新型コロナ時代の不安や抑うつ〜(1)奇妙な神経衰弱
昨年の緊急事態宣言の後に自粛生活が続き、在宅勤務に変わったことによる一時的な不適応状態が落ち着き、週に2回の出社以外は在宅勤務、テレワークという生活が一般的になりつつあった夏頃から体調を崩す人が増えてきた印象がありました。
新しい勤務形態に慣れてきたはずの時期から増え始めたこの「奇妙な不調」は、神経過敏を伴うさまざまな身体症状もあるのですが、それよりも易疲労感を伴う活動性の低下が目立ち、週末に寝溜めしてもなかなか回復しないという特徴がありました。
出社すると少人数で通常の業務をこなさなければならず、加えて在宅勤務者との連絡、電話対応など、常時以上の多忙さによる反応性の疲労なのか?とも考えられました。しかし、自分のペースで仕事ができる在宅勤務の人でも同じような状態が繰り返されていました。
あるとき、うつ病を疑われた40代の一人暮らしの女性(個人が特定できないように改変しています)が内科から紹介されて来院されました。
去年の緊急事態宣言からの自粛ムードの中、在宅勤務になり、電話で会社と連絡を取りながら仕事を続けていたそうです。夏の暑さが一段落した頃から徐々に意欲がなくなり、ある日会社への定時連絡がなく、寝たきり状態となっていたところを会社から連絡を受け訪問した親戚に発見され、救急車で内科に入院となったそうです。
入院時は中等度の貧血をともなう低栄養状態でした。新型コロナウイルス感染症は否定され、ウェルニッケ・コルサコフ症候群(ビタミンB1欠乏症)や脳血管障害など、身体疾患の徴候はみられなかったそうです。
内科での治療で栄養状態も貧血も改善し退院されました。しかし発動性の低下が続くためうつ病を疑われ、近くの精神科クリニックを紹介され、抗うつ薬と抗不安薬、睡眠薬の投与が行われていました。
状態が改善しないため、リワークの導入も含めた通院先として、こころの健康クリニック芝大門に白羽の矢が立ったようです。
面接では、治療者がたずねた言葉をそのまま繰り返す反響言語があり、何度も「よくわかりません」とお答えになりました。それに加えて、微かに独語もあるようでした。
退院後は親戚宅に身を寄せていらっしゃったそうですが、食事は摂るもののそれ以外はほとんど歩行もせず、臥床したままで会話もほとんどなかったそうです。
神経認知機能の低下が明らかでしたが、うつ病や認知症の診断基準は満たしませんでした。前医(精神科クリニック)で診断されたうつ病ではなく抗うつ薬のによる過鎮静の状態であり、「フレイル」と診断し内科の先生にお願いして生活リハビリを継続してもらうことにしました。
日本老年医学会で提唱された「フレイル」は虚弱と訳され、複数の要素が絡み合い負の連鎖を起こす心身機能の顕著な低下することを指します。フレイルは「身体」「社会」「心」の多面的な悪循環を引き起こすことが知られています。
「身体フレイル」は、サルコペニア(筋力低下)やロコモティブ・シンドローム(移動機能の低下)などで、「社会的フレイル」は、閉じこもりや困窮、孤食などの対人交流や社会性の低下です。この2つはコロナ禍での自粛生活で多くの人達が実感するところですよね。
また「認知的フレイル」は、抑うつや認知機能の低下であり、身体機能・社会性・認知機能などの低下が心身機能にさまざまな悪循環を引き起こすとされています。(『フレイル対策|フレイルとは』参照)
長々と「フレイル」の説明をしてきましたが、緊急事態宣言から自粛生活が続いていた時期に、若い人にも「奇妙な不調」を訴えるケースを数例診たことがあるのです。いずれも週5日の在宅勤務、テレワークをしている一人暮らしの人たちでした。
ある人は昼夜逆転から引きこもりのようになり、心療内科で「うつ病」と診断され抗うつ薬の服用を始めました。しかし状態は変わらないどころか、悪化する一方だったため、こころの健康クリニック芝大門を受診されました。
ある人は神経過敏から「会社の人に怠けていると思われているのではないか」と敏感関係念慮が起きていて、メンタルクリニックを受診したところ、「統合失調症」を疑われ抗精神病薬を処方されたそうです。しかし、食事も摂れない状態になったために、両親が心配してこころの健康クリニックに転院してこられました。
このような人たちには何が起きているのか、このような患者さんにどう対処したらいいのかと考えあぐねていた頃、『鬱(うつ)は伝染(うつ)る。』の中で「衰弱性の不安や抑うつ」というフレーズを見つけ、何が起こっていたのか、ようやく理解の糸口が見えてきたのです。
これを書いている時点では、COVID-19の世界的な大流行により、うつ病の社会的側面は火を見るよりも明らかになっています。日本をはじめとした、ほとんど世界中のいたるところで、混沌とした予測不可能な実在上の脅威に際して、他人と距離をとるという試練によって、一人でそのような脅威に直面することが、一見したところでもどれほど破壊的であるのかが浮き彫りになっています。
(中略)
COVID-19による世界的危機の長期的影響については、まだわかりませんが、孤立感や無力感、絶望感の結果として、衰弱性の不安や抑うつを体験している人は増加し続けています。
ヤプコ『鬱は伝染る。』北大路書房
上記の引用にある「衰弱性の不安や抑うつ」とは、『適応障害と反応性うつ状態』で解説したことのある「神経衰弱」とすごく似ていたのです。
『ICD-10精神科診断ガイドブック』によると「神経衰弱」とは、「特に激しくはない精神的、身体的な労働であっても易疲労感や衰弱を自覚し、十分な休養を経ても同様の状態を繰り返すことによって規定される」と説明されています。
上記で「フレイル」と診断した中年期の女性も、若い人たちも、「余計な考えに妨害されることによる注意力散漫や集中力低下、思考あるいは能率低下、アンヘドニア、知覚過敏、記憶力減退などの訴え」とともに「軽度でさまざまな不安や抑うつなどを伴う」とされている「神経衰弱(精神的疲労)」とそっくりの認知機能の低下がみられたのでした。(青字は『ICD-10精神科診断ガイドブック』より陰陽)
「フレイル」に似た奇妙な「神経衰弱(精神的疲労)」は、在宅勤務やテレワークによる閉じこもり生活によって身体機能が低下することから始まります。
それに引きつづいて、社会的同調因子および光曝露の減少による気分の平坦化(意欲低下)や睡眠覚醒リズムの乱れが引き起こされ、社会的関わりの減少に伴う「孤立感や無力感、絶望感」とあいまって、悪循環(フレイル・サイクル)を引き起こしていたと考えられたのです。(『フレイル対策|フレイルとは』参照)
このような症状に対しては抗うつ薬でも抗精神病薬では改善することができないのです。
同じような症状があって、抗うつ薬や抗精神病薬を処方されている人がいらっしゃいましたら、こころの健康クリニック芝大門のメンタルヘルス外来に相談してくださいね。
院長