「できない」と「しない」:行動主体の取り戻し方
『摂食障害から回復するための8つの秘訣』に、「実際に行動できない、あるいは、回復に向けて進んでいけない理由、障害となっているものは何でしょうか」「どうしたら、その障害を克服できるでしょうか」という、「回復への動機の段階」の中の「準備期」の質問がありますよね。
『摂食障害から回復するための8つの秘訣ワークブック』では、「摂食障害を手放すことで、何が失われるのでしょうか?あるいは、何を新たに手に入れることができるでしょうか?」を検討したうえで、「あなたが挑戦してみようと思うときに、どのような障害が予想されるでしょうか?あるいは、前進しようとするとき、どんな障害にぶち当たりそうでしょうか?」「それらの障害を克服するにはどうしたらよいでしょうか?」という質問になっています。
この「準備期」の質問に取り組むにはいくつかのやり方があります。
ジェニーさんが取り組んだ「できない」と「しない」の違いは、こころの健康クリニックで、「自分の選択に自覚と責任をもつ(結果を引き受ける)」と説明している「主体性を取り戻す」やり方と似ていますよね。
心理面接で、「できない」と「しない」の重要な違いを学びました。
「できない」と言うときには、私には選択肢がなく、私の行動に対する責任を私自身が引き受けていません。
それに対して「しない」では、私には選択肢があって、私の行動に対して、私がすべての責任を引き受けます。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
私たちが「できない」という内語(自分の中に浮かんでくる考え)を選択するとき、本当は「したい」のだけれども、何かが邪魔して実現不可能にしているように感じますよね。
「邪魔しているもの(障害あるいは障壁)とは、一体何なのだろう?」と自分に問いかけることが、『8つの秘訣』の「準備期」の質問になっているわけです。
こう考えてみてもいいかもしれません。
AさんがBさんに「回復に向かって進んでほしい、挑戦してほしい」とお願いしたとき、Bさんが「できません」と答えた場合と「しません」と答えた場合では、Aさんの受け取り方はどう違ってくるでしょうか。
「しません」は、確固たる決意によって拒否しているように感じますが、「できません」は、何らかの理由をつけて行動を回避しているように感じるのではないでしょうか。
「治療を受けようと思うときにはいろいろな障害が立ちはだかるものですが、決してそれらに回復の邪魔をさせないようにしましょう。なぜ回復できないかの理由は、みなさんなら、いくらでも思いつくでしょう」と『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』の序文にありますよね。
「回復を邪魔しているもの(障害あるいは障壁)とは、一体何なのだろう?」を考えるうえでのヒントの1つが、行動を回避する「何らかの理由」であるようです。(『アレキシサイミアと回避を支える理由づけの文脈』参照)
「何らかの理由」によってもたらされるかもしれない結果を信じていることに「気づく」ことが「自覚」ですよね。
私が「できない」から「しない」に考えを切り替えたとき、エドはとても嫌がりました。
エドはもちろん、人生の責任を引き受けていない頃の私の方が好きだったのです。
それはそうでしょう。その頃は、エドは私の人生に簡単に忍び込み、私はエドの言いなりになっていたのですから。
(中略)
今では、私はエドに向かって、「いいえ、そうはしないわ」と伝えることができるようになりました。
考え方を「できない」から「しない」に変えただけですが、それは私が、主体的に自分の人生の選択をしているということを示しています。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんのこのような「言い換え」は、こころの健康クリニックでは、内語の使い方として他にも教えていますよね。
たとえば、「課題に取り組まねばならない」と「課題に取り組みたい」を比較してみてください。どちらの方がモチベーションは高まりそうですか?
「できない」と考えているとき、その考えを信じてしまうと、何もしなくなるか、あるいは、「できない自分はダメだ」とさらなる自己批判の悪循環に陥ってしまい、その考えを真に受けてダメな自分として行動してしまうかもしれません。
実は「できない」ということも、考えでしかありませんよね。
たとえば、TV番組で「人間である限り、コロナウイルスに罹らないようにすることはできません」いわれると、「あ〜、やっぱりそうなのか。じゃあ、何をしてもムダだな」と真に受けて、絶望してしまう人はどのくらいいらっしゃるでしょうか?
番組は番組として時には聞き流して、「そうだ!マスクをつけておこう」「手洗いをしっかりしよう」などの行動はできるのではないでしょうか。
このように「〜ない」という否定語の考えが浮かんだときには、「代わりに〜をしよう」と言い換えることで主体を取り戻すことができるのです。
主体を取り戻すことは『アレキシサイミアと回避を支える理由づけの文脈』でも説明しましたので、この言い換えを使って考えてみてくださいね。
『8つの秘訣』の「準備期」の質問は、「考え(摂食障害に伴う信念)と行動を区別する」ことの大切さを自覚できるようにできているのです。
院長