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過食・過食嘔吐と解離とトラウマ

[2023.12.18]

解離構造から見たトラウマ治療と摂食障害治療』で、過食や過食嘔吐などの摂食障害の治療に対して、解離症の治療に使われている「内的家族システム療法」が役に立つかもしれない、と書きました。

摂食障害と解離がどう関係するの?と、突然すぎて面食らった方も多かったかもしれません。

解離構造から見たトラウマ治療と摂食障害治療

摂食障害症状と解離症状

実際、「摂食障害患者は健常者と比べて解離傾向が強い、あるいは、摂食障害傾向と解離傾向とは相関している、という報告が多数なされている」のです。(野間. トラウマ、解離と摂食障害. 日本摂食障害学会雑誌 3(1): 22-27, 2023)

 

そもそも解離とは、ICD-11では「自己同一性,感覚,知覚,感情,思考,記憶,身体運動の制御,行動のうち1つ以上の正常な統合における不随意的な破綻や不連続性によって特徴づけられる」と定義されています。なんだか、わかりにくい定義ですよね。

 

上記の定義をもとに解離症は、ICD-11では身体的解離と精神的解離に分類されています。

身体的解離は、従来転換性障害(転換症)と呼ばれていたもので、運動,感覚,認知症状など10もの下位分類を有する「解離性神経学的症状症(従来の転換性(変換性)障害)」にまとめられました。

一方、精神的解離には、解離性健忘、トランス症および憑依トランス症、解離性同一性障害および部分的解離性同一性症、離人感・現実感喪失症、に分類されています。

 

このことは、トラウマ、重度ストレスがストレス関連症群の発症の必要条件となること、および解離症状の病態についての見解が整理され、分類原理とした他の要因よりも重視されることになったことを示している。

(中略)

他方、注目されるのは、解離症群のなかに虐待などのトラウマ的出来事への言及がみられることであり、それらには決して必要条件という立場は与えられていないが、冒頭に述べたようなストレス症群と解離症群の病因的近さを反映している。

金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021

 

重度ストレス(トラウマ)と摂食障害

虐待などの「重度ストレス」や「トラウマ」と「解離症群」、および「食行動障害および摂食障害群」との重なり合いについては、以下のように説明されています。

 

摂食障害の症状に着目すると、むちゃ食いエピソードと解離傾向の相関、肥満度と解離との相関、身体性解離(いわゆる転換症)の程度と過食行動や過食に付随する行動(過度の運動、下剤・やせ薬・利尿剤濫用)との相関が指摘されている。

(中略)

解離傾向があるということは、それだけ苦痛に耐えることができず、苦痛を病的なかたちで排除していると考えられる。

(中略)

摂食障害患者は、少しの恐怖刺激であっても過度に反応してしまうため、解離という病的症状で対処せざるを得ない場合もあるのだろう。

一部の患者は、否定的感情を抱いた際に解離(おもに現実感消失)が生じ、解離状態の中で否定的な感情を解消するために過食症状が生じていると考えられる。

野間. トラウマ、解離と摂食障害. 日本摂食障害学会雑誌 3(1): 22-27, 2023

 

上記では、恐怖刺激に対する反応としての解離症状および摂食障害症状が説明されています。

 

しかし恐怖だけでなく、怒りや嫌悪などの否定的感情、あるいは幸せとか嬉しいとかの肯定的感情も含め、「心が動いた状態」を解消するために、過食という食行動が使われることが知られています。

 

摂食障害に併存することの多いトラウマの種類に関しては、心理的虐待と心理的ネグレクトが多いという報告、交通事故や身体的暴行が多いという報告、性的トラウマが多いという報告など、さまざまである。ANBPに外傷体験(とくに性被害が多い)という報告もある。

(中略)

摂食障害という診断に限定しない食行動全般とトラウマとの関連については、成人期の性的暴行被害と過食排出、幼少期の性被害と食行動の乱れ、幼少期の逆境体験とストレス誘発性の感情的摂食など、トラウマと過食嘔吐の関連が多数指摘されている。

