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フラッシュバックと乱れた食行動

[2023.07.18]

こころの健康クリニック芝大門で診ている「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」などの患者さんたちの中にも、食行動異常を伴う患者さんや、少数ではありますが、アルコール依存症を併存している患者さんもいらっしゃいます。

 

2021年10月に開催された第24回日本摂食障害学会総会で、杉山先生の『摂食障害と複雑性PTSD』というタイトルの教育講演を拝聴したことがあります。

その教育講演は、およそ以下のような内容でした。

 

激しいフラッシュバックが緩和された後に、口が淋しくなって仕方ないというかたちで過食が現れることもある。

ただし一般的な摂食障害に比べて複雑性PTSDの人の示す過食は、多彩な症状の1つに過ぎず、複雑性PTSDの症状自体が軽減してゆくと、コロッと良くなってしまうということをしばしば体験する。

逆に一般的な摂食障害のように、延々と過食、拒食、食べ吐きなどに悩まされることがない。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

一方、新しく刊行された『TSプロトコールの臨床』では、以下のような記載になっていました。

 

さらに、悪性の自己対処法をもつクライエントも多い。

これは食べ吐きであったり、飲酒であったり、自傷であったりする。

不調の時にはこの対処行動が賦活され生活が著しく乱れ、次の受診のドタキャンが起きる。

(中略)

クライエントが成人の場合には、次の課題は自己治癒的依存症が軽快することではなかろうか。

成人の場合、食べ吐きであったりアルコールの大量摂取であったりする。リストカットもこの中に含めてよいのではないかと思う。広い意味での依存症の要素をもつからである。

これらの依存症は、フラッシュバックの治療が進めば、完全にはよくならなくとも、生活や健康に害を与えないレベルまで改善することが多い。

杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社

 

テキストブックTSプロトコール』を読んだとき、あるいは杉山先生の教育講演を拝聴した時には、「複雑性PTSDの症状自体が軽減してゆくと、コロッと良くなってしまう」というフレーズに、「えっ?!」と驚いてしまいました。

冷静に考えると、確かに、こころの健康クリニック芝大門で診ていると、「フラッシュバックの治療が進めば、乱れた食行動は完全にはよくならなくとも、生活や健康に害を与えないレベルまで改善する」ことは、実感として頷けます。

 

トラウマ関連障害と乱れた食行動の関係

上記で引用した箇所は、複雑性PTSDの治療過程の「自己治癒的依存症の軽快」という2番目の課題のことです。(『複雑性PTSDの治療過程』参照)

複雑性PTSDの治療過程

「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」などのトラウマ関連障害の患者さんたちは、アルコールや過食、食べ吐きなどの気分解消行動で、情動調節を図ろうとします。

 

このような心理機序は、神経性過食症や過食性障害(むちゃ食い症)などの一般の摂食障害と共通の基盤を持ちます。さらに、トラウマ関連障害でなくても自閉症スペクトラムなど発達障害特性を有する人も、乱れた食行動などの気分解消行動を伴います。

 

トラウマ関連障害や発達障害特性に伴う乱れた食行動など気分解消行動と、摂食障害の精神病理との違いは、やせ願望などボディイメージの障害を伴っているかどうか、とされます。

一方で、乱れた食行動が続くことによって、二次的にボディイメージの障害を伴うようになりますから、症状からの鑑別は難しいようです。

 

上記の引用で「フラッシュバックの治療が進めば」と記載されている、「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」などのトラウマ関連障害でのフラッシュバックは、『複雑性PTSDとさまざまなフラッシュバック』で解説した「感情のみの(あるいは感情優位の)フラッシュバックの場合、前述のトリガーが同定できないことも多く、ANPは“なぜだか理由は分からないが溢れてくる怒り、恐怖、あるいは悲しさ”として実感することになります」という「感情のみの(あるいは感情優位の)フラッシュバック」が多いような印象です。

複雑性PTSDとさまざまなフラッシュバック

以下の引用はアルコール乱用に関するものですが、食べ吐きやむちゃ食いなどの乱れた食行動と読み替えても意味が通ると思います。

 

主訴は不眠とアルコール依存症であるが、幼児期に遡る身体的、心理的虐待、そして性的虐待である。初診当初、性的虐待の存在ははっきり語られていなかった。

飲酒はフラッシュバックによって湧き上がる激情を抑え、自分の子どもに加害が生じないようにするため、自己対処の方法として用いられていた。

治療開始から4〜5回のTSプロトコールによる簡易型トラウマ治療を実施し、フラッシュバックは軽減したと報告された後も、アルコールの摂取量は減らなかった。

杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社

 

感情のみの(あるいは感情優位の)フラッシュバック」をなだめるために食べ吐きやむちゃ食いが起きた場合、「トリガーが同定できないことも多」いため、『摂食障害から回復するための8つの秘訣』にある「衝動の波に乗る」対処法だけでは歯が立たないことが多いのです。

 

それでも、丹念に感情を感じながらその直前に考えていたことやトリガー(引き金)を同定していくことで、気分不耐に伴う気分解消行動なのか、トラウマ関連の気分解消行動なのか、を区別できるようになっていきます。

そして気分解消行動を使わなくても感情と一緒にいることができるようになることが、摂食障害のみならず、トラウマ関連障害での「自己治癒的依存症の軽快」ということになります。

 

院長

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