複雑性PTSD・発達性トラウマ障害と発達特性
「発達障害素因(自閉スペクトラム症(ASD))」あるいは「発達特性(非障害性の発達障害特性(AS特性))」や、「注意欠如多動(ADH)素因」をもつ人たちは、傷つき体験やトラウマ体験、虐待など「逆境的小児期体験」との親和性が高いといわれています。
「AS/ADH特性」に伴う逸脱行動やコミュニケーション不全によって、養育者を含む周囲の大人から虐待的養育による矯正を引き出しやすく、また、このような虐待により「AS/ADH特性」に似た臨床像を呈する、ニワトリ・タマゴ論争を引き起こされる傾向があります。
一方、児の「AS/ADH特性」が淡いものであっても、虐待的養育者の方に発達障害素因や被虐待体験があると、虐待的養育が引き起こされやすくなります。
乳幼児期の養育者との関係不全は、その関係の中では適応的ではあるものの、「愛着(アタッチメント)」の問題を引き起こします。
あらためて「愛着障害」とは?
ここで「愛着障害(アタッチメント障害)」について、あらためて明確にしておきましょう。
子ども虐待の後遺症である反応性愛着障害において、発達障害に非常によく似た臨床像を呈することが以前から指摘されており、ニワトリ・タマゴ論争を引き起こすからである。
(中略)
反応性愛着障害とは、子どもがこの「安心」感を得られない状態で育ったときの後遺症である。極端なネグレクト状態に置かれた子どもにおいて、ASDと鑑別が困難な状態になる場合がある。
(中略)
このグループに対して治療的関わりをしながらフォローアップをしていくと、あるものは臨床像が大きく変化し、重篤な愛着障害児であったことがわかる。
一方あるものはこのような変化がなく、子ども虐待の前にすでにASDの基盤があった子どもと識別できる。
しかし著者の経験では、ASDから愛着障害への診断変更があった最年長は8歳であり、9歳以上にそのような例が見当たらなかった。つまり臨界点があるようなのだ。
著者がチャウシェスク型自閉症と呼ぶこのグループはDSM-5で反応性愛着障害と呼ばれている病態にほぼ一致する。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
本来、「愛着障害(アタッチメント障害)」は、「生まれ落ちてきたこの世界に、生物学的に前提とされているはずの対象が存在しない、その欠乏を意味している。仮死状態のアタッチメントシステム」を意味しています。(工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.)
上記の引用をよく読むと、自我が芽生えて自他の違いを意識するようになる8歳までに治療的関わりによって臨床像が変化するものが「反応性愛着障害(チャウシェスク型自閉症)」であることがわかると思います。
そして、9歳以降の治療的関わりでは変化しないもの、あるいは「(自称)大人の愛着障害」は、「虐待の前にすでにASDの基盤があった」と考えられるわけです。
また、「巷間、診断をよく耳にする“愛着障害”については、おそらく、精神医学における疾患診断とは異なる概念だと思われる」(桑原. ASとトラウマ. in おとなの自閉スペクトラム. 金剛出版)と言われるように、巷で語られている“愛着障害”は「不安定型愛着スタイル」のことを指すもので、診断基準で定義された疾患名ではありません。(『毒親育ちと愛着と「複雑性PTSD」』『大人の愛着障害と不安定型愛着』参照)
苦しみを抱えた当の人にとってもまた、それは救いになるのかもしれない。漠然と抱いてきた「生きづらさ」に名前がつくからだ。
アダルトチルドレン、境界例、発達障害、HSP、そのうちにおそらく発達性トラウマ障害もこうした生きづらさを表現するためのラベルとして使われていくだろう。
工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.
