どう接したらいいんですか?
「どう接したらいいんですか?教えてください」と、患者さんの親御さん、あるいは、患者さんの配偶者さん、さらには、患者さんの上司、から聞かれることがよくあります。
聞かれた私たちは、返事に窮してしまいます。
なぜなら、その関係で何が問題になっているのかはっきりしない、相談してきた人が何に困っているのかわからないので、モヤモヤしてしまうのです。
おそらく、親御さん、ご主人、上司も、困っていらっしゃるだけでなく、苦悩を抱えた相手への対応の苦手意識を感じていらっしゃるからこそ、「どう接したらいいのか?」という質問を投げかけられるのかもしれません。
このような場合、産業保健の領域では「事例性(困りごと)」と「疾病性(病気の症状)」を区別して考えます。
会社を例にして考えると、会社は働く場所なので、会社での問題とは「業務に支障がある」ということです。
たとえば、安全に作業できないとか通勤時に眠気があって転びやすい、あるいは、遅刻・欠勤・早退など勤怠に問題がある、さらに、担当業務をこなせていないとかミスが多いなどパフォーマンスが出せていないことなどが、「業務への支障」として挙げられますよね。
でも、「業務に支障があるのは病気があるからではないのか?病気があるとしたら、どう接したらいいのか教えて欲しい!」と言う声が聞こえてきそうですね。
以下の2つのケースを考えてみましょう。
Aさん:双極性障害で月に1回、定期的な通院のために有休を取得しています。体調不良などによる突発的な欠勤はありません。残業は月に40時間程度で、上司からはほぼ問題なく仕事ができていると評価されています。
Bさん:頭痛や腹痛などの体調不良を理由に月に1〜2回、突発的に欠勤することがあります。その都度、顧客対応が遅れるため、上司や同僚が対応に追われ、仕事が滞ることがあります。医療機関への通院歴はありません。
上記の2つのケースで問題になるのは、どちらでしょう?
もうわかりますよね。
Aさんは「疾病性」はありますが「事例性」はありません。一方、Bさんは「事例性」の問題があり「疾病性」ははっきりしません。つまり、「事例性(困りごと)」があるBさんの方が問題になるということなのです。
このようなとき、上司から「病院に行って診断書をもらってきなさい」と指示されることがあります。
ちょっと待ってください!!
厚生労働省のメンタルヘルス指針である「職場における心の健康づくり」には、「セルフケア」「ラインによるケア」「事業所内産業保健スタッフ等によるケア」「事業所外資源によるケア」、の「4つのケア」が示されています。
このうち上司から部下への「ラインによるケア」では、①上司(管理監督者)は部下の話を聞き(傾聴)、②産業医や保健師など産業保健スタッフとの面談を勧めることになっています。
上司は医療の専門家ではないわけですから、部下の話を聞く際に「疾病性」に注目すると、うまくいきません。
「疾病性」への疑念は脇におき、あくまでも安全・勤怠・パフォーマンスといった「事例性」をもとに話をすることがすごく重要です。
しかし部下の方にも、上司から指摘されるまで「困りごと(事例性)」に気づいていないことも多く、相談することに抵抗があったり、周囲に知られることへの不安から、産業医や保健師と面談することへの心理的抵抗を示す場合も多いのです。
そのような時は無理強いをせず、③「あなたの代わりに私が相談に行ってくる」と本人に伝えた上で、管理監督者自身が産業医などに直接相談し得られたアドバイスに従って対応してみる、ことが厚生労働省の「こころの耳」で説明されていますよね。
一方、部下(社員さん)が、朝起きられず遅刻が多い、ミスが多い、仕事がはかどらないことなどを主訴に、自発的に医療機関への受診を希望されることがあります。
医療機関では「疾病性」を問題にしますが、これらの主訴が会社で起きているのであれば、「事例性」の解決も必要ですよね。
そのためこころの健康クリニック芝大門では、まず「上司に相談し、産業医面談を受けるように」と勧めていますよね。
会社での「ラインによるケア」と「事業所内産業保健スタッフ等によるケア」で事例性の解消を図りつつ、医療機関での「事業所外資源によるケア」として「セルフケア」を進めていくのです。
これが『リワーク主治医と会社産業医の連携による復職への効果』で説明した、主治医と産業医の連携による治療面での効果ということなのです。
さて、このことをふまえると、子どもの問題や配偶者への対応はどう考えればいいのでしょうか?
家庭内でも、安全・勤怠・パフォーマンスの「事例性(困りごと)」にそった考え方ができそうです。
家庭での安全には、リストカットやODなどの自傷行為や、アルコールの問題などが相当するでしょう。
勤怠は食事の回数や睡眠覚醒リズムなどの生活リズムで、家庭内でのコミュニケーションの問題や勉強や家事がこなせているかなどがパフォーマンスと考えられます。
「ラインによるケア」のやり方を援用すると、①親御さんや配偶者は、まず、生活の安全・勤怠・パフォーマンスに焦点を当てて、お子さんや配偶者さんの「困りごと(事例性)」の話を傾聴すること、このときに疾病性に注目しないことが非常に大切です。
そして、②医療機関への受診を勧めますが、本人が嫌がったり受診を渋るときには、決して無理強いをしないことも非常に重要です。ご家族の中には、何としても医療機関を受診させようと躍起になっていらっしゃる方も多いのですが、これは逆効果になります。
本人が医療機関を受診することを前向きに考えていない「前熟考期や熟考期」で受診を無理強いすると、たとえばこころの健康クリニック芝大門では精神心理療法を専門にしていますが、精神療法であっても「準備期」に達していない段階で治療を開始すると、自分と向きあう準備ができていないわけですから、さまざまな副作用がでたりして通院を止めてしまい、結局、治療のチャンスを逃してしまうことが非常に多いのです。
ですから、本人が「前熟考期や熟考期」のときには、「北風と太陽」の接し方がお勧めです。
北風のように「疾病性」に注目して受診を無理強いするのではなく、「困りごと(事例性)」に寄り添い、共感し、傾聴し、一緒に考えようね、という姿勢です。
そして、③「あなたの代わりに私が相談に行ってくる」と本人に伝えた上で、親御さんや配偶者さん自身が専門家に直接相談し、得られたアドバイスに従って対応してみる、ということになります。
「本人に伝えた上で」がすごく重要です。
本人に内緒で本人のことを相談すると、本人がそれを知った時に嫌な気持ちになる上、関係性の問題に発展する事があります。
ですから、こころの健康クリニック芝大門では、必ず、本人と話した上で、家族相談にいらっしゃるようにお勧めしています。
また相談する時も、コツがあります。
相手の問題として語るのではなく、自分の困りごととして話していただくということです。
この時のポイントは2つです。
①「相手」ではなく必ず「自分」を主語にすること、そして、②自分が何と言った時に相手はどう反応して、それに対して自分はどう感じてどのようなリアクションを返したのか、そのやりとりのどこが問題と感じたのか、あるいは、どのように自分は困ったのか、など、「疾病性」を抜きにして「事例性」の対人相互性を明確にするということです。
一番困っているのは自分だという自覚と、自分の問題を相談に来たという選択、そしてアドバイスを試してみるという結果を引き受けること、これらを意識してご家族と関わってみてくださいね。
院長