さまざまなうつ病・うつ状態と適応障害の治療とリワーク
『「適応障害」とまぎらわしい疾患』でジマーマンらの「特定不能のうつ病性障害」と「適応障害」の比較研究を引用したことがあります。
ジマーマンの報告では、「適応障害群では食欲不振、体重減少、不眠がより多く認められたのに比して、特定不能のうつ病性障害群では興味関心の喪失、食欲亢進、過眠、決断力低下、アンヘドニアがより多く認められた」とされています。
『生物心理社会モデルからみた適応障害の治療とリワーク』で図示したように、「適応障害」は本人の「心理的要因の比重が大きいもの」と、「社会的要因の比重が大きいもの」があります。
ジマーマンの報告にある「特定不能のうつ病性障害」と「適応障害」はどちらも、Z軸(生物学的要因)の方向に増悪したもの、と考えることができそうです。
臨床においては、うつ病と適応障害をカテゴリーに分けず、スペクトラムで評価することになるだろう。
一方で、診断書はカテゴリー診断名を記載することになるので、このことが現場の混乱を生んでいると思う。
徳山. うつ・適応障害をめぐって. こころの臨床 225(9): 26-30. 2022
「生物-心理-社会モデル」は、生物学的要因・心理学的要因・社会的要因(環境要因)について、ディメンジョンあるいはスペクトラムで考えていきますから、上記の引用にあるようにカテゴリーを横断する診断が付く場合があるのです。
2種類の「適応障害」(心理的要因の比重が大きいものと、社会的要因の比重が大きいもの)と、さまざまな「うつ病・うつ状態」について、「生物-心理-社会モデル」ではどう理解できるのか、について考えてみましょう。
現在、精神科の外来には、次のような患者さんたちがひしめいています。
- 反応性の抑うつ状態(多くは治療不要)
- 過酷なストレスによるうつ病(つまり一線を越えてしまった。治療も必要だし環境改善も必要)
- さほど過酷でないストレス下なのに生じたうつ病(治療が必要)
- パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態(治療というよりは自分の心とのつきあい方を学ぶべき)
- 他の精神疾患に由来する抑うつ状態(その精神疾患への治療が必要)
どれも「うつ」ではあるが重症度も治療法も大きく異なる患者さんです。そして医師によっては、どの患者さんにも一律に抗うつ薬を処方しているので(馬鹿ですね、明らかに)、ますます事態は見極めにくくなっています。
春日武彦『はじめての精神科』医学書院
まず、多くは治療不要である「(1)反応性の抑うつ状態」についてです。
「反応性の抑うつ状態」と呼ばれるものがあります。
試験に落ちたり、リストラにあったり、恋愛が破綻したり、そうした気落ちする出来事に直面すれば誰だって「うつ」っぽくなる。身体の病気を患っても、症状のつらさや経過に対する懸念から「うつ」に陥りやすい。
こうした経緯は分かりやすい。納得がいく。でも、(反応性の)うつ状態になるのは決して不自然ではないが、だからといってそれがそのまま「うつ病」のレベルにまで発展するとは限らない。大概は一過性のうつ状態で終わってしまうものでしょう。
上記のような落第、失業、失恋、身体疾患といった状況が解決さえすれば、うつ状態も改善するのが普通ですから、ならば治療ではなく困難状況への取り組みを優先させるべきです。たとえ困難状況の解決が難しい場合でも、時の流れが癒してくれる場合が多い。我慢が可能な範疇であるならば、さしあたっては医療の対象外ということになる。
春日武彦『はじめての精神科』医学書院
「(1)反応性の抑うつ状態」は、図でいうと社会的要因(環境≒出来事)と心理的要因からなるディメンジョン(拡がり)の中に位置します。
この「(1)反応性の抑うつ状態」は、心理的要因を背景に、社会的要因(出来事)に対する不適応反応が起きている状態、と考えることができます。
「(1)反応性の抑うつ状態」のきっかけとなる「落第、失業、失恋、身体疾患」などは、人間であれば誰しも遭遇する出来事ですから、社会的要因(環境≒出来事)よりも心理的要因の方に重点があるようです。
ですから治療の方針は心理社会的治療が主になり、場合によってはカウンセリングを勧める事があります。
「(4)パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態」も「(1)反応性の抑うつ状態」に近い状態と考えられます。
この場合は「治療(薬物療法)というよりは自分の心とのつきあい方を学ぶ」、つまり自分と向きあうカウンセリングを勧めることがあります。
ところが「(4)パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態」が、うつ病や双極性障害などの気分障害とみなされることが多く、その場合は往々にして薬物療法が多剤大量処方になってしまいます。
