摂食障害の生きづらさと自分自身との関係
日本摂食障害学会の『摂食障害治療ガイドライン』には、「薬物療法の位置づけとしては、他の治療法を容易にしたり、またはその効果を高めることで摂食障害からの回復に役立つ手段となりうる補助療法」と記載されています。
摂食障害に対しては薬物療法の効果は補助的に短期の改善に役立つものの、治療効果は不十分であり、また摂食障害は慢性疾患で再燃・再発しやすいことから、薬物療法だけでなく精神療法も当然必要であるのです。
「食べないこと/食べること」など、摂食障害症状を使って解決したつもりになることと、摂食障害に対する薬物療法が根治に導くことがないことが、同じ次元の話のように感じられてなりません。
今現在、過食や過食嘔吐のためにメンタルクリニックに通院中の方は、薬の処方だけでなく病気や生活について治療者と語り合う「精神療法」がなされているかどうか、ご自分を振り返ってみてくださいね。
エドはどんな問題でも、食べること、食べないことが解決策になると考えています。
私がまだエドに操作されていた頃には、よくエドのアドバイスにそのまま従っていました。エドの言うとおり、ほんの一瞬は気持ちも癒されたけれど、結局はその後、嫌な気分に苦しめられるということが続いていました。
両親とケンカをしたら、エドは拒食しろと言いました。大学の試験で満点がとれなかったときには過食をさせました。
今では、過食することも拒食することも何の解決策にもなっていない、もちろん車の傷を直してくれるものでもないと理解できるようになりました。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
エド(摂食障害思考)は、生きていく上で誰しも直面する問題に対して、不食・拒食・過食・自己誘発性嘔吐などの摂食障害行動を使って、現実から目をそらそうとします。
たとえば、「今月分の家賃の払い込みを忘れたから、スーパーへ行って過食用の大好物を大量に買い込んできたほうがいいぞ」と言います。ただ単に家賃の振り込み手続きをするようにと言えばよさそうなものを、絶対にそうは言わないところがエドのひねくれたところです。
逆に、失敗したのだから一切食べてはいけないと私にいってくるときもあります。仕事での約束を忘れたら、「おっと、今日は食べられないぞ」と言うこともあるのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
不食・拒食で胃袋が空っぽのときに感じる高揚した気分や、はち切れそうな胃袋の感覚に注意を向けたり、やせて体重が減れば全て解決すると思い込んで過度な運動に汗を流したり、あるいは、嘔吐の時の苦しさ以外何も考えないですむ状態を爽快感と誤解したりしても、現実は何も変わりません。
ジェニーさんも書いているとおり「何の解決策」にもなっていないのです。
しかし、この背景に摂食障害(拒食・過食)がもつ二つの「生きづらさ」がひそんでいるのです。
一つ目は、「摂食障害による生きづらさ」、すなわち症状による苦痛や、こだわりによる生活の不自由、経済的負担、対人関係に及ぼす影響などである。
二つ目が「摂食障害に逃げ込まざるを得ない生きづらさ」、摂食障害という「重いコート」を纏わずにはいられなかった、元来その人自身が有していた脆弱性である。
崔炯仁. 摂食障害とメンタライゼーション——外傷的育ちの生きづらさに光を届ける. こころの科学209: 58-63, 2020
摂食障害による「生きづらさ」を理解するために、摂食障害を単なる精神疾患として捉えるだけではなく「生き方」とみなし、「生物—心理—社会モデル」でその病態を理解することが不可欠だといわれるようになってきました。
(※「生物—心理—社会モデル」については『「体重が増えるのが恐くて食べられない」考えとどう向き合うか』を参照してください)
そんな中でジェニーさんは「回復したい」と揺るぎない思いをもち、摂食障害思考(エド)から自由になるための道を歩み続けました。
過食して、嘔吐して、拒食する。
この堂々めぐりには終わりはないのではないかといつも思っていました。
この連鎖を断ち切って摂食障害行動から自由になるために、自分の目標に常に忠実でいる方法を学んできました。
つまずいて転んだとしても、必ず自分の足で立ち上がり、決してあきらめないようになりました。
私が回復のためのこうした新しいやり方を身につけるたびに、エドはエドでまた違う角度から、これでもかというほど私のことを攻めてきました。
そんな状況でも、自分自身をエドからしっかりと切り離して考えているかぎり、エドとは離婚するのだという私の決心は揺るぎませんでした。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
摂食障害行動を引き起こす摂食障害思考に、ジェニーさんはエドと名前をつけ、「自分自身をエドからしっかりと切り離して考え」、外在化しています。
「摂食障害の部分」を外在化することで、「それで困っている」「そこを改善したい」という治療意欲に結びつけやすくなるのです。
イギリスの専門家トレジャーの著した『拒食症サバイバルガイド』には、やせ細った当事者の背中に魔物のような「拒食症」が取りついている絵が描かれている。
自分の中に治りたいという気持ちがあっても、魔物(病気)が耳元で「食べない方がいいよ」とささやくので、病気の言うことを聞いてしまうというイメージである。
西園マーハ文. 摂食障害と認知行動療法、ガイデッドセルフヘルプ——baby stepで生きづらさを乗り越える. こころの科学209: 47-51, 2020
摂食障害思考を外在化してエドと名前をつけ自分自身と切り離すことで、ジェニーさんは自分の頭の中で起きている摂食障害思考(エド)や、完璧女史や「べきモンスター」との向き合い方がわかってきたと書いています。
これが対人関係療法でいう「自分自身との関係を改善する」ことで、その奥には「(本来の)自分に正直になる」というスタンスが横たわっていますよね。
院長