過食と嘔吐の衝動性
「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」の「衝動性」は、「性急自動衝動性(状況判断なしにすぐに行動してしまう)」と、「報酬感受性(早く報酬を得られるならば少なくてもかまわない)」の2つで理解されています。
「神経性過食症」や「過食性障害(むちゃ食い症)」では、「過食衝動」には自己制御障害としての「性急自動衝動性の亢進」が関係しているとされます。
一方、「摂食嗜癖行動」の「習慣性」や反復性、固執性、自動性については「報酬感受性の亢進」が関与していることが推測されています。
「対人恐怖的回避型アタッチメント」から生み出された「孤独」「自己嫌悪」「不安」に対して、リンジーさんはさらなる「強迫性」と「衝動性」を展開させていきます。
常に人々が周囲にいるというプレッシャーに耐えかねて、私は二年目になると大学の敷地外に引っ越しました。
(中略)
私を緊張させるような人たちが周りにいなくなるので、新しい場所に移れば、食べて吐くのはやめられると信じていました。運動をして、強い意志をもって痩せて、そうなれば「世界は私のもの」になると思っていました。
しかしそうはいかず、一人になるやいなや、過食嘔吐がまたもや私の人生の支配者になってしまいました。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
この時期のリンジーさんの「乱れた食行動(摂食障害症状)」は、他者の心や自分の心理を内省(メンタライズ)することから距離を取ることで情緒的な動揺を回避し、自己の存在の不安定さを「乱れた食行動(摂食障害症状)」という「報酬」によって刹那的に補っている状態、と考えることができます。(『家族関係とひとり暮らしと乱れた食行動』参照)
自分の心の状態が「乱れた食行動(摂食障害症状)」とその実体的効果だけで理解されるような「報酬感受性の亢進(習慣性・強迫性)」は、「性急自動衝動性の亢進(衝動性)」を伴うようになります。
私が食べ物を盗み始めたのはこの頃のことです。
クッキー1袋やバター1パックを盗むと、最高の達成感を経験しました。全寮制学校で盗みを働いたときに感じたものと同じような感覚でした
私は自分のものではないもの、自分には禁じられていたものを求めていたのです。
とはいえ、一つ大きな違いがありました。私は品物を返す気などなかったのです。
およそ半年後、スーパーマーケットで私はカロリーゼロの甘味料500グラムをハンドバックに入れた状態で捕まり、スーパー経営者に刑務所行きだと脅されました。私は「改心する」と約束をし、盗みはそこでやめられたのですが、過食は大いなる威力を持ったまま続きました。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
過食嘔吐の症状を有する患者の中で、反復的な自傷、自殺未遂、万引き、薬物の乱用や依存、性的乱脈など多様な衝動性を示す一群を「多衝動性過食症」と呼びます。
「多衝動性過食症」では「性急自動衝動性の亢進(状況判断なしにすぐに行動してしまう)」が示唆されています。
リンジーさんが体験した食べ物を盗むことに関連して、いわゆる「窃盗」は摂食障害患者の数人に1人が経験しているといわれます。
摂食障害患者の窃盗のメカニズムとしては、経済的理由やストレスのはけ口と思われるものなどさまざまだが、本人自身が理由を説明できない場合が多い。
狭義の窃盗症(クレプトマニア)のように窃盗直前のスリルを味わうタイプは少なく、盗った品物に執着がある点なども一般の窃盗症と異なる点であり、摂食障害特有の病的なコントロール欲求と関連がありそうである。
いずれにしても、強迫的に窃盗欲求が生じて習慣化し、制止がきわめて困難で再犯を繰りかえるケースが少なくないことも合わせ考えると、この窃盗癖も嗜癖症状と理解すべきだろう。
野間「摂食障害における嗜癖性の臨床的意義」精神科治療学 33(11): 1321-1325, 2018
リンジーさんも食べ物を盗むことで「達成感」「手に入れることへの執着」があったと書かれていますので、これも摂食障害特有の「病的なコントロール欲求」なのでしょう。
窃盗は過食症患者に限らず制限型拒食症や選択摂食(回避・制限性食物摂取障害に含まれる)でも見られます。また、過食症患者が「報酬」として手に入れることに執着するのに対し、ASDの傾向を有する患者では、溜め込み症に似た収集行動や、食べ物を手遊びのよう触ってしまう行動として見られるなどの違いがあります。
結婚していた五年の間、毎日繰り返される私の過食嘔吐のやり方は、どんどん儀式的で特殊なものとなっていきました。
(中略)
事実上毎日、多くて五回の過食嘔吐を九年間もした後では、いくつかの身体的な副作用が気がかりになっていました。
(中略)
それでも、狂気じみた過食嘔吐、健康の衰え、どんどん疎遠になる夫婦関係、孤立、自尊心の低下、抑うつ気分、恥ずかしい秘密など、徴候がはっきり出ているにもかかわらず、私は自分が深刻な問題を抱えているという事実に目を向けようとはしませんでした。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
今回は過食症の「衝動性」について焦点を当てていますが、リンジーさんのように「排出性障害」から「過食を伴う排出性障害」に移行した人の場合、「衝動性」が高まると「強迫性」も強くなっていきます。
それがリンジーさんの「九年間に及ぶ強迫的な過食と嘔吐」の特徴である「儀式的で特殊な過食嘔吐」であり、「毎日、多くて五回の過食嘔吐」です。
一般的な「神経性過食症」では過食嘔吐はせいぜい1日に1〜2回のことが多いようです。
しかし自己誘発嘔吐(排出性障害)で発症し、吐くための過食を伴うようになった摂食障害の場合は、過食嘔吐が一晩のうちに何度も繰り返され、嘔吐するための飲料(水や炭酸水、あるいはジュース類)を大量に使うのが特徴です。
自己誘発嘔吐で発症し吐くための過食を伴う摂食障害は、一見、神経性過食症のように見えますが、治療焦点が神経性過食症とはかなり異なり、自己誘発嘔吐で発症し吐くための過食を伴う摂食障害は強迫性障害として治療する必要があるのです。
この時期のリンジーさんは、問題を抱えていると思っていない、あるいは、今の状態を変えたいと思っていない、「前熟考期」に留まり続けていますよね。
「行動変容を動機づける5段階」のうちの「前熟考期」は、「摂食障害から回復する10の段階」のうち「1.私には何も問題なんてない」「2.もしかしたら問題なのかもしれない、でも大したことはない」「3.私には問題がある。でも気にしない」の段階です。
このように、「神経性過食症(過食嘔吐)」や「過食性障害(むちゃ食い症)」では、回復するためには「行動変容への動機づけ」が回復の鍵を握っているのです。
院長