摂食障害から回復するための要因
過食症からの回復を考察したM.ローティほか(Rorty et al. 1993, 1999)は、経験者40名を対象にインタビュー調査を行い、回復要因を調べた。
その結果、役に立った治療経験として「共感と理解」(53%)、「他の過食症者とのコンタクト」(25%)などを挙げている。
さらに、「友人、家族、恋人が回復にとって非常に助けになった」(53%)と回答されている反面、「母親(55%)や父親(33%)」は回復の妨げになっているとも回答されている。
その他、変化が困難だったものとして、「やせ願望」(80%)と「太ることへの恐怖」(58%)、「食べ物に関する否定的な強迫観念」(55%)が挙げられている。S.ウッズ(Woods 2004)は、治療を全く受けずにした拒食症、過食症の経験者18名へのインタビュー調査を実施し、14名の回復者が回復に最も役立った事柄として、両親、恋人、友達による支持を挙げ、4名が生活の中での経験や楽しみを挙げたとしている。
(中略)
だがたとえば、回復の要件として支持的な人間関係が挙げられても、“支持的な人間関係”とはいったいどのようなもので、それによって個人に何が起こり、拒食や過食の解消にどうつながっているのかといった詳細は、これらの調査ではわからない。
『摂食障害の語り〈回復〉の臨床社会学』中村英代・著 新曜社
つまり、摂食障害からの回復には、『両親、恋人、友達による「共感と理解」』という「支持的な人間関係」が必須のようだけれども
1) 支持的な人間関係が具体的に何を指しているのか
2) それによって何が起きるのか
3) 摂食障害の回復にどうつながっているのか
わからない、ということですよね。
たしかに認知行動療法のように「体重と体型、そのコントロールへの過大評価(とらわれ)」という明確なテーゼに対してその修正を図るという方法なら納得もしやすいのでしょうが、上記の回復要因の調査では、「体重と体型、そのコントロールへの過大評価(とらわれ)」の変化はかなり困難だったようにも考えられます。
では上記の『両親、恋人、友達による「共感と理解」』をダイレクトに扱う対人関係療法ではどうなのでしょうか?
水島先生は『摂食障害の不安に向き合う』にこう書かれています。
寛解が得られるまでの時間は長いが、それでも対人関係療法を用いる理由には、いくつかある。
まずは、摂食障害患者と対人関係というテーマが密接に関わっていることである。対人関係に困難を抱えていない摂食障害患者を私は見たことがない。
その起源が幼少期の環境にさかのぼるケースもあるが、少なくとも、どんな患者も「現在」対人関係の困難を抱えている、ということはほぼ断言してよいことである。
そして、対人関係療法をずっと実践してきて信じているのは、対人関係の困難が軽減することなく摂食障害が治ることはない、ということである。
周知のことであるが、対人関係のあり方は、本人の情緒や自尊心に大きく影響するものである。
対人関係療法では、対人関係の改善が、結果としての症状の軽減につながるという形で効果を示すのが典型的であるが、その効果は単に摂食障害の症状にとどまるものではない。
対人関係の行き詰まりが具体的に解消されたり、対人関係における熟達感が得られたりするということは、人生全般にプラスの感覚を与えるものだと言える。
『摂食障害の不安に向き合う』水島広子・著 岩崎学術出版社
つまり、対人関係療法によって「現在」の対人関係の困難を軽減することが摂食障害の治癒につながるということですし、さらにそれが人生全般の質を高めるということですよね。
この『「現在」の対人関係の困難』とは何か?をみていくことが、上記の「1) 支持的な人間関係が具体的に何を指しているのか」という質問の回答にもなるのでしょう。
それは摂食障害が
・自分自身に対する評価が「やせたか太ったか」だけで下される
・相手からの想像上の評価を気にするようになる
というコントロール感覚を失った外見という「形」にとらわれる病気であり、ありのままの自分を表現することができない環境やありのままを受け入れられ肯定された経験の少なさが
・「自分を傷つけそうな評価」を特に気にする(周りに合わせる)
・「相手からの想像上の評価」を気にする(自己主張しない)
という『「現在」の対人関係の困難』として表れているのです。
(『摂食障害の回復と「評価への過敏性」の2つの次元』参照)
つまり、対人関係療法で取り組んでいく
○ 自分のまわりの状況(特に、対人関係に関するもの)に変化を起こすよう試みる
○ 自分の気持ちをよく振り返り、言葉にしてみる
という2つのプロセスの中で
☆ 存在そのものを認められる
☆ 自分の意見を表現することが尊重されている
という経験をすること、つまり条件付きの愛情ではない無条件の肯定的関心が「支持的な人間関係」なのですよね。
以下、三田こころの健康クリニックで考えている上記の問いの答えを挙げておきます。
とくに上記の2) と3)の問いは「摂食障害は対人関係療法でどのように治っていくのか」ということに関わりますよね。
1) と2) は水島先生の本にも書いてありますけれども、3) については『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』で触れられているクロニンジャーの理論を理解していないと説明できない内容ですので、対人関係療法を本当に理解している治療者なのか、あるいは見よう見まねなのか、治療者の技量を図る目安にもなりそうですよね。
1) 支持的な人間関係とは具体的に何を指しているのか?
条件付きの愛情ではない「無条件の肯定的関心」2) 両親、恋人、友達による「共感と理解」によって何が起きるのか?
自尊感情(自己肯定感)とコントロール感覚(自己効力感)の回復3) 両親、恋人、友達による「共感と理解」が摂食障害の回復にどうつながっているのか?
環境との相互作用によって身についた性質・性格が気質を調節する形でパーソナリティの成熟につながる
(「新奇追求の高さ」「損害回避の低さ」などの気質が出した「過食へのゴー!サイン」に「自己志向」という性質・性格がストップをかける)
(『摂食障害の衝動性の背景』『摂食障害の強迫性と自己愛』参照)
ということですから、水島先生がおっしゃる通り対人関係療法による摂食障害の治療はたんに摂食障害の治癒につながるだけでなく、さらに人生全般の質を高めるということですよね。
実際、三田こころの健康クリニックで対人関係療法による治療を受けられた患者さんがブログを書かれていますので、参考にされてみると、上記のことがわかると思いますよ。
『梅こんぶの幸せごちそうさま』
院長