適応障害の診断に潜む発達障害特性
『適応障害は病気なのか?』で、「適応障害」について説明しました。
「適応障害」とは、社会的環境(ストレス要因)に対して順応・適応する行動が十分にとれずに機能不全(適応不全)を起こしている状態でしたよね。
つまり「適応障害」は、メンタル疾患というよりもストレス因に対するストレス反応につけられた診断名であり、内因性あるいは心因性の精神疾患とは異なり、疾患(病気)と考えない方がいい、という旨を説明しました。
適応障害は病気なのか?
本来であれば順応や適応が生じるはずの社会的環境に対して、「適応障害」あるいは不適応、適応不全などが生じるその背景には、診断閾の自閉スペクトラム症(ASD)や、閾値下(グレーゾーン)の自閉スペクトラム特性(発達特性)にもとづく、ストレス脆弱性があると考えられています。
一方、ICD-11の「適応障害」の診断基準では、鑑別疾患として、パーソナリティ障害や自閉スペクトラム症がある場合は「適応障害」と診断しない、ことが明記されているのです。
ストレスの多い人生経験によって精神障害が誘発されたり悪化したりすることはよくあることである。さらに、多くの精神障害では、ストレス因子に対する不適応反応、ストレス因子へのとらわれ、過度の心配や反芻、適応の失敗などの症状がみられる。
これらの症状を説明できる別の精神障害(例えば、一次性精神病性障害、気分障害、ストレスに特異的に関連する別の障害、パーソナリティ障害、強迫性障害または関連障害、全般性不安障害、分離不安障害、自閉スペクトラム症)が存在する場合、ストレスの多いライフイベントや状況の変化が症状の増悪につながったとしても、適応障害という別の診断を下すことは一般にすべきではない。
ICD-11 platform “Adjustment Disorder”
上記をふまえて、自閉スペクトラム症(ASD)や自閉スペクトラム特性(発達特性)がある場合、これまで「適応障害」のかわりに「適応不全」の語を使っていたのです。
産業医として社員さんと面談するとき、あるいは精神科臨床医として適応不全を起こした患者さんを診断するとき、その背景にある自閉スペクトラム症(ASD)や閾値下(グレーゾーン)の自閉スペクトラム特性(発達特性)を3つに分けて考えています。
①診断閾の自閉スペクトラム症(ASD)の人
診断閾の自閉スペクトラム症(ASD)の人たちは、注意の切り換えが苦手なことが特徴です。
自己流の解釈で仕事を進めてしまい、興味がないと周囲にも相談せず、放置してしまうこともあり、周囲からみるとすごく身勝手に見えることもあります。
対人関係では助言を叱責・非難と被害的に捉えてしまい、しばしば「パワハラだ」と苦情を主張する一方で、何度も長文メールを送りつけてくるなど、しつこいと思われがちです。
このタイプの人は、『適応障害は病気なのか?』の最後に登場してもらいましたよね。
このような診断閾ASDの人が医療機関を受診すると、興味のないことへの意欲のなさと楽しみの消失から「うつ病」と誤解されやすく、以前に一世を風靡した「新型うつ病」などはこのタイプと考えられます。
また、このタイプの人は、怒りコントロールが困難な事を主訴に、治療を申し込まれる場合があります。
怒りコントロール、つまり易怒性や不機嫌などの性格行動障害の背景に、ASDに伴うてんかん(約30%に合併すると言われています)や、てんかん性格がある場合が多いようです。
易怒性や不機嫌などの性格行動障害の鑑別も含めて脳波検査が必要不可欠ですし、治療で用いられる抗てんかん薬は特定薬剤に分類されており定期的な血中濃度測定が必要ですが、こころの健康クリニック芝大門では脳波検査も血液検査もできないので、感情コントロールの問題についてはお受けしていないのです。
②診断閾値下ではあるものの濃いグレーゾーンの人たち
このカテゴリーに該当する人たちは、すごく真面目で本人も一生懸命なのですが、手順がわからない、要領が悪く、飲み込みが悪いため、本人も周囲もほとほと疲れ果ててしまい、人事評価がなかなか上がりません。
以前、ある企業の産業医の先生が、うつ病ではないか?休職の適応ではないか?と社員さんを紹介してこられたことがあります。
上記の特徴を満たしたため、適応障害やうつ病ではなく、濃いグレーゾーンの自閉スペクトラム特性(AS特性)に該当する不適応と、診断し職場での働き方を見直していただいたケースがあります。
このようなケースに対しては、個別指導マニュアルを充実させてもらうこと、ランダムコミュニケーションを避けて、主語と述語を明確に短いフレーズでのコミュニケーションあるいは筆談で対応してもらうこと、一人で完結できる専門的な業務に変更するなど、合理的配慮について産業医の先生を通じて会社お願いしたところ、なんとか今でも就労継続できています。
③閾値下の淡いグレーゾーンの特性
いちばん多く目にするタイプです。
真面目で人当たりの良い常識人ですが、不安が高いので新しいことには尻込みしてしまいます。
その一方で頼みを断れず、また相談も得意ではないため、一人で仕事をかかえ込んでしまいます。
上司の方は、困ったら相談に来るだろうとまかせていると、事態はますます悪化し、不安からの過剰適応によって疲労困憊し、ある日突然ダウンしてしまう、ということが起きてしまいます。
このタイプの人に対して環境調整を行うためには、できれば上司から勤怠や業務中の様子、業務量や支持した業務の仕上がり具合などのパフォーマンスについて話を聞き、治療につながる適切な環境調整を行う必要があります。
今後は、「適応障害」という診断名での休職の弊害と問題点、そしてリワークでの治療内容などについても考えて行く必要がありそうですよね。
院長