摂食障害から身体を守る賢明な選択
過食やむちゃ食い、あるいは過食嘔吐からの回復の道を歩んでいると、ときには症状が悪化したように思える時期が必ずあります。
『8つの秘訣』にも「これまでの生活で、食事や感情などあらゆる状況に摂食障害行動を使って対処してきたのですから、すべてを一度にやめることはとても難しいものなのです。(中略)対処の仕方をまだ学んでいない新しい出来事を体験したりストレスのかかる状況が起きたりしたときには、以前の摂食障害行動を繰り返していることに気がつくかもしれません」と、《摂食障害から回復する10の段階》のうちの[8段階目]でも摂食障害症状のぶり返し(再燃)は起きることを示してありますよね。
ジェニーさんも『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』の初版である『さよならエド、こんにちは私』を書いた10年後に、摂食障害症状の大きなぶり返し(再燃)がきたことを正直に述べていらっしゃいます。
Akoさんも[摂食障害が教えてくれること]で、一時期は消失していた摂食障害症状が再燃したことを、「ぶり返す」というタイトルで書いてくださっています。
人生には、物事が好転する前にいったん悪くなるように見える例がいくらでもあります。
最近、私は満席の飛行機の中で何かのウイルスをもらったらしく、高熱を出しました。気分は最悪でした。
ところが病院に行くと、お医者さんは、私の高熱をむしろ喜んでくれているようでした。
「あなたの身体はちゃんとウイルスに反応して、高熱を出しているんですよ。これですぐに良くなっていくでしょう」と、嬉しそうに説明してくれました。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
高熱を出しているジェニーさんに対するお医者さんの言葉は、2つの意味にとることができますよね。
まず、感染症はよくないもの、不快なものと考えている人にとっては、自分の苦しさをわかってもらえなかった、とんでもない病院を受診してしまった、と感じられるのではないでしょうか。
一方、薬はウイルス感染症に効かないことは知っているけれど、症状がいくらかでも改善されればいい、治るまでのプロセスは身体に任せておけると考えている人にとっては、身体が一生懸命反応しているとの説明は心強く感じられるかもしれません。
このように、心の状態によって出来事はさまざまな受け取り方、理解の仕方ができるのです。このことをこころの健康クリニックでは、「多様な見方」として説明していますよね。
あなたも、この次に状態がひどくなっているとしか思えないときがあったら、回復の次の段階に進むために必要なプロセスを経ているだけかもしれないのだと思い出してください。
(中略)
ただ、誤解しないでください。
後戻りについてここでお話している内容は、症状が再燃したときの言い訳ではありません。
回復への道を進んでいくときには、自分の健康を守るために賢明な選択ができるように、最善を尽くさないといけません。
困難にぶつかり、頭から転びそうになるときに、「ああ、エドが押したから」とだけ言って済ませてはいけません。エドと別れて回復するという決断は、完全に私たちの責任です。
エドはもう私たちのことを支配してはいないのです。だから、エドのせいにはできないのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
「後戻り(摂食障害の再燃)」は、「エドが押した」という言い訳にしないことが非常に大切です。(『アレキシサイミアと回避を支える理由づけの文脈』参照)
摂食障害の治療では、摂食障害思考(エド)に支配された状態を抜け出し、身体の状態、心の使い方、対人関係のあり方を「自分の健康を守るために賢明な選択」に近づけていくことが治療になります。
たとえば身体のレベルでは、「1日3回の食事をきちんと摂取する」「穀物、パンなど炭水化物を必ず含める」「1回の食事に必要な量だけ料理をする」「料理を小さい皿で盛り大盛りにしない」「食事の時、よく噛む(30回)」「20分以内に食事を終わらせないようにする」など、身体のことを思いやった食事や、「1人で部屋に閉じこもって食べるのではなく誰かと一緒に食事をする」などの食事の仕方を意識していく必要があります。(切池『クリニックで診る摂食障害』医学書院より引用・一部改変)
1日3回の食事は、身体だけでなく脳の栄養状態を改善し、自分の心と向きあうためにも必要不可欠です。栄養状態が不良であると脳の働きも鈍くなるため、精神療法による治療が滞ってしまいます。
こころの健康クリニックでの治療の前提として、BMI: 16.5以上で3食の食事摂取ができている方、としているのは、こういう理由があるのです。(『摂食障害からの回復の土台になる規則的な食事の確立』参照)
ジェニーさんが言う「エドとの関わり」とは、「食事の後、嘔吐をしないようにする」「下剤を使わないようにする」「体重を毎日測らないようにする」なども「自分の健康を守るための賢明な選択」と言えますよね。
過食を止めるにも、まず嘔吐から止める必要があります。なぜなら「嘔吐が次の過食を予約している」状態になるからです。(「食事、睡眠、仕事や勉強、人付き合い 生き延びるために日常生活をどう乗り切るか」参照)
嘔吐をやめるには、まず「吐かない」という意志が必要です。
『クリニックで診る摂食障害』には、「吐きやすい食べ物を避け、水分摂取(嘔吐するために大量の飲水をする)を減らし、食後すぐにトイレや洗面所など嘔吐できる場所に近づかないようにする」などの対処法とともに、衝動の波に乗りながら吐くことを遅らせる練習が紹介してありました。
また下剤乱用をやめると、自然な腸蠕動が低下しているため便秘になりやすく、水分の貯留による浮腫みを体重増加と錯覚し、不安や恐怖が大きくなるものです。
それでも「自分の健康を守るための賢明な選択」をするために、1週間に1個ずつのペースで下剤を減らしていき、下剤以外の方法(食物繊維や排便習慣)などで徐々に身体を慣らしていく必要があります。
嘔吐と下剤に関しては、水分貯留による体重増加と、脂肪沈着による体重増加の違いを理解し、エドのささやきを鵜呑みにしないことがなによりも大切です。
身体はいじめなければ、徐々に健康な状態に戻っていってくれますよ。
(Akoさんの[摂食障害が教えてくれること]の「浮腫み」を参照してみてくださいね)
院長