「社会的うつ」と産業医の復職判定
『「社会的うつ」と主治医の治療方針』で、診断基準に該当しないうつ病休職者である「社会的うつ」は、患者さんと主治医(精神科医・心療内科医)との相互関係性によって現前してくる問題かもしれないことに触れました。
抗うつ薬の効果と副作用のバランスから考えると、診断基準に該当しない軽症うつ、つまり「適応障害(反応性抑うつ)」や「神経症性抑うつ」などは抗うつ薬の効果が乏しく、慢性化しやすいことが知られています。
『社会的うつ』ではうつ病休職者を対象にされていますが、「適応障害(反応性抑うつ)」でも同じ問題が内在しているようです。
うつ病休職者増加の背景に、主治医が、国際的な診断基準に基づく純粋に医学的な判断要素以外の社会的要因の影響を受け、「うつ病」と診断している可能性があることがわかった。
また、その社会的要因が生まれる背景には、患者の要望・訴え、企業内制度、そして主治医自身の心理・意図が、主要因子としてあることも明らかとなった。
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
上記にある「企業内制度」で登場してくるのが、産業医です。
ストレスチェックでの高ストレス者に対して、労働環境調整をせずにいきなり「休職した方がいい」と勧める産業医もいらっしゃることに驚いたことがあります。
おそらく労働安全衛生法に基づく産業医の役割をよくわかっていらっしゃらない産業医なのでしょうが、それにしてもこのような産業医と契約した企業や社員さんが気の毒です。
『社会的うつ』には、産業医の関与についても言及されています。
- 産業医は、患者に早期の職場復帰と治療終了を求めていた。背景には、従業員である患者の職場復帰後のキャリア形成を考慮、休職の長期化に伴う生産性低下の会費、主治医の診断に疑念、などの可能性がある。
- 産業医は、主治医の診断や治療方針・経過を鵜呑みにし、従業員である患者から直接、症状や改善状況などをほとんど聞くことなく、産業医自身の判断や主治医への意見を避けていた可能性がある。(産業医としての役目を果たさず、主治医との連携も取れていない)
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
私自身、精神科産業医として活動していて、上記の(1)については考えることが多いです。
(2)は産業医としては耳が痛いところですが、私自身が主治医あるいはリワーク担当医として休職者と関わる中で、精神科を専門にされていない産業医では、そのような傾向があることを実感しています。
(産業医の)面談の時期も、診断書を出して所属長の了解を得て休職に入る直前と、休職中、復職直前の復職判断時と、比較的多く実施する場合と、復職判断時のみの場合もあった。
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
「適応障害(反応性抑うつ)」の治療は、職場環境調整に尽きます。
適応障害の場合はストレッサーとなっていた職場から離れることで急速に回復します。もし回復しなければ、主治医の診断が間違っているか、あるいは不要な抗うつ薬を処方されているか、など、主治医の治療方針の問題かもしれません。
「適応障害(反応性抑うつ)」の場合は、業務および職場との適合性や、作業管理・作業環境管理に関する評価、職場側による支援準備状況を評価することが復職する準備になります。
産業医の先生に情報提供書を送り、過重労働環境の調整や業務の内容と本人の能力のマッチングなどをお願いし、それができた段階で復職可能の診断書を提出するのです。
ある産業医は「先入観を持ちたくないから」との理由で、情報提供書の受け取りも、休職中の社員さんとの面談も拒否されました。
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」には、「産業医等は専門的な立場からより詳細な情報を収集できる立場にあるが、主治医とスムーズなコミュニケーションが図れるよう精神医学や心身医学に関する基礎的な知識を習得していることが必要となる」とあるのですが、産業医の中には、この先生のようなコミュニケーションに難がある産業医もいらっしゃるわけです。
結局、自分の先入観のコントロールもできない産業医にお願いすることはやめて、上司と直接交渉し、環境調整をお願いして、この方は無事に復職することができました。
復職判定の際、産業医は(少なくとも産業医としての私は)以下の6つのことを考えているのです。
○治療状況および病状の回復状況の確認
○業務遂行能力についての評価
○今後の就業に関する労働者の考え
○業務および職場との適合性
○作業管理・作業環境管理に関する評価
○職場側による支援準備状況
産業医は上記のような評価に基づいて復職判定を行うことになっているのですが、先に引用したように、主治医の診断書や意見書を鵜呑みにして、結局、社員さんが不利益を被る場面も多いようです。
こころの健康クリニック芝大門のリワークに通って復職された患者さん達にお聞きすると、復職判定時の産業医面談で上記のことを聞かれた人はほとんどいらっしゃいませんでした。