先日、良くならないから減薬して欲しい、という方から受診相談に電話がかかってきました。
それにしても、抗てんかん薬、気分安定薬、抗うつ薬、第二世代の抗精神病薬、抗不安薬など、多剤大量投与を受けられていて、とくに抗てんかん薬、第二世代の抗精神病薬の量があまりにも多いことに違和感を覚えました。
4種類以上の多剤投与を受けていらっしゃる方はお受けしていないこと、さらに、他院で処方された薬の減薬は行っていないことをお伝えし、症状や減薬の希望について主治医の先生と相談していない、ということでしたので、何かアドバイスできることがあるかもしれないと考え、状況を詳しく聞いてもらいました。
折り返しの電話をしたところ、すでに着信拒否が設定されており、速攻でクチコミに長い悪評を書かれていました。
こころの健康クリニック芝大門では、生物学的要因を軽減して心理社会的治療を進めやすくするために、少量(場合によっては微量)の薬物療法を併用しています。
多剤大量処方を受けられている方には気の毒ですが、4種類以上の多剤処方(複数の抗うつ薬や抗精神病薬)を受けていらっしゃる方は、こころの健康クリニック芝大門への転院はお断りしているのです。
断っている医療機関は、ある意味健全です。
複数のベンゾジアゼピン系薬物を含む数種類以上の向精神薬の多剤併用の害を承知していて、そのような処方は出さないと決めているところでしょう。
あちこちの病院を受診し、多剤併用になり、「患者のプロ」(体験談1より)になれば、体験談1や3の患者さんでも断られることがあるでしょう。
原井『うつ・不安・不眠の薬の減らし方』秀和システム
多剤大量処方、特に、抗てんかん薬、抗うつ薬、第二世代の抗精神病薬などは、認知機能障害を引き起こすこと、また、抗不安薬は依存性の問題とともに、気分耐性を下げ気分変動が大きくなることは周知の事実です。
多剤大量療法では、往々にしてこのような認知機能障害が起こりやすいのです。
また「処方にはその人の治療の歴史がある」ことは、精神科医なら誰でも知っていることです。この薬が選ばれた理由、そして、その量になった理由があるはずです。そのことを知らずして、減薬は不可能なのです。
当クリニックは、他の医療機関での診断や治療内容の責任はありません。まずすべきことは転院ではなく、主治医の先生に処方薬の内容や治療方針、減薬について相談するのが道理でしょう。
自分が取り組むべきことに向きあわずに、受診したこともなく、治療責任もないこちらの医療機関に文句を言うのはお門違いも甚だしい、と思うのです。
折り返し電話の前に着信拒否を設定されていたこと、そして、思い通りにならないことに怒りを覚えたと悪評を書かれたクチコミを読んで、抗てんかん薬と第二世代の抗精神病薬の量の多さも「(4)パーソナリティの偏りに由来する」のだろうと、納得できました。
さらに余談ですが、上記引用の「医療の対象外」となる状態や「(4)パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態」に対して、4つの苦しみを説明する事があります。
4つの苦しみとは、(1)愛するものと別れる苦しみ、(2)嫌いな相手と会う苦しみ、(3)求めるものが得られない苦しみ、(4)心身を思うようにコントロールできない苦しみ、といった、人間が生きていく上で避けて通れない苦しみのことです。
人間が生きていく上で避けて通れないこれらの苦しみを追い払おうとしたり、感じないようにしようとしたりすると、苦痛はさらに大きくなり「苦悩」という形で覆い被さってくることになります。
この「苦悩」の診立てを間違えて薬で解決可能かもと誤った期待を抱くと、いきおい多剤・大量処方につながってしまうのです。
さて次に、長時間労働や過重労働など社会的要因(環境要因)の影響が大きい、「(2)過酷なストレスによるうつ病・うつ状態」は、どう考えられるのでしょうか。
では過重労働のケースはどうなのか。あまりにも過酷で睡眠や食事の暇すら満足に与えられないような労働が長時間持続した場合、それでも休息を与えられれば当人は以前のように元気を取り戻すものなのか。
そうはならない。どうやら一線を越えてしまったようで、もはや重圧がなくなっても自然回復は望めない。石が急斜面を転がり落ちるように「うつ」が進んでいき、へたをすると自殺に至ってしまう。
春日武彦『はじめての精神科』医学書院
過重労働など「(2)過酷なストレスによるうつ病」の場合は、「社会的要因の比重が大きいもの(図の「適応障害b」)の介入には環境調整が大きな役割を果たす。これらの介入が早期に行われないと次第に脳への負担が大きくなり、生物学的な問題(図の「うつ病d」)に発展」した状態、と理解することができます。(徳山. うつ・適応障害をめぐって. こころの臨床 225(9): 26-30. 2022)