野間. トラウマ、解離と摂食障害. 日本摂食障害学会雑誌 3(1): 22-27, 2023

 

感情調節の問題と摂食障害症状

摂食障害患者には「心が動くこと」に対する感情不耐(感情制御の問題)があり、「心の動き」を解消するという報酬を得るために過食を繰り返す、と考えられているのです。

 

これは、「状況判断をすることなくすぐに行動に移してしまう」性急自動衝動性と、「少ない報酬であっても少しでも早く得ようとする」衝動過敏性、として説明されます。

その代表が、「多衝動性過食症」と呼ばれる病態です。(『多衝動性過食症と境界性パーソナリティ障害』参照)

多衝動性過食症と境界性パーソナリティ障害

感情制御や衝動性の問題は、「発達性トラウマ障害」では、「感応や情緒の調節の障害(感情爆発、情緒的不安定さ、感情の安定化困難)」、および、「感情、情緒、身体感覚の認識や言語化の困難」に加えて、「自己慰撫のための不適応的な行動や習慣性・反応性の自傷行為」、として診断基準に挙げられています。

 

また「複雑性PTSD」では「自己組織化障害」のうち、「些細なストレス要因に対する情動反応の亢進、暴力的な暴発、無謀または自己破壊的な行動、ストレス下の解離症状、感情の麻痺、特に喜びや肯定的な感情を経験できないことなどがある」と、「感情制御の困難」として診断基準に挙げられています。

 

摂食障害症状とトラウマと愛着(アタッチメント)

過食症状や食行動異常の背景にトラウマ(あるいはそれに準じた逆境的小児期体験)がある場合、感情制御・感情調節の困難の根源は、「愛着(アタッチメント)の問題」に行きつくようです。

 

摂食障害患者は、大事な人と離れるとその人が再び現れても距離をおくか(回避型)、あるいは混乱が大きくなるか(不安型)いずれかの、不安定なアタッチメントタイプを示すといわれている。

アタッチメントスタイルは幼少期にどれだけ安全感を補償される生育環境だったかに左右されると考えられていることから、摂食障害の中には、不安定な生育環境で育ったため感情制御がうまく行えず、その代償機能として過食が習慣化した者がいることが指摘される。

野間. トラウマ、解離と摂食障害. 日本摂食障害学会雑誌 3(1): 22-27, 2023

 

トラウマや逆境的小児期体験が背景にある食行動障害あるいは摂食障害に対する治療は難しいといわれています。

 

トラウマに焦点化した治療法は、純粋なPTSDには有効でも、摂食障害や解離を合併した場合にはうまくいかないことも多い。

摂食障害患者は、過食という行動化によってトラウマに由来する苦悩に対処してきているため、精神のレベルでトラウマ体験を受けとめることがすぐにはできず、トラウマを扱う治療を急ぐと摂食障害の症状が悪化してしまう可能性がある。

(中略)

Brewerton(註:ブリュワートン)は、PTSDを伴った摂食障害への治療法として、安定性と安全性の保証、栄養リハビリテーション、柔軟な精神療法、ハームリダクションと再発予防などの点に留意した統合的治療を提唱している。

野間. トラウマ、解離と摂食障害. 日本摂食障害学会雑誌 3(1): 22-27, 2023

 

時に、過食や過食嘔吐に対して抗不安薬が投与されている場合がありますが、抗不安薬は感情耐性を高めるわけではなく、逆に、脱抑制を引き起こし、感情不耐(感情制御の問題)に伴う過食症状は増悪します。

トラウマや解離を伴う過食症の場合は、抗不安薬は禁忌と考えた方がいいでしょう。

 

結局、トラウマの治療を行おうとすると過食が悪化し、過食の治療のためにセルフモニタリングを進めるとトラウマ症状(とくに再体験・侵入症状)が悪化するため、ブリュワートンが提唱しているように、その人に合ったトラウマインフォームドケアと過食症の心理教育を含めた柔軟な精神療法が必要不可欠ということです。

 

治療を希望される方は、こころの健康クリニック芝大門に申し込んでくださいね。

 

院長

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