実際、ある産業医の先生の復職判定面接に陪席する機会があったのですが、朝は何時に起きてますか?など生活リズムの確認、職場復帰の意欲、仕事はできそうですか?など、通り一遍の確認事項だけでした。これでは復職判定にならないと感じた事があります。
精神科産業医ではない多くの産業医の先生の復職判定は、患者さんの実情と復職可否の判定がうまくマッチしない場合が多いようです。
『「適応障害」なのに「うつ病」リワーク?』で書いたように、症状が改善していないのに患者さんが希望した場合(実際に患者さんが復職を希望されているので復職可能であるとの診断書を提出される主治医もいらっしゃるのです)、薬物療法のみが行われ症状は改善しているものの労働に耐えることができるとは言えない場合、あるいは「職場復帰準備性」が高まっていない場合は、非常に伝えにくいことですが、復職判断は否と産業医は判定し、リワーク等でのトレーニングを指示する場合も少なくありません。
「主治医は復職可能性の判断はできない、なぜなら「職場復帰準備性」の評価ができないからであり、復職可能性の判断は「職場復帰準備性」ができるリワークに任せるべきである」との意見もあるくらいです。
有馬は、主治医は職場の状況を知らず、職場での休職者の振る舞いを知らないので、復職可能性の判断はできないとし、「主治医による復職可能性の判断」を、外部のリワークプログラムに任せるべきであると主張している。
個々で求められている復職可能性の判断は、秋山、五十嵐らが述べる「職場復帰準備性」であり、復職して業務ができ、業務を継続しても再発しないことの判断である。
増茂: 復職に向けて−−異動の必要な状況、リワーク・プログラムを含む−−. 精神科治療学 27: 313-317. 2012.
ちなみに、こころの健康クリニック芝大門のリワークでは、復職可能の診断書を提出する目安として、以下の項目を教えていますよね。
-
- 定時起床が可能かどうか
- 一晩での疲労回復ができているかどうか
- 注意力・集中力の持続ができているか
上記の項目は先に挙げた産業医が行う復職判定での6項目をシンプルにしたものなのです。そして月に1度、職場準備性評価を使って復職準備性の評価を行っていますよね。
(1)の定時起床は、適切な睡眠覚醒リズム、安全な通勤の可否に相当し、(2)疲労回復は昼間の眠気の有無、作業による疲労の回復具合、(3)注意力・集中力の持続は企業からの説明を聞き理解している状況の評価、業務遂行に必要な作業、ホームワーク等の遂行状況に相当します。
『「適応障害」なのに「うつ病」リワーク?』でも触れた「会社から指示されたとの理由で、自分にとって役に立つかどうかわからないリワークに、復職の免罪符をもらうためのアリバイとして通う」人もいらっしゃいます。
こころの健康クリニック芝大門のリワークは、他の医療リワークのように3ヵ月〜6ヵ月間と期間を最初から設定していません。
復職が成功するための予測因子である「ワーキングメモリの改善(抗うつ薬が減量されていること)」「睡眠薬・抗不安薬の量が少ないこと」がどのくらいの期間で達成できるかは、人によって異なるからです。
結果として、早い人では1ヵ月程度、通常は3ヵ月程度、長い人では6ヵ月程度で復職されることが多いということです。
こころの健康クリニック芝大門のホームページを読んで、1ヵ月リワークに通えば復職できると考えてしまう「病人役割」を引き受けられていないにとって、実際のリワークでのトレーニングはキツイと感じられるようです。
まず、先述した職場での問題に悩み、つらい思いをしている当事者が、うつ病診断を受けて休職する過程の一部には、Persons(1951)の「病人役割」への期待が存在するのではないだろうか。
つまり、自身が苦境に立ち、悩みやストレスをためる根源である職場から逃れるために、職場で化せられた役割、社会人として社会で果たすべき役割などを免除されるよう、自ら「病人」を演じてしまうということである。
先に述べた患者を取り巻くさまざまな社会的要因は、当事者自らがこの「病人役割」に入り込みやすくする環境を整えているともいえるであろう。
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
パーソンズの「病人役割(病者の役割)」はシック・ロールとも呼ばれ、以下の4つの権利と義務としてまとめられています。
- 病者は仕事を免除される。
- 病者は治そうとしなければならない。
- 病者は一人で治すことを期待されない。
- 病者は専門家の指示に従わなければならない。
通常の社会的役割と義務や責任が免除される代わりに、医療者の指示に従い病気を治す義務が生じるということです。
上記の「当事者自らがこの「病人役割」に入り込みやすくする環境を整えている」という指摘は、「病人役割」の「医療者の指示に従い病気を治す義務が生じる」という部分が抜け落ちているようにも考えられます。
それを考慮に入れても、医療者は3分診療でクスリを出すだけの役割、患者さんはクスリを飲むだけの役割だとすれば、この治療構造が最大の問題と考えられるわけですよね。
院長