新型コロナ時代の不安と抑うつ〜(2)対人過敏
『新型コロナ時代の不安や抑うつ〜(1)奇妙な神経衰弱』で、在宅勤務やテレワークによる閉じこもり生活によって身体機能の低下が引き起こされ、「孤立感や無力感、絶望感」とあいまって「フレイル」に似た認知機能の低下を伴う「神経衰弱(精神疲労)」が引き起こされていたケースについて説明しました。
ところが「奇妙な不調」には、もう一つ別のパターンもみられたのです。
在宅勤務やテレワークで「なんとなく意欲が湧かない」「仕事に飽きた」とおっしゃっていた人にみられた不調は、「過眠」と「炭水化物中心の食事」が特徴でした。この特徴は、去年の秋から冬、とくに年明けに2度目の緊急事態宣言が出された頃から目立ってきた印象があります。
日中の眠気、起床困難、長時間睡眠など日中に著しい眠気を生じる「過眠」は、気分障害の「非定型病像」あるいは「季節性」の場合には、抑うつの症状としてみられるのが特徴です。
通常、「大うつ病性障害(うつ病)」では、早朝覚醒はしても最低の気分(生気的悲哀)で身体が動かず、夕方にかけて気分が少し楽になってくるという、気分の日内変動など身心の本質的なリズムの失調が起きます。
一方、「非定型病像」や「季節性感情障害」では、早朝覚醒が起きず(過眠)、夕方にかけて抑うつ症状が強まるという逆転した現象がみられます。
「非定型病像」あるいは「非定型うつ状態」は、(1)著明な体重増加または食欲増加、(2)過眠、(3)鉛様麻痺(全身倦怠感)、(4)対人関係上の拒絶に敏感(対人過敏)、という特徴があります。
季節性感情障害の症状では、意欲減退や精神運動制止、易疲労感など抑制症状が中心である。
特筆すべき症状として、病相期における食欲亢進、体重増加、炭水化物(糖質)飢餓、過眠、抑うつ症状が夕方にかけて強まるなど、非定型的うつ症状を呈することが挙げられる。
Winklerらによれば、季節性感情障害の66.3%において過眠、炭水化物飢餓、体重増加などの非定型的うつ症状がみとめられたと報告されている。
西多「季節性感情障害」精神科治療学27 増刊号, 145-148, 2012
「奇妙な不調」の人たちは、気分はフラットで日内変動はほとんどなく、「寝ても寝ても寝たりない」「起きても疲れが取れた感じがしない(鉛様麻痺)」「上司や同僚と会話するのが緊張する(対人過敏)」がみられたのですが、非定型病像や季節性感情障害のような抑うつ症状、あるいは、入眠困難や早朝覚醒が見られないのが特徴でした。
このような状態は、おそらく、身体活動や対人接触頻度の低下など社会的同調因子刺激や光曝露の減少によって気分は平坦化(意欲低下)し、睡眠覚醒リズムの乱れ(過眠)が引き起こされることに加え、炭水化物飢餓、体重増加など、あたかも動物が冬眠に入る時のような状態が起きていると考えられたのです。
では、「対人過敏」はどう考えればいいのでしょうか?
在宅勤務中は、Web会議ツールを使ってコミュニケーションを取ることが多いですよね。コミュニケーションを取っているにもかかわらず、孤独感や孤立感、あるいは無力感を感じてしまうのにはどのような理由があるのでしょうか?
