治療の要となるセルフモニタリング
職場復帰支援プログラム(リワーク)への参加のために、他の医療機関から転院してこられた方のほとんどが、「適応障害」や「(抑)うつ状態」と診断されています。
診断基準に照らし合わせると、「ストレス因がなくなれば速やか(DSM-5、ICD-10ともに6ヵ月以内)に軽快する」とされているにも関わらず、「適応障害」の診断で半年以上休職中であったり、「適応障害」の診断で何年も医療機関に通院し、抗うつ薬や抗不安薬の服用を続けていらっしゃることがほとんどです。
ジマーマンらの「特定不能のうつ病性障害」と「適応障害」の比較研究では、症状が異なることが示されています。
適応障害群では食欲不振、体重減少、不眠がより多く認められたのに比して、特定不能のうつ病性障害群では興味関心の喪失、食欲亢進、過眠、決断力低下、アンヘドニアがより多く認められ、また、特定不能のうつ病性障害群には適応障害に比してパーソナリティ障害の併存が有意に認められたという。
平島. 適応障害の診断と治療. 精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018
一般的に「適応障害」と診断されてしまう「特定不能のうつ病性障害」では、上記引用のように、「非定型の特徴」を伴う「(抑)うつ状態」を呈するのが特徴のようです。(『適応障害と発達障害特性』『生きづらさと発達障害(神経発達症)特性』参照)
ジマーマンが挙げている「興味関心の喪失、食欲亢進、過眠、決断力低下、アンヘドニア」などの特徴は、「発達障害(神経発達症)特性」に伴う抑うつ状態と重なりあうようです。
「発達障害(神経発達症)特性」、特にASD・ADHDの特性があると、約70%以上が1つの精神疾患併存症があり、40%以上が2つ以上の併存症があると言われています。
またASD・ADHDの特性があると、知的能力障害や発達性強調運動障害、学習障害(限局性学習障害)以外では、気分障害(非定型うつ病、双極性障害)、不安障害(場面緘黙症、社交不安障害、パニック障害、強迫性障害)、依存症(アルコール、薬物、ギャンブル、ゲームなど)や食行動異常/摂食障害の合併が多いことが知られています。
ASD・ADHDにおける社会性やコミュニケーションの問題のため、対人関係でのトラブルが生じやすく、幼少期からのいじめなどトラウマティックなエピソードが語られたり、他者との適切な距離を保つことや衝動のコントロールの難しさのため、境界性パーソナリティ障害が疑われるようなエピソードが語られたりする。
環境の変化に対する動揺が大きく、双極性障害が疑われるような気分の波が生じたり、こだわりの強さから強迫症状がみられたり、また衝動コントロールの苦手さから浪費、むちゃ食い、アルコール乱用がみられたりする。
(中略)
ASD・ADHDと診断された患者の6割近くに回避性パーソナリティ障害の併存が認められる。
(中略)
ASD・ADHD患者は、多くの失敗体験から回避的になっており、ひどい場合はひきこもりのような状態を呈し、さらなる失敗や傷つきへの不安・恐怖から社会機能が回復しない傾向にあることは明らかである。
(中略)
患者が「何もできない」「起きられない」と報告する場合でも、一日の生活の詳細をたずねるとゲームやSNS、趣味に長時間取り組めていたり、過眠、食欲の増進、性への関心のたかまりなどがみられたりと、非定型の特徴を伴うことが多い。
栗原, 大江, 渡邊. 成人うつ病患者の背景に潜む神経発達症のインパクト─対応を含めて─. 精神科治療学 37(1): 41-46. 2022
上記の引用を読むと、ASD・ADHDなどの「発達障害(神経発達症)」特性を有する場合、「感情調節不全(感情の過剰または乏しさ)」「否定的な自己概念(自分は弱く、敗北した、価値がないという信念)」「対人関係の障害(対人関係を維持したり、他者に親密感を抱くことの困難)」など、「自己組織化の障害(DSO)症状」と似ているようです。
ICD-11の「適応反応症(適応障害)」の症状は、「反芻的思考,想起刺激による悪化、回避などが中心」とされています。
ストレス因とその結果にひどくとらわれており、過剰な心配や苦痛な思考、その意味についての反芻的思考がみられる。
そうした症状はストレス因の想起刺激によって悪化し、結果として回避が生じる。抑うつ、不安症状や、衝動的な外在化症状、喫煙、飲酒、物質依存などを伴うことがある.
金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021
さらに「回避」と「反芻」により、複雑性PTSDなどのトラウマ関連障害に似て見える場合もあります。
実際、注意や叱責をハラスメントと捉えて出社困難となり、「従来の対応を行ったとしても長期に休職したままで職場に戻ってこないか、復職ができても、休職−復職を繰り返してしまうことが多い」ことが問題になっています。(出口, 岩﨑. 就労者の精神疾患に神経発達症が及ぼすインパクト─主治医および精神科を専門とする産業医の立場から─. 精神科治療学 37(1): 29-34. 2022)
「ASD・ADHDの特性を背景にその臨床状態が多様で複雑であることも診断に至りにくい要因」であると同時に、「発達障害(神経発達症)特性」の診断と治療を難しくするもう一つの特徴は、「セルフモニタリング能力の低さ」です。
従来ASD・ADHDは診断基準に則って診断すべきである。ただスクリーニングとして一般的にはAQ(Autism-Spectrum Quotient)やASRS(Adult ADHD Self Report Scale)が繁用されている。
各検査でカットオフ値を満たすのは、最終的にASDと診断された患者のうち約2割、最終的にADHDと診断された患者のうち約半数程度、ASDとADHDの併存と診断された患者のうち約1割にとどまる。
問診をはじめ入院中の様子や心理検査などからASD・ADHDの特性が顕著にみとめられるものの、これらの患者はセルフモニタリングが不良で、自身の問題や精神的苦痛につながるような特性について自覚に乏しく、一般的な診療場面や自記式でのスクリーニングで生きづらさの原因につながるような情報を聴取することが難しい。
(中略)
また、セルフモニタリングが不良であるため、家族への聴取も丁寧に行っているが、それでも幼少期の症状を確認できず、あくまでもASD傾向、ADHD傾向という診断にとどまるケースも少なくない。これは、家族も特性を有し、モニターが機能していない可能性がある。
栗原, 大江, 渡邊. 成人うつ病患者の背景に潜む神経発達症のインパクト─対応を含めて─. 精神科治療学 37(1): 41-46. 2022
『サイコロジカル・マインドと神経発達症特性』で説明したように、セルフモニタリングが難しいと、通常の精神療法の効果も乏しいだけでなく、職場復帰支援プログラム(リワーク)での「休職経緯の振り返り(自己分析)」も進まないことから、休職期間が長引いたり、復職しても短期間で再休職となることも多いようです。
サイコロジカル・マインドと神経発達症特性
院長