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リワークプログラムでの対人過敏性の改善

[2020.06.24]

リワークにはどのくらいの期間通えば復職できるか』で、「リワークは、喩えて言うなら、骨折してギプスが外れて松葉杖も必要なくなった状態で、以前のように走ることができるようになるためのリハビリ治療」と説明しました。

 

以前は無意識的に行ってきた行動や考え方について、意識的に注意を向け、動く練習を始め、その結果のフィードバックを受けながら、少しずつ調整をしていきます。

たとえて言うなら、滑りやすい床を転ばずに歩く練習をするようなものです。このときの心の使い方を「自覚(アウェアネス)」といいます。

 

職場復帰がうまくいく要因として、① 休職前の社会適応が良いこと、② ワーキングメモリ機能が十分であること、③ 睡眠薬や抗不安薬が減量できていること、が挙げられています。

 

職場復帰がうまくいくことの逆の、うまくいかない要因を考えてみると、1つ目の「休職前の社会適応が良い」の逆は、滑りやすい床を歩いて何度も転んだという、同じようなパターンの失敗を繰り返してきた、と考えられますよね。

 

この点に関して、『摂食障害思考とのつきあい方を変える』でポーシャ・ネルソンの「5つの短い章からなる自叙伝」を紹介して、「自覚する」ことの重要性を説明しています。

「5つの短い章からなる自叙伝」の第3章にある「私の目は開いている」が、この「自覚」のことです。

 

たとえば、「気分変調症」や「神経性過食症」の方は、他者からの評価に敏感という「対人過敏性」という特徴がありますよね。

他者からの評価に敏感という特徴を、ギャバード(Gabbard, 1994)の「過敏型自己愛」としてまとめると、以下のようになります。

 

○ 他の人々の反応に敏感である

○ 抑制的で、内気で、あるいは自己消去的でさえある(表に立とうとしない)

○ 自己よりも他の人びとに注意を向ける

○ 注目の的になることを避ける

○ 侮辱や批判の証拠がないかどうか、注意深く、他の人々に耳を傾ける

○ 容易に傷つけられたという感情を持つ。羞恥や屈辱を感じやすい

 

「過敏型自己愛」の特徴は、理想的な自分と現実の自分の闘い、つまり自分自身の中で「役割期待の不一致(不和)」が起きている状態です。

「気分変調症」や「神経性過食症」の対人関係療法による治療では「自分自身との関係を改善する」ことに取り組んでいきますよね。

これが、職場復帰がうまくいく2つ目の要因の「ワーキングメモリ機能が十分である」に関連するのです。

 

ワーキングメモリ機能は、記憶力、注意力、遂⾏機能などの神経認知機能として知られています。

ワーキングメモリは、「思考の反すう」と「思考への囚われ」によって低下します。

思考の反すうと思考への囚われは、抑うつと不安に共通するメカニズムと考えられています。

 

この状態では、自分の思考に固執して頭の中の他者が大活躍しているだけで、現実の他者の表情やコミュニケーションの意図や期待を読み違えてしまい、対人関係の問題を引き起こしやすいのです。

 

これらのことから、職場復帰後に働き続けるためには、思考の反すうと思考への囚われを改善する神経認知機能の改善とともに、人間関係の基盤となる他者の表情や意図の理解や、他者の行動の背景にある心理状態を理解するメンタライジング能力の回復も必要不可欠です。それによって、職場での人間関係を構築し維持することができると考えられます。

 

メンタライジング能力は社会認知機能として共感や他者配慮に関係していて、メンタライジング能力の障害は、対人過敏性と中等度の相関があることも知られています。

 

こころの健康クリニック芝大門のリワークは、『自分に必要なリワークプログラムは何か』で少しだけ説明したように、感情と社会的状況の関わり、さまざまな場面での他者の表情や行動から他者の感情を推測する練習、他の捉え方を考える練習、事実と推測を区別する、など、「社会認知ならびに対人関係のトレーニング」を組み込んだ対人関係療法的なプログラムを行っています。

 

治療初期の1〜3週目は、環境の変化に対する支持的な対応と「自己認識(セルフ・モニタリング)」に取り組み、主観的な苦悩や不快な気分の軽減を図ります。

 

次の2ヶ月から6ヶ月以内に、セルフ・モニタリングとともに、自他の心の状態を理解する「メンタライゼーション」に焦点を当て、対人関係上の誘因と症状の関連について認識を高めていきます。

「休職に至った経緯のふり返り」を行いながら、問題解決能力(コーピング・スキル)を身につけることで、行動の仕方を変えていきます。「復職可能」の診断書が提出されるのがこの頃です。

 

ここまでがリワークプログラムや対人関係療法で行っていくことですが、復職した後の次の6〜18ヶ月の外来でのフォローアップ期間には、「メンタライジング能力」と「愛着の安定性(人に助けを求めること)」を高めること、失敗恐怖や評価への過敏性など「思考とのつき合い方」を進めることで、対人関係や社会認知機能が改善していくのです。

 

実際、3ヶ月程度リワークに参加することで、気分変調症の考え方が変わってきたり、過食や過食嘔吐などの摂食障害症状が著明に改善したりするのです。

 

休職中や仕事をされていない気分変調症や過食症の患者さんに対しては、対人関係療法そのものよりも、こころの健康クリニック芝大門のリワークでトレーニングした方が、対費用効果も高いのではないかと本気で考えたりしています。

 

院長

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