摂食障害と感情の自己コントロール
対人関係療法による摂食障害の治療では、
○自分の気持ちをよく振り返り、言葉にしてみる
という「自分の感情と向き合うこと」からスタートしますよね。
感情とは、いわば「自己の内なる他者」であり、自分の生活を豊かにするものにもなりうる一方で、コントロールができない厄介者にもなりえます。
また感情はコミュニケーションの重要な手段で、自分の意図を他者に伝えることができます。
さらに感情は、要求が満たされているかどうかの状況を把握する指標になりますし、感情を指標に行動を起こす準備ができるわけです。
しかし「感情的になる」という表現があるように、感情は不合理な行動の要因にもなりますし、反対に、過度に感情が抑制された場合も「感情的」と同じように感情調節が困難になのです。
摂食障害において、感情、特に苦痛を伴う感情は重要な役割を持っている。
そのため「感情的な困難」が、摂食障害の根底にあるものとして長い間認識されてきた。
また、感情が摂食障害の症状の引き金になることも示されてきた。
(中略)
それは、「感情は耐えがたく、危険で、恐るべきものであり、完全に取り除かれるか、回避されなければならない」という態度である。
摂食障害は、そのための非常に効果的な手段となる。
空腹は気持ちを麻痺させ、過食はその気持ちをなだめ、嘔吐は安堵をもたらす。
回復の試みは、耐えがたいものとして経験され、回避されてきた気持ちに向き合うことで達成される。
ただし、その過程では、そうした気持ちから逃避したいという欲望も伴い、それが症状の再発へとつながることもある。
グリーンバーグ『エモーション・フォーカスト・セラピー入門』金剛出版
つまり心のなかで気持ちを抱えておけないこと(感情不耐)に対して、気分解消行動としての食行動異常が起きている、ということです。
とくに、時間があるとついダラダラ食べてしまう傾向のある人は、感情不耐である場合がほとんどで、この場合は診断基準上は摂食障害には分類されませんが、カウンセリングなどで、感情を感じる練習を行う必要があります。
また、過食症、過食嘔吐の人の中にも、感情が動いた途端に過食スイッチが入ってしまうという人も
かなり多いですよね。
治療の中で、症状とネガティブな感情の関係に気づいていくと、それがよく理解できるようになります。
ミドリさんもその日ひどい過食をしていますが、まさにため込んだ怒りと、怒る自分についての罪悪感が過食のエネルギーを作ったのでしょう。
ですから、ネガティブな感情を持つのも無理はない、ということを認めたうえで、それを手放していく必要があるのです。
水島広子『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
と水島先生もおっしゃっているように、摂食障害の治療ではネガティブな感情との向き合い方は重要になります。
対人関係療法では、重要な他者との関係の中で気持ちを表現することで罪悪感を抱く必要はない、と安心を感じられるようになりますし、感情を感じた以上は正当なもの認め、コミュニケーションを通じて問題を解決していくということに取り組んでいきますよね。
これを水島先生は「感情の手放し方」とおっしゃっています。
しかし、これだけでは感情を手放せない人もいるのです。
なかなか手放せない場合には、自分が怒りや被害者意識にしがみついているために、どれほど自分の人生が損なわれているかを考えてみましょう。
そんなことは分かっている、でもあれだけひどいことをされたんだから……と思うかもしれません。
そのときには、ひどいことをされただけでなく、その後の人生まで捧げるほどの価値のある相手なのかをよく考えてみましょう。
(中略)
もちろん、そのような考え方ができるようになるためには、自分の感情をありのままに認める、というプロセスが不可欠です。
(中略)
このやり方も、コントロールを自分の元に取り戻す、という意味で一種の「自己コントロール」です。
ひどい育て方をした親を許せずに、すべての言い訳をそこに求めて生きていくのも一つの選択ですが、そうやって自分でコントロールすることをあきらめてしまった人生はだれがコントロールするのか、ということを考えてみれば、現在の辛さの理由がよくわかると思います。
水島広子『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
「自分の感情をありのままに認める」ことができない人に対しても水島先生は対人関係療法が有効だとおっしゃっています。
それは、親との関係をはじめ、学校や社会など養育環境が自尊心の形成に大きく影響すると同時に、自尊心は関係性によって育まれていくからなのです。
このような自尊心の形成プロセスは、愛着スタイルとすごく似ていますよね。
自尊心が低下していると、ものごとを自由に考える力も低下し、変化を恐れて慣れ親しんだ観念の枠内にとどまり続け、躊躇したり回避する状態を作りだしてしまうのです。
つまり、変化を起こしたくても怖くてできない、ということになります。
ここに対人関係療法のジレンマがあるのですが、次回はその打開方策を考えてみましょう。
院長