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閾値下の複雑性PTSDと発達性トラウマ障害

[2023.04.06]

4月5日は二十四節気の「清明(せいめい)」、七十二候では「玄鳥至(つばめきたる)」でした。ようやく春の息吹を感じる季節になりました。

 

クリニックのある芝大門周辺でも、ツバメの飛来を見かけます。

 

閑話休題。

 

さて、「複雑性PTSD」は、外傷性出来事への持続的・反復的な曝露(トラウマ体験)を受け、そこから抜け出すのが困難であった場合に生じるとされます。

 

「複雑性PTSD」は、児童期の持続的反復的な虐待および難民収容所体験をひな形として形成された概念ですから、「拷問、奴隷、ジェノサイド、難民キャンプ、持続的な家庭内暴力、反復的な児童期の性的または身体的虐待」など、生命の危機に関連した出来事基準が強調されています。(引用は、金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.および、金. 複雑性PTSDを論じる意義について. 精神療法 47 (4): 425-431. 2021.

 

そのため、「パワハラやいじめなどの体験は、生命の危機やその脅威を含まない限りはこれらに含めることはできない」「持続的、反復性という点だけに注目して、差し迫った生命の危機のないいじめ体験やハラスメント、過労などをトラウマ的出来事とみなすことはできない」とされています。(引用は、金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.および、金. 複雑性PTSDを論じる意義について. 精神療法 47 (4): 425-431. 2021.

 

一方、児童期から少年期初期の「発達性トラウマ障害」や、成人期の「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS(デスノス)」は、児童期虐待の後遺症をひな形としているため、出来事基準は人生早期の反復的な対人的トラウマ、つまり、「逆境的小児期体験(ACEs)」にあるような身体的・心理的・性的虐待、身体的・心理的ネグレクト、近親者間暴力(ドメスティック・バイオレンス:DV)の目撃、が含まれます。

 

虐待と逆境的小児期体験(ACEs)

「複雑性PTSD」だけでなく「発達性トラウマ障害」「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS」にも、「虐待」という言葉が入っています。

 

臨床家によっては虐待という用語を家庭内の厳しい躾や両親の不機嫌などを指して用いる場合もあるが、PTSDの文脈で虐待というときには、子どもにとって生命の危機に直面するようなトラウマ体験を指している。

金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.

 

「虐待」とは、子どもにとって「生命の危機に直結する」ような客観的側面と主観的側面の両方を持っている、ということです。

 

「児童期の虐待や類似の体験については、想起することについてバイアスが生じるのを避けられないという事情があり、心的外傷とするのが困難な場合もある」ため(大江『トラウマの伝え方』誠信書房)、こころの健康クリニック芝大門では、外傷的出来事(トラウマ)や小児期逆境体験(ACEs)については、自記式質問票(スクリーニングシート)を用いています。

 

たとえば、「複雑性PTSD」の患者さんでは出来事基準としては性的虐待や性被害が多く、わかりやすく「発達性トラウマ障害」と説明する事が多い「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS(デスノス)」の患者さんでは、身体的・心理的虐待や面前DVなど「逆境的小児期体験(ACEs)」スコアの4項目以上を満たす人が多いようです。

 

トラウマのサインや症状に気づくためには、スクリーニングやアセスメントが不可欠である。精神科医療機関や児童相談所など、その後治療や処遇決定を担当する機関では、トラウマやPTSDに関する詳細なアセスメントが欠かせないが、それ以外の機関においても、トラウマに関する簡単なスクリーニングは必要とされている。

スクリーニングに際しては、クライエントのスティグマを軽減するために、対面式ではなく簡便な自記式質問紙などが推奨されている。

(中略)

この時必要なのは、そのクライエントが過去にトラウマ歴やACEsを体験しているかどうかを大雑把に知ることであり、体験時のクライエントの気持ちを深掘りして聴取する必要はない。むしろ、深く聴取することは、この段階では禁忌である。

亀岡「トラウマインフォームドケアとは」in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社

 

発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの臨床』や『テキストブックTSプロトコール』などで記載されているケースは、今現在トラウマ体験の真っ只中にある子どもが対象で、たとえば「発達性トラウマ障害」であれば愛着の障害(混乱)や「自閉スペクトラム症/注意欠如多動症(ASD/ADHD)」に伴う衝動性や破壊行動などの問題で入院治療も行われているケースが記載されています。

 

診断基準を満たさない閾値下・複雑性PTSDと発達性トラウマ障害

一方、こころの健康クリニック芝大門でスクリーニングシートやアセスメントツールを用いて、「複雑性PTSD」や「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS」が疑われると診断した成人期の患者さんたちは、外傷的出来事の体験から時間が経過していることも加味され、症状の診断基準をすべて満たす人が少ないように思います。

 

ICD-11の診断基準では、6つの症状すべてを満たす者のみが複雑性PTSDの診断となるが、久留米大学の過去の調査でも、6つすべての症状を満たす割合はそう高くなく、相当数の閾値下症例が存在していることが明らかとなっている。

大江『トラウマの伝え方』誠信書房

 

複雑性PTSD」では、典型的には複数回あるいは長期の被虐待体験(たとえば、児童虐待、性暴力被害)を受けそこから抜け出すのが困難であった場合に、PTSDの三徴である再体験・回避・覚醒亢進症状のほかに、感情調整の困難、自分自身が無価値であるという信念、対人関係維持困難という自己組織化障害の3つの症状を呈します。

 

「複雑性PTSD」を疑って受診された方の中で、PTSDの三徴である「再体験・回避・覚醒亢進症状」のすべてを満たす人はそれほど多くないのです。

 

自分で、あるいは医療者や心理職から「複雑性PTSD」やトラウマ関連障害を疑われて受診された場合、「最もつらかったできごとを対象者自身が選んでPTSD症状に関する自記式尺度に答える場合は、PTSD症状の評価がそのトラウマ的出来事に焦点化されず不安や抑うつなど他の精神症状の影響で過大評価される可能性」があると言われています。

 

過大評価された場合は、外傷的出来事に相当しない体験と、感情調整の困難、否定的自己概念、対人関係維持困難の「自己組織化障害症状」に伴う機能障害のみ認めることが多いようです。(田中「トラウマ専門治療機関からみるトラウマインフォームドケア」in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社)

 

とくに「自閉スペクトラム特性(AS特性)」が目立つ人では、外傷的出来事に相当する体験は乏しく、PTSDの三徴は認めない一方で、「自己組織化障害症状」に伴う機能障害のみが認められる人が多く、トラウマ関連障害の診断に至らないことがほとんどです。

 

一方、「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS(あるいは発達性トラウマ障害)」では、感情調節障害、自己についての知覚の変化、対人関係の変化など「自己組織化障害症状」と共通した症状が目立つとともに、「部分的解離性同一性症(USPTでいう内在性解離)」を認めることが多く、解離症状のためにPTSDの三徴のうち再体験症状しか認めない人もかなりの数いらっしゃいます。

 

外傷的出来事が明確であれば、このような「閾値下・複雑性PTSD」や「特定不能の重度ストレス障害:DESNOS(あるいは発達性トラウマ障害)」も治療対象としていますので、該当する方はこころの健康クリニック芝大門に治療を申し込んでくださいね。

 

院長

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