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複雑性PTSDと発達性トラウマ障害

[2022.09.07]

ICD-11の「複雑性PTSD」の診断基準、そして、診断基準には採用されませんでしたがヴァン・デア・コークらが提唱した「発達性トラウマ障害」の概念を見較べると、「発達性トラウマ障害」はPTSDの基準を完全には満たさない「不全型の複雑性PTSD」のようです。

 

同時に、愛着の障害を基盤にしたASDやADHDなどの「神経発達症特性」と重なりあう感情調節の障害・自己イメージの障害・対人関係の障害をあわせもつ「自己組織化の障害」を主徴とする病態と考えることができそうです。(『発達障害特性と傷つき体験にともなう自己組織化の障害』参照)

発達障害特性と傷つき体験にともなう自己組織化の障害

「発達性トラウマ障害」を引き起こす契機となる虐待やネグレクト、あるいはトラウマは以下のように定義されています。

 

では「児童期虐待」とはどのようなものだろうか。

連邦法によればこのような虐待は「(子どもの)死亡や、深刻な身体的あるいは感情的な被害や、性的虐待または搾取をもたらすような、親もしくは養育者による行為もしくは行為の欠如。あるいはただちに深刻な害を生じる危険のある行為もしくは行為の欠如」だと定義されている。

(中略)

「トラウマ」という用語の医学的定義は、「身体が自然に防御することのできない強大な力によって身体の一部が突然損傷し、身体の自然な回復機能によってその損傷から回復すうことが出来ず、医学的な処置を必要とするような事態」というものである。

クロアトル, 他. 『児童期虐待を生き延びた人々の治療』. 星和書店

 

上記を読むと、ネグレクトを含む虐待もトラウマも、「深刻な身体および感情の損壊」と定義されていますね。

 

性的虐待や搾取についても触れられています。

 

DSM-IV-TRのPTSDの診断基準の解説によれば、性的虐待がトラウマに分類される理由は、それが「自己の身体的な統合を深刻に障害するか、そうした脅威をもたらす……ような出来事である」ためである。

性的虐待によって「身体的な統合の脅威」を体験することは子どもの身体全体が踏みにじられたのと同じことである。

性的な目的で身体に触れることについて、子どもがその意味を理解したうえで同意することはあり得ない。身体というのは自己にとって本質的で最も基本的な領域であるが、子どもへの性的な加害者は他者のもつそうした身体を支配している。

クロアトル, 他. 『児童期虐待を生き延びた人々の治療』. 星和書店

 

杉山先生は『テキストブックTSプロトコル』のなかで、「子ども虐待、DV、長期にわたる戦闘体験、強制収容所など長期間反復される恐怖体験(慢性反復性のトラウマ)が、単回性のトラウマとは全く異なった臨床像を作る」「テアのⅡ型トラウマ、慢性トラウマとはこころの疵ではない。脳の変形と機能異常を引き起こす脳の傷なのである」と述べていらっしゃいます。

 

単回性のトラウマに伴う影響は、「急性ストレス反応」「他の重度ストレス反応」や「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」、あるいは「適応障害」などと診断される臨床像を呈することが知られています。

一方、反復性のトラウマでは、「トラウマ的イベントに関連する引き金刺激によって、全身を巻き込んだ過剰反応が生体に生じてくる。それは想起ではなく再体験であり再演という形をとる」とされています。

 

生命の危機を関するトラウマだけでなく、トラウマの出来事基準を満たさない傷つき体験によって典型的なPTSDの症状を呈する場合も、不全型PTSDとして対人関係の中での再演・再現という形をとる場合もあります。(杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社)

 

近年の追跡研究からは、トラウマへの最初の、あるいは直後の反応として、PTSDの診断基準に記述されているような症状が生じることがわかっている。

トラウマを体験すると過覚醒となり、集中力が低下し、いらだちやすく、眠りにくくなる。場所や時間の感覚も不確かとなる。出来事についてのイメージや考えが心の中で絶えず繰り返して再現される。

しかし、多くの人が驚くだろうが、数日から数週間で回復の歩みが始まり、思いがけない出来事が生じたという現実は薄らいでいく。

あれほど特別だった出来事も、さまざまな出来事の中に位置づけられて意味が考え直され、出来事のために自分や世界に対する見方がどのように影響されたのかも検討できるようになる。

けれども正常反応としてのPTSDが慢性化し、回復せずに持続する人々もいる。

クロアトル, 他. 『児童期虐待を生き延びた人々の治療』. 星和書店

 

虐待があったから「複雑性PTSDかもしれない」「愛着障害といわれた」云々と、診療申込をされる人がいらっしゃいます。

 

上記にもあるように、虐待や性的虐待、外傷性イベント体験は、「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」の必要条件ではあっても、十分条件ではありません。

外傷性イベント体験があったとしても「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」が発症するとは限らないのです。

 

「愛着障害」についても同じことが言えます。

報告では、愛着対象に対して関心がない、あるいは、何も(滅多に)反応が起きない「反応性愛着障害」はきわめて稀で、ルーマニアの孤児院でも10%とされています。

 

精神科の診断とは、病因による診断ではなく、臨床症状による、理念型診断である。

このような診断の視点から見たときに、子ども虐待と発達障害とは複雑な相互関係を示す。何より、被虐待児が発達障害の診断を受けているという現実がある。

素因も何もないところから発達障害は生じないという誤解がある。そんなことはない。子ども虐待によって、遺伝子スイッチに変化が生じ、アロスタシスが生じ、脳波に異常が生じ、脳に器質的機能的変化が生じる。これを発達障害と言わずして何と呼ぼう。

(中略)

極端なネグレクトによって、自閉症類似の症状を子どもたちが示すようになることは以前から指摘されていた。

ラターを中心とする一連の研究によって、その一部は、ライフタイムに渡り残り続けることも徐々に明らかになってきた。

さらにより一般的な被虐待児において、安心がない中で育った子どもたちにおいては、戦闘モードが持続するため、多動、注意の転導性、さらには社会性の欠落が生じるため、カテゴリー診断を用いると、ASD/ADHDの診断になる。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

上記で述べられている「アロスタシス」とは、生体維持のためのホメオスタシスの反応過程で変化することで体内環境の安定性(ホメオスタシス)を維持することを意味し、急性のストレスに対し適応していくプロセスを説明する概念として「動的適応」とも呼ばれます。

 

養育者やそれに近い大人との対人関係の中で繰り返される外傷性イベント体験にともなう症状は、当時は生き延びるための適応的な反応であったはずです。

しかしそれらの反応は、青年期以降、外傷性イベント体験が過去のものとなった後は、感情調節障害をともなう対人関係の問題として、続いていくのです。

 

それらを「発達性トラウマ障害」あるいは「DESNOS(他の特定されない極度ストレス障害)」と呼びます。

 

「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(他の特定されない極度ストレス障害)」は、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の発達障害特性が目立つことが特徴です。

 

さらに「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(他の特定されない極度ストレス障害)」では、双極性障害やうつ病などの気分障害、パニック障害や対人恐怖などの不安障害、非定型過食症などの摂食障害、アルコールやタバコあるいはカフェインなどの嗜癖性障害、解離性障害など、診断カテゴリーを横断するさまざまな臨床像を呈するのです。

 

院長

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