セルフ・コンパッションと過食症からの回復
「摂食障害の今日的理解と治療—特集にあたって—」(精神科治療学 33(11): 1271-1272, 2018)で、「この疾患の病理・病態を理解した上で、個々の患者に適切な治療や対応を工夫して取り組むべきであろう」と、過食症や過食性障害の治療では、一人ひとりの病理・病態の多様性や複雑さを把握し、治療法の工夫やアレンジが必要であることが強調されています。
福井大学・子どものこころ発達研究センターの杉山先生もその著書の中で、精神療法を型通りに行うのではなく、工夫することで活きた治療法になると述べていらっしゃいます。
さまざまな精神療法の手技において、その源法の学習と遵守はとても重要であることは言うまでもない。
しかし開き直った言い方をすれば、精神療法的な手法は、個々の治療者の個性や診療スタイルに合わせてひと工夫されて初めて、活きた治療法になるのだと思う。杉山『発達障害の薬物療法』岩崎学術出版社
これまで、『過食症:食べても食べても食べたくて』のリンジーさんの回復体験を読みながら、必要に応じて『摂食障害から回復するための8つの秘訣』や『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』を引用して解説してきました。
一般的に言えることは、過食や過食嘔吐は、身体感覚とそれに繋がる感情(情動:心の動き)を「食べる」という行動や「食べ物」という物質で緩和しようとする試みであることは、これまでの引用でからよく理解できたと思います。
このことをふまえて治療では、身体感覚に注意を向け、自分自身の感情状態(情動)や対人関係体験と身体感覚がどう関与しているのかを「メンタライズする(心で心を思う)こと」が最も大切な課題になります。
私は、自分の摂食障害は食べ物よりも感情に関連していると認識するに至りました。
常時、内なる感情を麻痺させる代わりに、今では全く違う方法で人生を経験することができるようになりました。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
「内なる自己(自分の内なる真実)」に対する信頼感を培ったリンジーさんは、「全く違う方法」で自分自身、あるいは自分の人生と向き合うことができるようになりました。
心を開いて、感情の威力を正面から受け止めてはじめて、感情は乗り越えなければならない障害ではなく、英知や導きへの通り道であると理解するのです。
そして、感情を抱かないようにするために、食べたり拒食したりする必要がなくなるのです。
(中略)
内なる英知を得ることで、食べ物や他の人、そして自分自身と全く新しい関係を築くこともできるのです。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
摂食障害(過食や過食嘔吐)は、感情(情動や身体感覚)と関係しているため、それらと向き合うことが自分自身と向き合うことにつながります。また同時に対人関係の体験の仕方(人生の経験)とも向き合うことと関連してきます。
乱れた食行動からの回復への道のりには、自分の体と調和が取れている状態、つまり体の英知が尊重され、体への信頼が回復された状態に戻ることが必要不可欠です。
そこにたどり着くには、まず、どうやったら体からのメッセージを受け取れるのかを学ぶ必要があります。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
「身体感覚や情動」と「こころ」の関係は、さまざまな「摂食障害思考」によって邪魔されます。
このさまざまな「摂食障害思考」をそのような考えをもつ「人」とみなし、「摂食障害思考」をもつ「人」と“win − win”の対人関係を構築するにはどうしたらいいか、そのスキルを身につけていくのが、対人関係療法でいう「自分自身との関係の改善」です。(「【治療記録8】自分をねぎらう」「自分をいじめる私たち」「「○○しなきゃ」は自分を苦しめる」などを参照してみてくださいね)
『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』の著者のジェニーさんも、自分の摂食障害を状態ではなくエド(Eating Disorder:ED)との対人関係として扱うことで摂食障害から回復されていますよね。
「自分自身との関係」が改善されてくると、「摂食障害思考」(摂食障害という病気の部分:エド)は、自分自身の心を守るために必要だったけれども、自分と摂食障害との関係が共依存になってしまったことが問題でした。
そのため、いったん自分自身の「期待の整理」が必要なのです。
これが身体感覚や感情(情動)が指し示す方向性(英知)を知るということです。
(『【治療記録4】体の声を聞く方法』『【治療記録5】感情を感じきる』『食べるのが怖くなった私の戦い方』参照)
過食症から解放されると、存在することさえ知らなかった、内なる自己というものと触れ合えるようになりました。
私にも私なりの答えが数多くあるということを、誰も教えてはくれませんでした!正直になり、直感を信じることで、この認識が出てきたのです。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
リンジーさんが「内なる自己」と表現しているのは、「健康な部分」と言い換えても理解できますよね。
この「健康な部分」は、出来事や他者に対して多様性のある見方をすることができます。
これが『自分の思考に対するメタ認知的気づき(アウェアネス)』と説明した「こころの姿勢」のことです。(『自分自身に対する信頼感』『【治療記録6】体の空腹か?心の空腹か?』参照)
最終的に自分を救ってくれるのは、自分自身への共感、つまり自分の感情やニーズを知性と理解をもって見る能力です。
そして、深い癒しが起こるように、痛みをゆっくりと切り抜ける助けとなってくれるのは、痛みと「一緒にいる」ことができる力です。
共感することで、自分の置かれている状況を自分や他人のせいにすることなく、そして自分の傷を否定することもなく、子ども時代と乱れた食行動とのつながりを認識できるようになるのです。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
幼少期からの「未解決の問題」にとり組むことで、「自分自身の心の真実」を発見し、「自分自身の姿に調和した生き方」、すなわち「深い自己肯定感(『摂食障害の考え方のクセと深い自己肯定感』参照)」によって自分自身の心に「本当の栄養」を与えることができるようになります。
自分自身に与える「本当の栄養」は、過食症からの回復の最後のステップである「自分自身への共感(セルフ・コンパッション)」なのです。(「自分が自分の母親になる」を参照してくださいね)
「自分に対して正直になる(セルフ・コンパッション)」ことで内的な構造変化(情緒的発達)が起きてくると、対人関係において「互恵性(与えることと受け取ること)」という安定した愛着行動(外的行動変容)を起こすことができるようになり、対人関係(愛着関係)の代理としての摂食障害行動を必要としなくなるのです。
そして最終的には、患者さんは「治療」という枠組みから離れて、現実の社会の中で、他者との愛着(アタッチメント)関係を構築し、維持する能力を身につけていく必要があるのです。
このようにして過食や過食嘔吐からの回復をめざすのが、愛着志向の対人関係療法のすすめ方です。コミュニケーションに焦点を当てる対人関係療法にとり組んでいて回復途上にある人は、この取り組み方を試してみるといいかもしれませんね。
院長