「うつ病」と間違われやすい「適応障害」の仮想ケース
2020年9月に金沢大学の先生たちが、メンタル不調に陥りやすい大学生の特徴について論文を発表されました。
(メンタル不調に陥りやすい大学生の特性を解明!)
それによると、メンタル不調に陥りやすい学生には、以下のような特性がみられたそうです。
- ワーキングメモリが小さい
- 自閉症スペクトラム障害の特性が高い
- レジリエンスが弱い
- 不安特性が高い
- 社会生活で満足感を得にくい
- 交感神経の緊張が高い
メンタル不調に陥りやすい学生は、『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と発達障害的特性』で触れた、「非障害性の自閉症スペクトラム(AS」「自閉症スペクトラム障害(ASD)」に伴う「併存群」と呼ばれるタイプや、『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と気分変調症』で触れた「性格因性気分変調症」「ディスチミア親和型」の特徴と重なりあう部分が多い印象がありますよね。
ここでいくつかのケースを組み合わせた仮想ケースを考えてみましょう。
仮に30代男性のAさんとします。Aさんは産休に入るBさんのサポートとしての中途入社でした。
入社して1月も経たないうちに、Aさんは教わったとおりにやらずに自分なりのやり方にこだわって、それでいてミスが多い、話がかみ合わず、ミスを注意すると逆ギレされると、Bさんが上長に泣きついてきたそうです。
引き継ぎ以外でも、Aさんは会議に遅刻したり、ある人(別プロジェクトのCさん)のことを目の敵にして、議題と全く関係のない持論を展開してCさんを名指しで非難したり、会議を途中で退席したり、とAさんを取り巻くさまざまな問題が勃発していたようです。
上長がAさんと面談すると、Aさんは堰を切ったように、Bさんはわざと難しく教えているとか、関わりのないCさんから会議中に上から目線で自分の意見を否定されプライドが傷ついた、などをまくし立て、被害的な印象を受けたそうです。
Bさんの引き継ぎは別の人にやってもらい、Aさんには負担のない程度の簡単な仕事をやってもらうことにしたそうです。
また上長は、困ったら自分に相談するようにとLINEのアドレスを教えたところ、「皆から厄介者扱いされて、自分の居場所がない、死にたい」などと、夜中過ぎに何度もメッセージが来るので上長も参ってしまい、産業医面談を行うことになりました。
Aさんとの産業医面談では、会社に対する不平不満のオンパレードでした。
今までやったことのない仕事をさせられていて、会社に来るのも気が重く、家に帰るとホッとするので気分転換に夜中までインターネットやゲームをしていて、朝が近づくにつれ会社に行くことを考えると気が滅入ってしまうと訴えます。
とりあえず、仕事の量の負担はなさそうでしたので、やったことのない仕事であれば、上長に指示を仰ぎながら勧めていくようにと伝え、上長にはしばらくは大変だろうけど、手取り足取り教える感じで、時間外のLINEでの連絡はしないようにと伝えました。
それから2ヵ月ほど経った頃、Aさんの休職診断書が出たと連絡を受けました。
診断名は「抑うつ状態」で、「3ヵ月の休職を要する」と書かれていました。
Aさんと面談すると、「適応障害と言われた」とのことで、2種類の抗うつ薬と抗不安薬、睡眠薬が処方されていました。上長と人事を含めて話し合いAさんは休職になりました。
仮想ケースのAさんも、上記のメンタル不調に陥りやすい学生と似たような特性がありそうですよね。
「適応障害(反応性抑うつ)」は「ストレス性の出来事あるいは生活の変化」に対する順応反応がうまく機能せず、「観的な苦悩とともに情緒面の障害または行動面の症状が出現」したものを指します。
以前は、ストレス因が会社や仕事関連であれば「職場不適応」と呼ばれていました。
適応障害の診断はストレス因が先行することが大前提ですが、「順応の問題」として「個人的素質あるいは脆弱性」を必ず考慮に入れることになっています。
つまり、「この患者はなぜ適応に失敗したのか?と考えることが重要」なのです。(『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と発達障害的特性』参照)
Aさんの場合は、業務量と業務内容の軽減、対人関係の困難さの緩和など、環境調整はすでに行われていました。それにも関わらず「適応障害と言われた」のはなぜでしょうか?
Aさんの場合、「ストレス因」<「ストレス反応」となっていました。本来であればストレス反応が起きるはずのないストレス因に対して過剰に反応している、つまり、ストレス脆弱性に伴う「神経症性抑うつ」を、「適応」の「障害」と短絡的に判断されたのではないか?と考えられるのです。(このような安易な診断名はよく見ます)
主治医は、適応障害の診断基準をよくご存じなかっただけでなく、Aさんの「個人的素質あるいは脆弱性」を考慮した対処スキルの指導ができなかったため、「内因性のうつ病(大うつ病性障害)」と同じように休養を勧め、抗うつ薬による薬物療法を始めてしまった、と考えられます。(ちなみに、ガイドラインでは、軽症のうつ状態、つまり適応障害や神経症性抑うつに対しての抗うつ薬の投与は避けるべきとされています)
さて、その後のAさんの経過を少しだけ書いてみます。
中途入社のAさんは休職期間は6ヵ月しかありませんでした。そのため、症状が落ち着き次第、早急にリワークを導入して復職準備をして欲しい旨を主治医に連絡しました。
毎月Aさんと産業医面談を行っていましたが、生活リズムは安定するどころか完全な昼夜逆転になっていました。睡眠薬も2種類に増え、2種類の抗うつ薬も最大量まで増量して処方されていました。
Aさんは休職後4ヶ月目から、通院先とは別のDクリニックのリワークに通い始めました。リワークから帰宅すると入浴もせずに睡眠を取り、夜中に起きてネットやゲームをして明け方寝て、リワークに行くという生活になりました。
復職できるのか?と危ぶまれるAさんですが、Aさんが通っていたリワーク(医療リワーク)も驚くような内容でしたので、次回はそのことを書いてみます。
院長