さまざまな感覚過敏を伴い、社会性やコミュニケーションの困難や、予定外の出来事に臨機応変な対応ができないなどの“生きづらさ”のラベルとして、「愛着障害かもしれない?」に続き、「発達性トラウマ障害ではないか?」と、自己判断で受診されるケースがかなり増えてきました。
学童期の多動・衝動・破壊行動
発達性トラウマ障害の子が学童期になると、「多動性・衝動性」「破壊的行動」が目立つようになります。
虐待の後遺症としての「注意欠如多動症(ADHD)特性」が目立つ人は、「反抗挑戦性障害(ODD)」「行為障害(CD)」へ進展していくことが知られています。(DBDマーチ)
あるいは「AS/ADH特性」にともなう対人関係のぎこちなさから、いじめを受けて対人恐怖が強くなり、「発達性トラウマ障害ではないか?」「複雑性PTSDかもしれない」と受診を希望される方も多いようです。
この症状の進展を「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などトラウマ関連障害の文脈で考えてみると、PTSD症状のうち「過覚醒症状」、複雑性PTSDに特徴的な自己組織化障害の「感情調節障害(情動制御の障害)」が、多動性・衝動性と関連しているのかもしれません。
思春期のPTSD症状と自己組織化の障害
一方、幼少期の「逆境的小児期体験」が10項目中3つあるいは4つあった人の中で、「注意欠如多動症(ADHD)特性」が目立たない人は、学童期後期から前思春期にかけて、自己組織化障害の対人関係の発展維持困難など「対人関係の障害」や、PTSD症状の「回避」が目立つ「自閉スペクトラム症(ASD)特性」が明らかになることが多く、「不注意優位型ADHD」と診断されていることもあるようです。
そして思春期になると、侵入症状あるいは再体験症状、あるいは解離症状など「解離性フラッシュバック」が頻発するようになることもあります。
あるいは「自閉スペクトラム症(ASD)特性」のある人で、身体的虐待がなく暴言などの心理的虐待やネグレクトが主だった人では「否定的自己概念」が顕著になり、「気分変調症」と診断されることもあります。
自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如多動症(ADHD)
ここまで「注意欠如多動症(ADHD)特性」と「自閉スペクトラム症(ASD)特性」を独立させて説明しましたが、この2つの発達障害特性は「注意の障害」を共通基盤としてもつ表現型の違い、として理解されています。
ASD/ADHDは注意の障害がその中心である。この注意の障害の中核は、注意の転導性ではなく、臨床的な視点からみる限り注意のロック機能(sustained attention)の障害と考えられる。
注意の固定が困難で、さらに固定をした時に今度はそれを外すのが難しいという病理がその中心にある。この両者は同時に起きてくるが、前者が優位のものをADHD、後者が優位のものをASDと呼んでいるに過ぎない。
両者とも二つのことが一緒にできないことが最も基本的な臨床上の困難になってくる。ASD/ADHDのパースペクティブの障害も、実はこの二つのことが一緒にできないことから生じる。一つのことがらに注意が向けられていると、時間的、空間的な他の情報が入らなくなってしまうのである。
杉山. 発達障害の「併存症」. そだちの科学(35); 13-20. 2020.
ASD/ADHDのコミュニケーション障害の中核は、注意の障害にある。「自閉症の」認知的特徴の上に展開されるパターンではなく、注意の維持機能に中核的障害があり、そのために、逆にある事柄に注意がロックされた場合、柔軟に切り替えることが難しい。その結果、典型的には二つの処理が同時にできないという症状を共通に有することになる。
時間的な見通しの苦手さや、空間的な認識の障害も、この注意の障害から生じている。衝動性の問題も、行動のみに注意が振り向けられ、他の情動処理が止まった状態になると考えられる。
この注意の障害によって生じる非社会的行動に注目すればASDとなり、衝動性に注目すればADHDになる。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
「注意の障害」、とくに「自閉スペクトラム症(ASD)特性」に伴う「ロック機能の障害」があると、いじめ体験や職場での上司からの叱責など、PTSDや複雑性PTSDの「出来事基準」に満たない程度のストレス因への曝露にとらわれ、長期間にわたってPTSDや複雑性PTSDに類似した症状を呈している方がいらっしゃいます。
PTSDと誤診されやすい類適応障害
「過度の心配、ストレス因に関する繰り返し起こる苦痛な考え、またはその意味についての絶え間ない反芻など、ストレス因またはその結果へのとらわれ」の反復思考・強迫反芻を、誤って「再体験症状(フラッシュバック)」と見なされ、学校や職場の回避による、社会適応の低下(不適応)を「回避症状」、そして、ときに認められる攻撃性を「過覚醒症状」と見なされて、PTSDと誤診されていることも多いようです。(『適応障害の診断に潜む発達障害特性』参照)
あるいは、易怒性・不機嫌などの性格行動障害を「感情調節障害(情動制御の障害)」、対人関係過敏(対人恐怖)を「対人関係障害」、学校や職場のせいで人生が破綻したという持続的でゆがんだ認識を「否定的自己概念」とみなされ、「複雑性PTSD」とか「発達性トラウマ障害」と誤診されている方もいらっしゃいました。(『適応障害の診断に潜む発達障害特性』参照)
診断基準に当てはめると、これらの人たちはDSM-5では、「ストレス因の遷延がなく6ヶ月を超えて遷延した類適応障害」と診断せざるを得ません。
このように「心的外傷およびストレス因関連障害」の診断は、元々どんな人だったのか?を考えながら、緻密に行っていく必要があるのです。
院長