対人関係療法と食事指導
『愛着トラウマの脳科学』で書いたように、食べものと人とのかかわりの類似点は「料理をすること」と「共食すること」で、相手との関係性が反映されるといわれます。
対人関係療法で取り組んでいく課題で
○ 自分の気持ちをよく振り返り、言葉にしてみる。
○ 自分のまわりの状況(とくに対人関係に関するもの)に変化を起こすよう試みる。
対人関係を直視し関係のあり方に取り組むことで、過食衝動は少しずつ力を失っていくのです。
対人関係は私たちの周りの現実の対人関係だけではなく『「自分が管理を任された身体」という考え方』で書いたように、自分の心との関係も、自分自身の身体との関係も一種の対人関係とみなすことができますから、摂食障害からの回復には対人関係療法で重要な他者との関係に向き合うと同時に、自分自身にも眼を向ける必要があるのです。
そうは言っても過食症の維持因子は
・ネガティブな情動や思考への接触回避方略(気分解消行動としての過食)
ですから、摂食障害の人にとって頭では理解していても腑(ハラ)で納得するというのは最初は難しいものです。
摂食障害がもたらす健康上の害は、火を通したものを食べたりオーガニックでない食品を食べたりすることの害とは比較になりません。
(中略)
摂食障害を発症していると、身体が伝えてくるごく普通の健康的なシグナルが、ストレスを高めて不安をかき立てる様な感覚に変わってしまいます。
『摂食障害から回復するための8つの秘訣』星和書店
「身体が伝えてくるごく普通の健康的なシグナル」には空腹感と満腹感がありますよね。
空腹感については多くの過食症の人が体験しているように、お腹が空いてちょっとだけ食べるつもりが過食になってしまったということも多いですよね。
過食をしないためにお腹が空いても食べないという人が多いのですが、これは逆効果になります。
なお、過食はストレスからばかり起こるものではありません。
十分な炭水化物や脂肪をとっていない人は、生物学的にも過食に陥ります。
「飢餓状態」になると、ネズミでも過食するのです。
これは、精神的な問題とは別次元の反応であり、生きていくために十分なエネルギーを摂取しようとする身体の欲求なのです。
このような場合に、過食だけをガマンしようとしても、それは不毛な努力です。一時的に収まっても、すぐにまた始まります。
過食を抑えるには、とにかくちゃんとしたものをちゃんとした量食べるしかありません。
『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
飢餓過食なのかストレス過食なのかの区別は患者さん自身は最初は難しいようです。
なぜなら、飢餓過食が起きた後、その罪責感でストレス過食が起きることが多いからです。
また飢餓過食が、過食なのか大食なのかきちんと見極めないと患者さんが不安になってしまうだけでなく、間違った治療になってしまうことだってあるのです。
また、「過食を伴わない拒食症」の人は、一般に回復期に一時的な過食になります。
それまで足りていなかった栄養を取り戻すのですから、たくさん食べて当たり前なのですが、それが単なる回復期の過食なのか、新たな過食症状の始まりなのか、その判別ができないと治療の方針を誤ることにもなりかねません。
『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
ある拒食症の患者さんに、あるとき過食(+自己誘発嘔吐)が起き、医師は回復期の過食と判断し「よかったですね〜」と大喜びされ、過食嘔吐に移行してしまい、その患者さんは治療をやめてしまったという話を聞いたことがあります。
この治療者のところはコ・メディカルが30分ほど話を聞き、その後の医師の初診は10分もなかったそうですから元々どんな人だったのかの把握は不十分だったようです。
もちろん三田こころの健康クリニックで行っているようなクロニンジャーの7つの因子の検査もされておらず、そのときの過食の詳細も聞かれなかったそうです。
ましてや食事内容や摂取方法の指導も行われていなかったそうで、患者さんの不安にはまったく手当がなされておらず、これが治療と言えるのかと疑問を感じたことがあります。
生活習慣に焦点を当ててしまうと患者さんが直視しなければならない対人関係の問題から逃げやすくなってしまうからです。
『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
と書いてあるからといって、対人関係療法では食べ物や食べ方、生活習慣に焦点を当てないのではなく、何がその患者さんの摂食障害の維持因子になっているかを見極めた上で治療を行う鑑別治療学を重視しているということですよね。
院長