかというと、余分な食べ物を家に置かない、一度に食べる量やカロリーを決める、身体に悪そうなものは食べない、そして朝目覚めた時に今まで以上に「今日こそは絶対過食しないぞ」と何度も何度も自分に強く言い聞かせる、ということでした。
けれども、これらの方法は何一つ役には立ちませんでした。私は「食べ物」にしか目を向けていなかったのです。そして、うまくいかない方法をやり続け、失敗し続けて、気づいた時には15年以上も経ってしまっていたのです。
ですが、だからこそ私は自信を持ってはっきりと皆さんにお伝えしたいと思うのです。「食べ物自体」を何とかしようとしても決してうまくはいかないということを。
日本にも、食欲を抑える薬や高額なサプリメントを摂食障害の治療として用いている医療機関もあると聞きます。また、過食嘔吐を何とか止めたいと断食道場や合宿に参加される患者さんやそれを勧めるご家族のお話を伺うことも少なくありません。
けれども、問題は食べ物そのものではないのです。
乱れた食行動を克服するには、衝動を引き起こす本当の飢えを見つけなければなりません。乱れた食行動とその衝動は、真のニーズや心の奥深くに眠っている欲求を象徴しているにすぎないのです。
依存的に食べているときこそ、何かに対する飢えが象徴的な形となって提示されているのであり、本当の飢えは何なのかを考えなければならないのです。
特定の食べ物を排除したり食行動を制限したりすると、逆に、象徴の背後にある真の意味を学ぶ機会を失ってしまいます。
拒食にしても過食にしても、乱れた食行動には“その人の本当の課題から目を逸らす”という目的があるため、そういった行動に没頭している時には症状の意味に気づきにくくなってしまうのもうなずけます。
けれどもアニータさんは、そういう時こそ「本当の飢えは何なのか」を考える重要性を語っていらっしゃるのですよね。
来週は、「本当の飢え」に気づくために私自身はどのように取り組んだのかを含めもう少し考えてみたいと思います。