後医は名医?
「後医は名医」ということわざがあります。
患者さんを最初に診療した医師(前医)よりも、後で診療する医師(後医)の方が治療の経過やいろいろな情報がプラスされ、より正確な診断や適切な治療ができるため名医に見えてしまう、という意味です。
産業医の先生に紹介されたり、あるいは通院中のメンタルクリニックに満足できずにご自分で探したりして、こころの健康クリニックに転院されてこられた方が多くいらっしゃいます。
中には、前医で驚くような多剤併用療法を行われて最初に受診したときよりも状態が悪くなってしまった方や、本当は必要ないのに何年も同じ抗うつ薬を飲み続けている方がいらっしゃったりするのです。
それでも「前医の悪口は言わない」ことをモットーにしているので、前医には診療情報提供書をお送りし、それとなく問題点を指摘したりしています。
ちょっと前に、「長引く外出禁止の結果 壁や植物に向かって喋る行為は正常であり 相談に来ることではありません。そのかわり壁や植物が返事し出したら すぐ連絡して下さい」という、面白いツイッターを見かけました。
Aさんは、産業医の先生から紹介されてこころの健康クリニック芝大門を受診されました。
「朝食時に、壁がフェルト状にふさふさしているように見えた。その後ジュースの缶に声をかけられ、笑いながら軽い冗談を交わしていると、妻に止められた」とエピソードを語ってくださいました。
Aさんには、スルピリド 600mg、セルトラリン 100mg、パロキセチン 60mgと、それぞれ最大量が処方されていました。
このAさんにはこころの健康クリニックに転院していただき、減薬治療を行って大事には至りませんでした。
差し出がましいかなとも思いましたが、前医の先生には、セルトラリンとパロキセチンの代謝が拮抗することによる副作用について説明したお手紙をお送りしました。
Bさんは、精神病症状を伴う双極性障害、反復性うつ病、摂食障害(神経性過食症)、恋愛依存と買い物依存と診断されていて、対人関係療法で何とかならないかと紹介されて受診されました。
Bさんは、セルトラリン 100mg、アリピプラゾール 6mg、ロラゼパム 6mgが処方されていました。
ずいぶん診断が多彩だなぁと驚きながら、それにしても気分安定薬(リチウムやバルプロ酸など)が投与されていないのはなぜだろう?と疑問を感じながら、診断面接を行いました。
「上司から叱責されるのではないか」「人を使って私に嫌な態度を取らせているのではないか」「私の机が汚いと、ひそひそ噂されているのではないか」など、予期不安にもとづく関係念慮(被害妄想)の精神病症状を認めました。
もともと被害妄想あるいは予期不安のため出社困難になり、上記の薬剤が処方されるようになってから、食行動障害(過食ではなく大食)、恋愛依存と買い物衝動が止められず、後悔して落ち込み出社困難となることを繰り返しておられたようです。
成人患者の中で統合失調症、躁うつ病、うつ病、各種パーソナリティ障害、神経症、依存症などの多彩な臨床症状を呈する患者群の一部に、背景に高知能型の軽度発達障害の傾向をもった患者群が存在していることを明らかにしてきた。
そしてそのような患者群の臨床的特徴を表現する概念として「重ね着症候群」を提唱してきた。
中村、本田、吉川、米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
Bさんは、背景に典型的なアスペルガー症候群の診断基準を満たさない程度の、非障害性の自閉症スペクトラム(AS)があり、家族歴も確認できました。
重ね着症候群と診断してもいいような、衝動統制障害型の強迫スペクトラム障害でした。神経性過食症は、過食の定義を満たさず、暴食(オーバー・イーティング)でした。
Bさんの一番の問題は、病的賭博、病的性欲亢進、強迫的購買、暴食、などの衝動制御障害は、アリピプラゾールによるものと考えられました。
アリピプラゾールの重要な基本的注意に「原疾患による可能性もある」と記載されています。
Bさんのように背景にASD(自閉症スペクトラム)の要素がある場合、不安の対処行動としての依存症様の行動、状況依存性(反応性)のうつ状態、自我親和的なこだわり(性的強迫や強迫買い物症)などが、アリピプラゾールによって増強されたのでしょう。
それに過量のロラゼパムによる脱抑制が加わって、時間単位で変化する常識のなさや、こだわりによる浪費などが、双極性障害の躁状態と見なされてしまった、と考えられたのです。
抗うつ剤による躁転と、内因性の躁状態の違いについては、『うつ状態や双極性障害と発達障害特性との違い』を参照してみてくださいね。
Bさんにはセルフモニタリングを指導し、衝動の波に乗る練習をしてもらい、離脱症状に注意しながら、アリピプラゾールとセルトラリンを段階的に減薬し、フォローアップは主治医の先生にお願いしました。
さて、後医は名医とまではいきませんが、何が起きているのだろう?とその人の文脈を俯瞰してみることで、解決の糸口が見えてくることがあります。
しかし、今回紹介した2つのケース(個人が特定できないよういくつかのケースを合わせています)は、いずれも、精神科治療薬についての知識があっただけで、決して後医が名医というわけではないケースでした。
セカンド・オピニオンもこのようにして正確な診断や適切な治療に近づいていくので、長いこと通院しているのになかなかよくならないと感じていらっしゃる方は、一度、他の先生に診てもらうことも役に立つのかもしれません。
しかし、中には、機嫌をそこねてしまわれる主治医の先生もいらっしゃると思いますので、わかってくれそうな主治医に相談してみてくださいね。
院長