『「テレワークのコミュニケーション」調査』では、業務に直接関わらないコミュニケーションが減っていること、相手が何をしているかわからないので、「コミュニケーションがしにくい」「話さない人が増えた」などの回答が得られていました。
つまり、在宅勤務やテレワークでは、コミュニケーションでの意思疎通が図りづらく、業務時間中に雑談の為に連絡をすることが躊躇われ、孤独の中での仕事を強いられることで、精神的な負担がかかっていると考えられるのです。
それに加えて、多くの人が直感的に感じているように、Web会議のようなバーチャルなコミュニケーション手段は、視覚や聴覚を中心とした言語(話し言葉)と非言語(身振りや表情)による理性的なコミュニケーションがメインになってしまい、意図や情緒が伝わりにくい問題がありますよね。
対人関係学派の基礎を築いたハリー・スタック・サリヴァン先生は、言葉がどのように響くか、その情緒的側面の重要性をヴォーカル・コミュニケーションとして強調されています。この情緒的側面、つまり感性的なコミュニケーションがWeb会議では伝わらないことが問題と考えられるのです。
そういう意味で、みなさんにいつも持ち合わせてほしいのは、この《他者への想像力》です。
……《他者への想像力》とは、ふつう思いやりと言われますが、要するに他者を他者のほうから理解しようとすることです。その意味では、想像力とは、じぶんが抱いているイメージをさらに拡げることではなく、じぶんをここではなく別の場所から見る力のことだと言うべきです。(中略)
鷲田のいう「他者への想像力」とは、同情の延長上にあるものではない。こちら側から向こう側へ向けての想像力ではなく、また相手の立場に身を置いてみるということでもない。そうではなく、向こうからやってくるものに、こちらの心を開いておくということである。
内海『気分障害のハード・コア』金剛出版
内海先生は「向こうからやってくるものに、こちらの心を開いておくということ」であると、感性的なコミュニケーションについて説明されています。
Web会議では他者の言葉や身振り手振りなどの理性的なコミュニケーションは伝わってきます。しかし、こちらの心を開いていても、感性的コミュニケーションで伝達されるはずのものは、向こうからはやってこないのです。
感性的なコミュニケーションの次元が阻害されると、「アクチュアリティとしての現実」が菲薄なものとなり、アンビバレントな関係障害が起きやすくなるのです。
これは心理学者が言うところの「接近-回避」コンフリクトである。それは、何かを手に入れたい(「接近したい」)のに、それが怖い(「回避したい」)という状況であり、たいてい行動上の麻痺や「フリーズ」へと帰結する。
ヤプコ『鬱は伝染る。』北大路書房
他者とつながりたい欲求と同時に、相手の意図や情緒が見えないバーチャルな理性的コミュニケーションだけの世界は、求めても得られない状態が続くため、徐々につながることが怖いとも感じられるようになってきます。
去年の秋から冬頃から目にするようになった「精神的疲労(対人過敏や孤独感)」の根本は、接近-回避コンフリクト、あるいは、アンビバレンスとしての関係障害と考えると納得ができます。
その結果として、「妙な不調」が起きてくるのではないか、と考えられるのです。
新しい研究では、抑うつというものが、あたかもその人が全くの孤立の中で活きているかのように、単に一個人で患うものではないことが明確になっている。むしろ、抑うつは社会的文脈の中で生じる。つまり、抑うつは人の内で生じるとともに、人と人との間の人間関係で起こる傷つきからも生まれるのである。
(中略)
人間関係は、病原菌が病気を蔓延させるのと同じくらい確実に、抑うつを蔓延させることができる。まさに、鬱(うつ)は伝染(うつ)るのである。
ヤプコ『鬱は伝染る。』北大路書房
新型コロナウイルス感染症の蔓延を防ぐためのソーシャル・ディスタンシングは、人とのつながりをより快適にするための代用となるバーチャルなコミュニケーション手段を生み出しました。
広い意味でのトラウマという点からいえば、人々の「地域社会から排除される」(ひと昔前の「村八分」)という不安・恐怖が活性化されている。特に地域とのつながりに乏しく、地域の人の目を意識して生きてきた人たちは、「コロナにかかったら、この家やアパートにいられなくなる」という強い不安の中で毎日を過ごす。外出も控え、家の中でもマスクをして、息をひそめて過ごしていることも少なくない。
「コロナが恐いんじゃないんです。コロナにかかったら、もうここには住めなくなる。それが恐いんです」と言う。
過去にいじめやパワハラなどで排除されたトラウマ体験をもつ人は、コロナによって再び排除されるのではないかという不安・恐怖が活性化されるのである。
だが、この排除される不安・恐怖は、トラウマ体験をもたない人たちの中にも根深く沁み込んでいるものでもある。
青木、村上、鷲田、編『大人のトラウマを診るということ—こころの病の背景にある傷みに気づく—』医学書院
しかし、COVID-19の蔓延は、バーチャルなコミュニケーション手段という代償をもってしても贖うことができない、「孤立」という最も望まない方向に私たちは誘われてしまったのです。
院長