職場の対人関係による「適応障害」は、「(1)反応性の抑うつ状態」や「適応障害b」に近い状態と考えられます。
図で示した「過重労働」や「適応障害b」であれば、業務軽減や部署異動などの環境調整で対処が可能なのです。
しかしこの状態への対応が遅れ、脳への負担というZ軸(生物学的要因)が加わると(一線を越えてしまった)、「うつ病c」や「うつ病d」という「(2)過酷なストレスによるうつ病」になります。
「(2)過酷なストレスによるうつ病」「うつ病d」および「うつ病c」の治療方針は、休養と薬物療法で心身の負荷を減らしていくのが最初の治療になります。
そして回復期のリワークプログラムで、セルフケア・スキルとストレスコーピング(対処能力)を学び、職場と連携して復職後の環境調整を行うという治療になります。
過酷なストレスがなくても、うつ病・うつ状態を発症することが知られています。
だがそのいっぽう、メーターの針が振り切れてしまうほどのストレスではなくとも、うつ病になってしまう場合もあるらしい。離婚や転勤、配偶者の死、更年期−−これらはたしかに人生そのものに「揺さぶり」をかけてくるが、大概の人々は何とか乗り切る。そんなものを契機にうつ病になってしまうのは、つまり心の鍛え方が足りないからなのか。もちろんそうではありません。
(中略)
しばしば、今までの生活パターンが守れなくなるような状況(他人から見ればちょっとしたストレス程度にしか映らないことも多い)が指摘されます。パートナーとの死別や離婚、身体疾患や経済問題の発生、AI導入で仕事内容が大幅に変わったとか、昇進や転勤・転職(これも仕事内容が大きく変わる)など。
昇進や結婚、出産などのおめでたいことでも、本人的には生活パターンの激変ということで危険因子となる。結局、以前のパターンに固執し、それがために現状に対応しきれなくなり、そこに内因がからんでうつ病に結実するのでしょう。
春日武彦『はじめての精神科』医学書院
「(3)さほど過酷でないストレス下なのに生じたうつ病」は、図では「変化に伴ううつ病」として示しました。
また、「(1)反応性の抑うつ状態」に脳への負担というZ軸(生物学的要因)が加わった「うつ病c」も「(3)さほど過酷でないストレス下なのに生じたうつ病」と考えることができます。
「変化に伴ううつ病」と「うつ病c」は、薬物療法とともに再適応のための新たなストレスコーピング(対処能力)を学んでいくことが、リワークでの治療方針になります。
次に、「抑うつ神経症」あるいは「神経症性抑うつ」と呼ばれていた状態について考えてみます。
このタイプは、生物学的要因を基盤にして、社会的要因に対する心理的反応が大きく出るタイプです。
図でいうと「うつ病c」に近い状態ですね。
慢性のうつ病である「気分変調症(持続性抑うつ障害)」は対人関係療法による治療(心理社会的治療)を行いますから、これも「うつ病c」に該当すると考えることができますよね。
「パニック障害」や「対人恐怖」、「全般性不安障害」などの不安障害も、「うつ病c」に近いものと考えることができます。
一方、「PTSD」や「複雑性PTSD」、「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(極度ストレス障害)」などのトラウマ関連障害は、「うつ病c」に、「再体験症状(フラッシュバック)」や「過覚醒症状」などZ軸(生物学的要因)が大きく加わった状態と考えられます。
この場合は、本人のセルフケア・スキルとストレスコーピング(対処能力)を高める心理社会的治療に加えて、トラウマ反応への生物学的治療(薬物療法)が必要であることは明白ですよね。
こころの健康クリニック芝大門の職場復帰支援プログラム(リワーク)では、「生物-心理-社会モデル」をもとに一人一人の心身の状態をディメンジョンとして理解し、個別の治療課題を設定して心理社会的治療を行っています。
こころの健康クリニック芝大門の職場復帰支援プログラム(リワーク)では、「適応障害」や「うつ病・うつ状態」だけでなく、「不安障害」や職場の人間関係による「トラウマ関連障害」など、さまざまな患者さんも受け入れています。
診断名にとらわれることなく、リワークプログラムでの個別の心理社会的治療方針を設定できることが、こころの健康クリニック芝大門の職場復帰支援プログラム(リワーク)が他の多くの医療リワークと異なる特徴なのです。
さまざまなうつ病・うつ状態について、「生物-心理-社会モデル」で考えてみました。
このブログをお読みの皆さんも、自分は図のどこに位置するのか、そしてその状態に対して適切な治療を受けられているか、自分の状況をふり返ってみてくださいね。
院長